1-2-1『思えば遠くへ来たもんだ』
神聖暦5218年山楂子月12日 フラヴィア王国王都カナヴェラル ジャイサルメール女宮中伯本屋敷
叶堂紫苑の記憶とヴィクトワール・フェルリ嬢の意識が混ざり合ったあの事件から何年が経ったのだろう。
後々にメイド達の噂話を耳にしてしまい、実際の事件のあらましは、癇癪を起こして飛び出したヴィルちゃんはそのまま拐かしに遭ったらしく、危うく奴隷商人によってスキモノの変態貴族に売り払われかけたところを祖母や我が家の従士隊よって救出された結果が、眼球破裂と各種骨折だった様だ。
ちなみにこの国では、何らかの刑事罰によって刑罰として奴隷となった、犯罪奴隷以外の奴隷は違法である。
つまり、叶堂紫苑の人格は、PTSDにより精神が耐えれず作り出した二重人格に近いのかも知れない。
とは言え、アレ以降、元のヴィクトワールの人格は出て来ず、常にこの紫苑とヴィルの人格が、融合した今の私の状態なので、よく分からん。
てか、奴隷商が商品の幼女をボコボコにしたら商品にならなくないのだろうか?
結局、半年以上を有したリハビリと国有数の回復術師の治療の結果、目以外に特に障害や傷痕は残らず、結果オーライって事で。
まぁ、そんな簡単に他人事の様に言える様なリハビリじゃ無かったけれど。
そして治らなかった右眼には、普段から紅玉の様なルビーレッドの色鮮やかなガラス製の義眼をはめている。
左目は元来の、ウィステリアの澄んだ瞳の為、オッドアイみたくなっている。
加えて、この母の様に少しウェーブの掛かった、祖母に似た絹糸の様な銀髪も相まって、宛らフランス人形の様な容姿で、毎朝鏡を見る度に、異世界クオリティってスゲーなと感心してしまう。
ハーフエルフだからなのだろうか?
ちなみに、この義眼は特別製らしく、王都でも有数のガラス職人が誂えたモノらしい。
曰く、この鮮やかな緋色を出すのに苦労したとかなんとか。
祖父は回復術師の件といい、どれだけ私の為に金を積んだのやら。
そうそう、これは段々分かってきた事なのだが、フェルリ家は、此処フラヴィア王国でジャイサルメール宮中伯と言う爵位を戴いている貴族ではあるが、元は商人で、フェルリ商会と言う、世界有数の財閥企業の創業者一族だったらしく、所謂、超大富豪だった。
前世? では地方の極々一般的な両親共働きの家庭に生をうけた小市民だった私にとってそれは衝撃だったが、案外質素倹約を旨にする家系で、私の思い浮かべる、テンプレな金遣いの荒い大富豪と言うモノとは程遠く、結構庶民的だった。
まぁ一体全体何部屋あるのか不明な程巨大な豪邸に使用人達が沢山いて、出入りの業者も引っ切りなしなので、普通の家庭よりかは絶対に金持ちの貴族のイメージのそれだけれど。
元来、フラヴィア王国の最南端に位置する、半独立国家の様な商業都市群、ブレッキンリッジ自治領の出らしく、大昔にこの国で大きな功を上げた事から、爵位を賜り、徐々に陞爵して来た、新鋭外様貴族と言った立ち位置らしい。
祖父、前当主バルドヴィーノが当主だった時代は宮中伯位より一つ下の伯爵位だった様だし、裏じゃ成金って絶対呼ばれてそうだよね。
ウチって。
そんな、家に生まれた私、ヴィクトワール12歳は巷では、フォルリ家の玻璃の瞳の少女と呼ばれ、少々浮いた存在となっていた。
そもそも、12歳ともなれば、貴族の大抵の子弟は、後々の社交界での付き合いも兼ねて、各家の開く茶会へと参加し、社交界デビューへ向けてお互いの顔見せをする。
だがしかし、私は未だにその茶会に参加した事が無いし、主催した事も無い。
実際のところ、これは祖母や母の方針もあるのだが、噂話には尾鰭はひれがついてまわるもの。
人の噂話に戸板を立てれる訳でも無く、この綽名は社交界ばかりではなく、王都市民にも浸透し、街を歩くだけでも、好奇の目に晒される。
ま、それを気に留める様な家族では無いけれども。
祖母、アストリットは庶子で正式な王位継承権こそ無いものの、先々代国王ジギスムント7世の娘で、先代国王レオポルト5世の異母妹である。
要は現国王アルフォンス8世の叔母に当たると言う高貴な血筋である。
とは言うものの、現実の実際のところは、好色家のジギスムント7世が王宮勤めの一介の侍女だった曽祖母に手を付けただけで、曽祖母は異国出身の平民だったのだが。
何故そんな祖母の話をしたのかと言うと、私の現在の状況に密接に関係しているからだ。
私の視界に広がるのは昼下がりの長閑な青空。
流れる雲に、頬を撫でるそよ風。芝生の青い匂い。
そして地球では有り得ない、薄っすら浮かぶ半透明の二つの月。
そして極め付けの口いっぱいに広がる鉄の味。
良く手入れされた屋敷の箱庭の片隅で日向ぼっこと言うのならば百倍マシだったのだが、実際は、同じ屋敷内の従士隊の修練場の芝生の上に乱雑に放り出された身の上なので仕方ない。
「立てヴィル。貴様が私の孫だとはいえ、特別に休む間等与えると思っているのか?」
ドスの効いた女性にしては低めの芯の通ったよく通る声が従士達の稽古の様々な音を掻き分けて修練場に響き渡る。
この怜悧な冷たい、切れ長の鋭いコバルトブルーの瞳に私同様の絹の様な銀髪をポニーテールにしたエルフの女性騎士こそが我が祖母アストリットである。
母や私とは違い、髪はストレートの艶やかなモノである。
「……アストリット様。一言宜しいでしょうか?」
「御託は認めていない。早く立て」
祖母は、血旗の槍姫と呼ばれた一流剣士で、英雄王の異名をとった先王の妹だけあり、先々王の治世の最終期に起きた、一部貴族達が起こしたクーデター未遂事件、リシャールサーカスの叛乱で、王宮の後宮の防衛の指揮を取り、一週間もの間後宮へ押し入ろうとする叛乱軍を、少数の護衛騎士団員達と自らの侍女達と押し留め、危篤状態だった先々王や時の皇后様、当時皇太子妃だった現皇太后様を護り抜いたと言う逸話を持つ。
血旗とは、その時持っていた純白の旗槍が叛乱軍兵の血で真っ赤に染まっていたと言う逸話から来たモノである。
えっ恐い。何この人、頭の中筋肉なの?
そして、曽祖母が長命で有名なエルフ族の出身で、ハーフエルフである祖母も孫がいる年齢とは到底思えない程に、見た目も若々しい。
言われないと20代と言ってもバレないであろう。
その為、お祖母様と呼ばれるのを非常に嫌う。それはもう極端な程に。
大怪我の直ぐ後にまだ記憶が曖昧だった頃、お祖母様呼びしてシバかれて全治が伸びたのは良い思い出ですね。多分。
ちなみに私にもエルフの血が流れているので、耳が長い。祖母もハーフエルフだが、祖父をはじめ、フェルリ家はエルフ族の家系で、入婿だった父は人間だったが、そして恐らく、普通の人間族よりも長生き出来ると思う。
晴れて私も立派なファンタジーの住人だ。……今更だけど。
小説『Shotover』の基本設定として知っていた事ではあるのだが、この世界の人類には複数の種族がいる。
民族では無く、種族だ。
地球ではホモ・サピエンス、所謂ところの人間のみが人類を構成しているが、この世界は違う。
ファンタジー世界に出て来る様な、他種族が存在し、複数の種族が人類を構成している。
構成する種族は、人間、エルフ、カシアス、ドワーフ、グラスランナー、魔人、アマゾネス、ニンフ。
特殊なところでは、メーテル、ハシシュと言う種族も居る。
それぞれを一括りにする時には、上記の様に呼ばれるが、同じ種族内でも、人種や民族的に多種多様に及ぶ。
人間は地球の人間と大差は無い。
まぁ魔力を持っていてるとか差異はあるけど。
エルフも大方のファンタジーにありがちな、他種族よりも身体能力が高く、魔法の知識に富み、美男美女で人間族等より遥かに長寿。
と言ったところだろうか?
純血主義のハイエルフやダークエルフも居るが大抵はハイエルフ達の言うところの混血のハーフエルフが圧倒的多数である。
カシアスは所謂獣人族の総称で、大抵は人間とは大差無いが、キツネや猫の様な獣の様な耳を持ち、中には尻尾を、持つ種族もいる。
身体能力がずば抜けて高い反面他種族より魔法の扱いが苦手な者が多い。
ドワーフとグラスランナーは人間やエルフより小柄で、ドワーフは頑強、グラスランナーはすばしっこい。
ドワーフと言えば大酒飲みの鍛治職や勇猛果敢な戦士のイメージと言うのはこの世界でもポピュラーな様だ。
グラスランナーは手先が器用で職人に多い。
それぞれを小人族と総称する人達も居るが、ドワーフはエルフ同様長命で、グラスランナーは人間とさして変わらない。
魔人は他の種族に分類されない種族の総称で、一括りにした割に多種多様であるが、大抵は人間より魔力の扱いに長けていて、未や山羊の様な角が生えている。
アマゾネスは女性だけで構成された種族で傭兵や戦士に多く、一騎当千の様な腕っ節がある。
ニンフ族は他の種族とは殆ど接点が無く、生態系も謎な部分が多い様だ。
メーテル、ハシシュは男性がハシシュ、女性がメーテルと呼ばれる種族で、かなり特殊な種族らしい。
それとは別の概念として、地球同様に民族と言う概念もあるので、地球に較べればかなり複雑ではある。
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