1-2-2『マイフェアレディ』
そんな現実逃避はさておき、軋む身体を押して、ゆっくりと木剣を杖代わりにして起き上がる。
前世の私は平和そのものである日本では珍しく剣術の心得があった。
父が地方警察の警察官で、その伝で剣道や弓道、そして古武術系の道場に幼い頃から稽古に通っていた。
かと言って、知識が有るからその様に動けると言うものでは無い。
特に年齢的なモノもあり、中々あの頃の感覚を掴めない。
ましてや、あくまで叶堂紫苑とヴィクトワールは記憶こそ共有していても、肉体は生粋の箱入り娘、ヴィクトワールである。
そこら辺の感覚のギャップは稽古を重ねて、徐々にフィットさせて行くしかないのだろうけど。
まぁ、高校、大学に入ってからは、バンド活動や他の趣味が忙しくなり、疎かになっていたのも有るのだろうけれど。
術後のリハビリから始まった鍛錬は祖母の手により数年経った今では、大人の従士隊同様の訓練に成り果てていた。
多分そこら辺の軍や騎士団の訓練よりキツいと思うけど、それを12、3の子供にやらせるかね?
ま、大人の従士達よりは軽い内容なんだろうとは思うけれど。
祖母としても蝶や珠よと育てた結果我儘放題の挙句にあんな事件に巻き込まれたのもあり、護身術かつ、本来、騎士や傭兵を祖とする武門の家系であるフェルリ家の人間として、徹底的に身体に技術を叩き込むと言うモノなのだろう。
実際槍使いとして有名な祖母や、大商会の会頭と言う割に常に腰に細剣を帯刀している母を見れば、仕方ないところもあるし、私自身身体を動かす方が、社交界のマナー講座やダンス講座なんかよりはずっとマシなので、特段気にはしていない。
してはいないのだか、スパルタ過ぎてしんどい。
先日、自分に合った武器はと言う事で、色々試した結果、祖母と懇意にしている武器屋のドワーフの親方に自分専用の武器を発注しておいた。
私の注文内容を聞いていた、祖母と従士隊長と武器屋の親方は頭の上に疑問符を浮かべていたが、作ってはくれるらしい。
早く届かないかなぁ?
そろそろ届いてもいい時期なんだけれど。
まぁ届いたところで普段から使うのは木剣なんだろうけど。
「どうした? この程度でへばってる様なら、走り込みを増やすが?」
「いえ、少々考え事を……。どうすれば頭の中のイメージと身体の動きが合致するのかと」
隻眼って日常生活には大分慣れて来たから支障は無くなってきたけれど、戦闘だとやっぱり死角が多いから、まだそう言うのには慣れない。
そうやって考えると、こう言う世界観の漫画やラノベに出てくる隻眼の騎士とか戦士のおっさんキャラってめちゃくちゃ強いってのがよく分かるよ。
まぁ前世? の記憶とのギャップも有るだろうから、単純に剣が合ってないとかそう言うのあるだろうけど。
日本刀風の反りのある片刃剣の型の木剣作って貰おうかなぁ?
と言うか、隻眼の武将とか剣豪とか居るけど、実際には近接戦闘に向いて無いのかも知れない。
「……そうか。……誰しも頭の中のイメージと実際の動きを合致させるのは中々難しい。貴様のイメージが良いモノか悪いモノかは兎も角、自分の思う形にしてみろ。その為には」
「鍛錬ですね」
「分かっているのなら良い。今日はここまでだ。今日は何時もの客人が来る。粗相のない様に。湯浴みをして、汗を流してくる様に」
「畏まりました。本日も御指導有難う御座いました」
祖母に礼をしてから、メイド達に連れられ屋敷へと戻るのだった。
「マリー。午後の予定は?」
部屋へと戻り、湯浴みをしてサッパリした後、私の髪を梳かす私付きのレディース・メイド、マリーにそう声を掛ける。
このキャラメルブラウンの髪を見事に纏め上げモブキャップに納め、ヴィクトリアンメイドのスタンダードとも言った様なシックなデザインだが、スカートが乗馬用のスカートの様に真ん中で分かれている様になっているこの少し他の使用人達と変わった使用人服を身に纏ったマリーは私より4つ年上で今年で16歳。
私が怪我をする前後位から仕えてくれている。
私個人に仕えてくれている使用人は彼女含め数名いるが、彼女は、レディース・メイドと言うよりバレットに近く、信頼出来る人の一人だ。
確か、実家は名のある名家で、ティーラスト伯爵家だったかな?
代々騎士として騎士団長や名のある名将等を輩出している武門の名家だ。
何故良いところのお嬢様が成金貴族の、なんなら十数年前までは同じ伯爵位階級だったウチにメイドとして仕えているかと言うと、彼女が当主が娼婦に産ませた庶子だからだ。
認知はされたものの、ティーラスト伯爵家ではあまり良い扱いを受けて居なかったのを、遠縁にあたる、母が引き取って使用人として暮らしている。
私が彼女をメイドよりバレットに近いと言ったのもここら辺が理由で、現に、中々の使い手で、何かとやらかして来た私のボディーガードみたいなところがある。
正直、よく手合わせするけど、勝てた記憶が無い。
「本日はアストリット様が彼の御客様との御約束が御座いますので、特段の御予定は御座いません。アルレット様も本日は御臨席予定との事なので、お嬢様にもお声掛けがあるやもしれませんが。如何致しましょうか?」
私の髪を結い上げながら、マリーは鏡越しにその翡翠色の瞳で私を見る。
「んー……。事実上午後は予定無しかー」
「自主稽古でもなさいますか? それとも自主学習?」
マリーは腰に帯剣している短剣に一瞬手をやる。
これは彼女のクセみたいなもので、無意識でやっている。
けっして、殺意があったり、特段、私に恨みがあったり、命を狙っていたりする訳では無く、単純に気分が高揚すると、短剣の柄を撫でて気分を落ち着かせているみたいだ。
勉強より先に稽古が出て来る辺り、流石名門騎士の家の出かな?
「では、郊外に乗馬にでもと思ったけれど、屋敷内に居ないと怒られそうよね? んー勉強がてら書庫にでも行きましょうか?」
「では、その様に手配致します」
「あ、お昼は部屋で頂こうかと思うのでこちらに用意して貰ってもよろしくて? 軽食程度の気軽なモノで良いのだけれど?」
「仰せのままに」
マリーとそんな午後のフワッとした予定を立てていると、部屋の扉がノックされる。
「私が出て参ります」
マリーに応対を任せ、私は最低限の身嗜みを整える。
「お嬢様。メラニー様とヨウコ様がお見えです」
「そう。通して良いわよ。お昼ご飯は此処で食べる事になりそうね」
「かしこまりました」
マリーがそう言い頭を下げ部屋を出て行くと、時同じくして、3歳程の二人の子供達がメイド達に連れられてやって来る。
「ヴィル姉様。ご機嫌よう」
「よう!!」
女の子の方が見事なカテーシーで挨拶すると、男の子の方が元気良く連れて声上げる。
双子の妹のメラニーと弟のヨウコは今日も元気そう。
一般的な日本人感覚で言うと、ヨウコって名前は女性っぽいけれど、れっきとした男の子だ。
ヨウコは年相応だけれど、メラニーはオマセなのか、こう言うマナーみたいなのは結構しっかりしていると思う。
他所の貴族子弟の三歳児を見た事無いから分からないけど。
てか、三歳児ですよ。ウチの妹は天才ではなかろうか?
「ご機嫌よう。二人ともどうしたのかしら?」
「遊びに来たよ!!」
元気な末っ子ヨウコが、そう満面の笑みで手を挙げながら言う。
そうかー。遊びに来たのかー。仕方ないなぁ。おねぇちゃんが遊んであげよう。
前世は兄と妹の三人兄弟の真ん中で、今は兄と下に双子の姉弟。
今回も真ん中の子である。
兄は、ジャイサルメール宮中伯家の次期当主かつ、世界に轟くフェルリ財閥の若き跡取りだ。
まぁ母も祖父もそうそう、家督は譲りそうに無いけれど。
とは言え、兄は将来の為に祖父や母につきっきりで帝王学的な物を仕込まれているし、普段は全寮制の王立ユリウス学院にて寮生活しているので、こうやって二人と遊んであげるのは私の仕事みたいなところもある。
特に今日は祖母と母には大事なお客様が来ている以上、この子達の相手をしてあげる人間は私を置いて居ないだろう。
まぁナースメイドやお付きのメイド達がいるけれど。
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