第121話 Bの悲劇

「バロン、ミネルバ話したい事がある。入っていいか?」


 俺は扉をノックしてから言うとバロンが


「ちょ、ちょっと待てマルス! 今はまずい!」


 慌てて言う。しかしミネルバが


「マルス君入って! マルス君にも見てもらいたい!」


 興奮した様子で返事が返ってきた。


「こんなの人に見せられるわけないだろ!」


 と言うバロンの声とミネルバの


「私はマルス君だけには見て欲しいの! 特に今の態勢は!」


 どちらも譲らない感じだったが、結局バロンがミネルバに押し切られて渋々入っていいと言われた。


 何しているんだ……? 俺はそう思いながら扉を開けると……とんでもない光景を見てしまった。


 ミネルバは自慢げな表情をしており、バロンは絶望の表情をしていた。俺はバロンと目が合うとゆっくり扉を閉めてしばらく放心状態だった。俺がなかなか戻らないので他のメンバーも気づいたのか全員でこっちにやってきた。


「マルス? 2人を呼ばないの?」


 クラリスがそう言うと俺は


「あ、なんか2人は取り込み中と言うか忙しいようで……」


 言葉を濁すとカレンが


「何言っているのよ!? これから大事な話をするのだから! バロン! ミネルバ! 入るわよ!」


 カレンがそう言って扉を開けると……メンバー全員部屋の中を見て固まってしまった。


 クラリスは顔を手で覆い見ないようにしている……しかし指と指に隙間があり、どう考えても見ている気がするが……


 部屋の中はバロンが宙に浮いていた。いや宙づりにされていた。


 バロンの体を縄が複雑に絡み合っている。これは芸術的な亀甲縛りだ……そしてバロンの姿は……パンツ一丁だった……体に縄の跡がくっきりついている。


「ちょ……え……? バロンとミネルバはもうそんな関係なの? そして……何よその趣味は……」


 カレンが後ずさりしながらそう言う。今は切れているとはいえバロンは元カレンの婚約者だ。


 2人とも精神的ダメージをかなり負っていた。本来こういうのを見て注意、または叱責しないといけないはずのライナーとブラムの口が開いたまま塞がらない。


 そしてエリーの一言が止めを刺した。


「……マルスより……変態……」


 俺より変態と言う言葉を聞いてバロンの心が折れる音が聞こえた。ってかみんな誤解しているが俺は普通だ!


 みんなの言葉や雰囲気を全く意に介さずにミネルバが


「見てみんな! これを5分で出来るようになったのよ! 今は縄で縛っているけどこれを鎖でやれば鎖術のレベルもすぐに上がるはずよね!? マルス君! 今度マルス君が縛ってみる?」


「え!? もしかしてこれは鎖術の練習?」


 俺がミネルバに聞くと


「それ以外何があるの? 最終的には1分以内で縛れるようにするんだから!」


 張り切っていった。するとクラリスが


「鎖術の練習だとしても……なんでバロンはパンツ1枚しか履いてないの?」


 みんなが思っていたことをミネルバに聞くと


「本当は鎖でやりたかったんだけど、下手したら怪我をしてしまうかもしれないでしょ? でも服の上から縄で締め付けてもどのくらい痛いのか予想がつかないじゃない? だからバロンにはパンツ一丁になってもらったの」


 あれ? ミネルバって結構モラリストだと思ったんだけど……もしかしたら俺が鎖を渡したことで押してはいけないスイッチを押してしまったのかも……


「どう? バロン。どのくらい痛いかみんなに教えてあげて?」


 ミネルバの更なる追撃がバロンを襲う。もうやめてあげてくれ……バロンが今にも泣きだしそうな顔をしている。


「と、とりあえずミネルバはバロンの縄をすぐに解いてリビングまで来てくれないか?みんなに伝えたいことがある。バロン……傷が癒えたら……来てくれ。もしもダメそうだったら後で個別に話すよ……」


 バロンの心の傷は下手したら一生ものだろう……そう簡単に癒える訳はない……


 俺がそう言うとみんなこの地獄の空気と化した部屋から逃げるようにリビングに戻った。


 俺もゆっくり部屋の扉を閉めると急いでみんなの逃げた先に向かった。


「ちょっと……あれもしかして私たちのせい?」


 ミーシャがクラリス、エリー、カレンに対して言うと


「そ、そんな事……無い……と思う」


 クラリスが一応否定するがエリーとカレンは黙ったままだ。


「どういうこと?」


 俺が部屋に入りながら聞くとミーシャが「やば」と言って口を閉ざした。うん? 俺に聞かれたらダメな事か?するとクラリスが


「マルスには今度ちゃんと話すから……今はちょっとあの光景が目に焼き付いてしまって……」


 まぁあれは俺も勘違いしてしまったからな。そもそも俺が最初から何もなかったかのように振舞って部屋に入っていればこんなことにはならなかったのか……すまないバロン……骨は拾ってやる……


 ミネルバが少し経った後に来たがバロンはやはり来なかった。予想通りだったので俺はみんなに雷魔法の事を話した。


 ・雷魔法は強すぎて俺はまだ完璧に制御できない事。

 ・消費MPがデカすぎて気軽に使えない事。

 ・クラリスだけは耐性がある事。


「金色って雷の色? だったのね……雷って青白いイメージだけどマルスの雷魔法は金色って事ね」


 カレンが頷きながらそう言うとライナーが


「俺たちと戦った時も使っていなかったよな? そんなに凄い魔法なのか?」


 聞いてきたので俺は


「恐らく回避不能な魔法だと思います。そしてそのダメージも凄いですが、もしも今回のウピアルのように俺の魔力よりも相手の魔力と耐久が高くてダメージが十分与えられなくても、感電という状態異常で相手を動けなくすることが出来ます」


「マルスが光ったのを見てから空間魔法を展開してもすでに遅いよな。さすがに光よりも早く魔法を発現させることなんて無理だからな……」


 ブラムの言葉にみんなが俺の雷魔法のヤバさを実感したようだ。


「俺はこの雷魔法をむやみやたらに使う事は無いと思う。だけどもしも俺が本気を出さないといけない場面がきたらクラリス以外は下がってくれ。今回はうまくいったが雷魔法はどこに飛んでいくか分からないからな」


 みんなが真剣な面持ちで頷く。


「あと今日は丸一日休んで明日死の森へ出発しようと思うからみんなそのつもりでいてくれ。今から自由時間だ。各々思い思いの時間を過ごしてくれ」


 俺がそう言うとライナーとブラムは街へ繰りだし、ドミニクとミネルバは恐らくバロンの所へ向かった。ドミニク……バロンの事を頼む! そして【黎明】女性陣は全員俺の所に残った。


「久しぶりの自由時間だから自由に過ごしていいんだよ?」


 女性陣にそう問いかけるとエリーが


「……ずっとマルスと一緒……」


 エリーの言葉に女性陣がみんな頷く。という事は俺が外に出ないと女性陣は外に出られないのか……せっかく他の街に来たのに観光の1つも出来ないのは可哀想だ。


「じゃあみんなで外に出て久しぶりに買い物しよう」


 俺がそう言うとエリー以外は嬉しそうにきゃぴきゃぴはしゃいでいた。



 外に出てまず女性たちの服を選ぶことにした。だが考えてみれば俺たちはいつでも制服を着ている。私服っていつ着るのだろう……


 だが女性陣はお互いに服をあてがってどれが似合うとか言っている。なんだかんだエリーもノリノリだ。結局小一時間服を選んでいたが誰も買わなかった。


「何も買わなくていいの? 俺が払うよ?」


 みんなに聞くとカレンが


「服は捨てるほど持っているわ。だけどああいうのが楽しいのよ」


「どうせ私たちは制服だしね。部屋着も沢山あるし……」


 クラリスもカレンと同じ意見のようだ。



 今度は装備品を見に行くと、さっきとは打って変わってみんなの表情は真剣だ。


 俺もいいローブがあったら是非買いたかったが、残念ながら巡り合うことは出来なかった。


 するとカレンがクラリスの事をずっと目で追っている店主にこう問いかけた。


「もっといい商品はないの? 値段は問わないわ」


「ん? お嬢ちゃんが装備するのかい?」


 いまだにクラリスの事を目で追っている店主が聞くとカレンが


「今度お嬢ちゃんと呼んでごらんなさい。フレスバルド公爵家への不敬罪として処罰するわよ」


 カレンの言葉を聞いてビックリした店主はカレンの方に向き直って


「フレスバルド家の血縁の方でしたか。大変申し訳ございませんでした。ここに並んでない商品はあるにはありますが……売る売らないは別として持って参ります。しばしお待ちを」


 そういって店主が店の奥に引っ込んだ。そうか店に並んでいるのが全てではないのか……今度から俺も聞いてみることにしよう。


 しばらくすると店主が立派な杖と白く透き通ったマントを持ってきた。


「これがうちにある最高の商品です。2品ともイザーク辺境伯へと思っていたのですが……」


 するとカレンが杖を見て


「こんなボロボロの杖……これ【賢者の杖(偽)】って……偽物じゃない!」


 少し大きい声を出して明らかに不満そうな表情を見せた。すると店主が慌てて


「そ、そんな……とても立派な杖に見えるのですが……これが偽物なんて……信じられない……」


 かなり落胆した声で言うとカレンが追い打ちをかける。


「私はフレスバルド公爵家次女のカレン・リオネルよ。そして魔眼を持っているわ。残念だけど間違いなく偽物よ」


 完全に店主の顔から生気が失われている。俺が見ても立派だと思うんだけどカレンの言ったことは本当だ。名前だけ見て効果を見ていなかったからしっかり鑑定をしてみると


【名前】賢者の杖(偽)

【特殊】-

【価値】-

【詳細】ある一定の煩悩を取り除くことができる。

 賢者タイムを長く保つことができる(調整可能)

 女性からはガラクタに見え、男性からは立派な杖に見える。


 な、なんと! これはまさしく俺が求めていた物ではないか!


「店主! これは俺が買います!」


 興奮気味に言うとカレンが


「ちょっ! マルスも鑑定できるでしょ!? 私が嘘を言っているみたいじゃない!」


 少しムキになっている。


「このフォルムに一目惚れしたんだ。確かにこれは間違いなく【賢者の杖(偽)】だよ。店主、もしも疑うのであれば鑑定屋に持っていくといいです」


 俺が言うとカレンがしぶしぶ引き下がった。カレンは本物志向らしく自分の婚約者になるかもしれない者が偽物を持っていたりしたらカレンのプライドが許せないのであろう。


「偽物であれば……タダでお譲りします。だけどこの事は絶対に内緒にしてください。この事がバレたら仕入れた私の眼力が疑われてしまいます……」


 力なく言った……かわいそうだ……


「店主……これはいくらで仕入れたのですか?」


 俺が聞くと店主が


「掘り出し物と言われて……金貨2枚で仕入れました……」


 もしも本物の賢者の杖だったら金貨2枚……日本円にしてだいたい20万円で買えるわけがない……


「わかりました。それでは金貨2枚をお支払いします。絶対に他言も致しません。どうか気を落とさずに……」


 金貨2枚をカウンターに置くと店主は涙ながらに「ありがとうございます」と言って金貨を受け取った。


 そしてもう一つの白く透き通ったマントは……





-----あとがき-----


カレンの魔眼ではアイテムの名前、価値くらいしか分かりません。

だからどうしてマルスが欲しがるのか分からないのです。


-----あとがき-----

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