第106話 キザール

2030年8月18日


 俺たちは徒歩でメサリウス伯爵領まで3時間かけて帰還した。迷宮を破壊したせいか、コボルトが全然出現しなくなっていた。



 メサリウスに帰還しすぐに宿屋に戻り、すぐに風呂に入ることにした。流石に3時間も歩きっぱなしだからみんな汗を流したいのだ。


 いくら俺が風魔法と水魔法で温度の管理をしていても、真夏の炎天下の中3時間を歩きとおせば誰もが、お風呂や水浴びをしたいに決まっている。


 部屋に戻るとすぐにお風呂にお湯を張った。


 今すぐに入りたいから俺の魔法でお湯を張り、部屋に戻るとみんな服を脱いでバスタオル一枚という格好だった。


「はしたなくてゴメンね。マルス。だけどすぐにでもお風呂に入りたくて……」


 クラリスがそう言うとみんな俺の顔を見てごめんと言う顔をする。


「いや、いいよ……気持ちは分かるから……もうお湯は張ったからみんな行っておいで。俺の事は気にしないでゆっくり入るといいよ」


 俺は直立することは不可能だったので前かがみになりながら言うと、女性陣は頷いて俺の横を通り過ぎてそれぞれお風呂に入る。


 クラリスとエリー、ミーシャとカレンで分かれて2つのお風呂に入るようだ。


 俺はすぐに自家発電をして賢者タイムになる。


 最初に風呂から出てきたのはエリーで少ししたらミーシャが出てきた。


 俺はカレンが出てくるまで風魔法と火魔法で2人の髪の毛を乾かす。ドライヤーみたいなものだ。


 エリーとミーシャはドライヤーをかけられると気持ちよさそうにしており、ついには目を閉じて、寝息を立て始めた。よほど疲れているのであろう。少しの間だけでも寝かせてあげよう。


 30分くらい経ったらカレンが出てきたので、俺がお風呂に入る。結局俺がお風呂を出たのは宿に戻ってから1時間後だった。そして俺とクラリスが風呂を出たのは同じくらいの時間だ。相変わらずクラリスは長湯だな……


 結局メサリウス伯爵の屋敷に着いたのは17時になってしまい、前回と同じく屋敷を警備していた者たちが俺たちに頭を下げて「どうぞこちらへ」とだけ言って屋敷の中に入れてくれた。


 屋敷の中は執事であるムラーノが案内してくれた。


「皆さまこの数日間で大分変られましたね。前よりも逞し……大人っぽくなられたようで」


 逞しいと言いたかったんだろうが、女性に対して不適切な発言と思ったのか、大人っぽくという表現に変えていた。ムラーノは心を掴むのが上手いらしい。女性陣はまんざらでもない様子で満足そうに頷いている。


 今回俺たちはリビングに通された。リビングには紅蓮のメンバーと3人の男が居た。1人はメサリウス伯爵だろう。もう1人はメサリウス伯爵の長男かな? そして最後の1人はダメーズだった。


 40を過ぎた恐らくメサリウス伯爵が俺たちに向かって


「なんだ? お前ら? リスター帝国学校の者か?……」


 と聞いてきたが、カレンを視界に捉えると


「失礼しました。カレン様がいらっしゃるという事はあなた方が【黎明】ですね」


 カレンを見ると態度が急変した。さすがフレスバルド筆頭公爵の娘だ。メサリウス伯爵は椅子から立ち上がり腰を折った。


 それを見た息子らしき人物も腰を折り


「皆さまお目に掛かれて光栄です。私はメサリウス伯爵長男のキザール・アライタス子爵でございます。こんなに美しい淑女に一度にお目にかかるのは初めてですので舞い上がっております。できれば皆さまのお名前をお教えください」


 なんか完全に俺は無視された格好となった。クラリスたちも俺が挨拶をしないと挨拶はしないつもりらしい。その空気を察したアイクが俺に向かって


「マルス、お前から挨拶をしなさい」


 と言ってきた。キザールはムスッとした表情でアイクを少し睨みつける。


「分かりました。僕はバルクス王国ブライアント伯爵家次男のマルス・ブライアントです。アイク兄様の弟でリスター帝国学校Sクラス序列1位、そしてこの【黎明】のパーティリーダーをさせて頂いております。どうぞお見知りおきを」


 俺が挨拶をしてもキザールは俺の事は眼中になく、視線はずっとクラリスの方に向かっている。


「私はザルカム王国ランパード子爵家長女のクラリス・ランパードでございます。マルスの婚約者でリスター帝国学校Sクラス序列2位、【黎明】ではサブリーダーをさせて頂いております。よろしくお願い致します」


 クラリスが紹介を終えるとキザールは俺の方を睨んできた。そして目線をエリーの方に向けるとエリーが


「パパはバーンズ・レオ。バルクス王国準女爵エリー・レオです。私もマルスの婚約者。Sクラスの序列3位です。お願いします……」


 エリーにしては珍しく長文を頑張った。ただその紹介を受けてキザールは余計に不機嫌になった。


 次は本来であればカレンが挨拶するのだがカレンはミーシャに目配せをして先に自己紹介をするように促す。ミーシャがそれに気づき


「フェブラント女爵長女ミーシャ・フェブラントです。見ての通り妖精族エルフです。リスター帝国学校1年Sクラス序列7位です。よろしくお願いします」


 ミーシャが可愛らしく自己紹介をするとキザールの顔が緩んだ。婚約者と言う言葉が無かったからであろう。そして最後にカレンが自己紹介をする。心なしかとても不機嫌に見える。


「フレスバルド公爵次女カレン・リオネルよ。序列は5位。少しいいかしらキザール? さっきからあなたのマルスを見る視線と扱いが気に食わないのだけれど? 私たちのパーティリーダーに何かあるのかしら?」


 カレンの言葉にキザールは怯むことなく答える。


「申し訳ございません。カレンお嬢様。ですが絶世の美女4人のうち2人が婚約者となると男として嫉妬をしてしまいまして、今でも俺の方が優秀なのにどうしてこんな奴にと思ってしまっております。周囲に優秀な者が居ればリスター帝国学校のSクラスに俺も入れたはずです。そして序列も当然上です。俺が今のマルスたちと同じ年に生まれていれば分かって頂けたのにと思うと悔しくてたまりません」


 それを聞いた女性陣は全員露骨に嫌な顔をした。エリーに関しては強烈な殺気をキザールに対して向けエリーの殺気にはアイク以外の全員が怯んだ。


 キザールは口をパクパクさせて何かを言いたいらしいが、恐怖で声が出てこない。キザールから出てくるのは尿だけだった。それを見たカレンがキザールに対して


「なんか……少しフラッシュバックしてしまって……キザール。今あなたは女の子の殺気に当てられて漏らしたのよ。その状態でも同じこと言える? エリーもうやめてあげて。会話が出来なくなってしまうわ」


 するとキザールが


「こ、これは何かの間違いだ。女の影に隠れている奴なんかにこの俺が負ける訳ないだろう! 俺と勝負しろ!」


 失禁した人に対して鞭打つ行動はしたくない。


 なんとか穏便に済ませたいのだが……もうそんな雰囲気ではない……


「分かりました。なぜかこういう風になってしまったのか分かりませんが。ただ先に一つ報告をさせてください」


 俺は先にやる事だけはやっておこうと思った。


「メサリウス伯爵。昨日迷宮のダンジョンコアを破壊してきました。これで迷宮飽和ラビリンスが起こる事はございません。こちらが迷宮のボスのキマイラとオークキングの魔石です。証拠としてこちらをメサリウス伯爵に献上させて頂きます」


 俺がメサリウス伯爵に魔石を渡すとメサリウス伯爵が驚いたように


「キマイラを倒したのか!? 君たちだけで?」


 というとカレンが


「キマイラを倒したのはマルスだけでよ。私たちがいたらマルスの足手まといになってしまうもの」


「それでは僕からの報告は以上となります。どこで決闘をしますか? お腹が減っているのでなるべく早く済ませたいのですが?」


 俺がそう言うとメサリウス伯爵が


「これはキザールが大変失礼なことを言ってしまい誠に申し訳ない。この度の事は私の顔に免じて許してやって欲しい。こんなんでもメサリウスの正当な後継者なのです」


「父上! 俺がそんな見掛け倒しの男に負けるとでも思っているのですか!?」


 まだキザールはやる気らしい。面倒事は避けたいのだが……すると意外な男が口を開いた。


「メサリウス卿。今分からせた方がいい。俺も男爵時代にその男に痛い目にあわされているからな。キザール卿は成人してまだ5年も経っていない。まだ若気の至りという事でなんとでもなるだろう。今決闘をさせないと、自分の実力を過信してもっと強大な相手に立ち向かってしまうかもしれない。例えばフレスバルド家とかにな」


 元男爵、現奴隷が優雅に飲み物を口に運びながら言った。結局ダメーズのこの一言で決闘をすることになった。


 キザールが着替えてから決闘をすると言い始めるとカレンが


「観客を入れるのはどうかしら? 剣聖に立ち向かう愚かな次期メサリウス伯爵という事で」


「候補とはどういうことですか!?」


 キザールがカレンに対して問い詰めると


「リスター連合国の円卓会議を行う12公爵家の者として言わせてもらうけど、リスター連合国の上級貴族に無能はいらないのよ? 例えば妹の結婚相手がとても優秀であれば私は父にその人を伯爵にするように強く推すわ。公爵家には上級貴族の後継者に口を挟む権利があるのをお2人はもちろん知っているわよね?」


 カレンはメサリウス伯爵とキザールに対して煽るとキザールが


「俺が伯爵に相応しくない。無能とでも言うのか!?」


 と激昂した。


「上級貴族になるのは力だけでは無いわ。別に力が無くても上級貴族になれる。だけどバカは困るのよ? 自分の力量と相手の力量の差が分からないバカでは。でもね、これはキザールだけに当てはまる事ではなくてよ。私自身もまだまだ未熟。だからキザールあなたも今日の結果を真摯に受け止めて明日からしっかり精進しなさい」


 カレンはまるでもう勝負の結果が出たような言い方をした。そしてアイクが


「まぁもう話し合いでは収まらないようですからちゃっちゃとやりましょう」


 俺とキザールの決闘はメサリウスの街のど真ん中で行われた。カレンはどうしてもキザールを許せないらしい。そしてそれはカレンだけでは無く、【黎明】の女子メンバーも同様であった。俺だって好きな人が侮辱されたら絶対に怒るから仕方ないとは思うが……


「キザール様! メサリウスの名に恥じぬようお願いします!」

「キザール様頑張ってください!」


 屋敷の者や領民からキザールを応援する声が次々と上がる。結構人気があるらしい……女には……男からの応援は全くない。だが観衆の男たちは俺を応援する気もないらしい。それは俺の周りの女性たちが問題なのだろう……まぁ単純に嫉妬しているのだ。どっちが勝っても面白くないし、どっちが負けてもいい気味だという事か。


「マルス。さすがに私も頭に来たから思い知らせてやってね」


 ミーシャが俺にそう言うとクラリスも


「うん。あれは完全にキザールが悪いわ。心を折ってね。何だったら私が人生を終わらせてやっても……」


「あぁ。頑張るから大丈夫だよ」


 クラリスの特技が発動してしまうとキザールがかわいそうだからな……ただ今回の事をメサリウス伯爵と眼鏡っ子先輩はどう思っているのだろうか? 屋敷で眼鏡っ子先輩が全く発言をしなかったことも気がかりだしな……


 決闘のルールは新入生闘技大会と同じだった。ちなみにキザールのステータスはと言うと


【名前】キザール・アライタス

【称号】-

【身分】人族・アライタス子爵家当主

【状態】良好

【年齢】19歳

【レベル】22

【HP】48/48

【MP】28/28

【筋力】24

【敏捷】20

【魔力】20

【器用】19

【耐久】22

【運】1

【特殊能力】剣術(Lv3/E)

【特殊能力】土魔法(Lv2/E)


【装備】風精霊の剣シルフソード

【装備】ミスリル銀の軽鎧

【装備】土精霊ノームの盾

【装備】ミスリル銀のグリーブ


 ん? これでリスター帝国学校元Aクラス? この前リーガンの冒険者ギルドで会った元Aクラスの人たちはもっとステータス、スキルが高かったな……でもどこかの騎士団長くらいにはなれるくらいかもしれない。それに伯爵家の後継者という事もあって装備は豪華だ。風精霊の剣シルフソードは俺が欲しいと思っていたものだ。


 メサリウス伯爵の「始め!」と言う言葉と同時にキザールが声を上げて走ってこようとしていた。うん。隙だらけだ……リスター帝国学校の武術担当は何を教えていたのだろうか……


 俺はウィンドカッターで近くの木の枝を斬り、それを剣の代わりにして構えた。


「舐めるな!」


 そう言ってキザールは俺に突撃をしてきたが俺は木の枝に風纏衣シルフィードをかけて強化すると、キザールの風精霊の剣シルフソードの剣の腹を薙ぎ払い風精霊の剣シルフソードを吹っ飛ばした。


「へ?」


 キザールは何が起きたか分かってないらしい。なぜ木の枝に剣が吹っ飛ばされたのか? 俺は試しに風纏衣シルフィードで強化した木の枝でキザールの装備しているミスリル銀のグリーブを斬ってみた。


 やはり木の枝ではミスリル銀を斬れるわけが無く逆に木の枝が折れてしまった。まぁいくら風纏衣シルフィードで強化したところでミスリル銀が斬れるわけないよな……


 キザールはその隙に風精霊の剣シルフソードを取りに戻った。


「貴様! 何をした!?」


 貴様って……そして戦闘中に教える義理などない。キザールも俺の返答を待っているわけが無くまた斬りかかってくる。


 俺は攻撃を躱しながらウィンドカッターでキザールの頭部を狙う。ウィンドカッターは俺が一番使っている魔法で精度は高い。そして狙い通り俺のウィンドカッターはキザールの頭部を掠めた。


 キザールは一生懸命剣を振り回してくる。そのたびにキザールの頭部から髪の毛が落ちてくる。そう俺が狙ったのはキザールの頭頂部のみで、今キザールの頭は河童の皿みたいになっている。


 この姿を見て周りの観客が大爆笑をしている。当の本人は自分が笑われているという事に気づかず、むしろ優勢だからみんなが安心して笑ってくれていると思っているようだ。


 また俺は木から木の枝を取り、キザールの風精霊の剣シルフソードを弾き飛ばすともう終わりにすることにした。弱い者いじめはどうしても性分に合わない……と思う。


 俺は観客を巻き込まないようにトルネードを放つと、キザールを何十メートルも上空に飛ばした。風精霊の剣シルフソードを弾き飛ばしたのは空中で風精霊の剣シルフソードがキザールに刺さらないようにするためだ。


「メサリウス伯爵。まだやった方がいいですか?」


 俺がメサリウス伯爵に聞くと近くにいたダメーズが


「剣聖よ。もっと徹底的にやった方がいいだろう。お前だったら木の枝で四肢すべてを切り離すことが出来るだろう? だれが今回このメサリウス領を守ったのか身をもって分からせた方がいい。【幻影】があのままメサリウス周辺に居続けたらここに居る全員の命はなかったんだ」


 ダメーズはわざと大きなことを言っているな……それにしても誰がダメーズに【幻影】の事を言ったんだ? それを聞いたメサリウス伯爵が


「【幻影】……聞いたことがあるような……無いような……」


「【幻影】は無能な上級貴族を暗殺するAランクパーティだ。基本的にリスター連合国の12公爵に仕えている。その幻影がメサリウス領への妨害をしていたという事はいくら卿でももう分かるよな?」


 奴隷が伯爵に向かってため口を利いている……メサリウス伯爵の顔が一気に青ざめた。


「キザールの負けだ。そしてこれから話し合いの場を設けたいのだが……よろしいでしょうか?カレンお嬢様。もう私には貴女様しか頼れる方が居ないようです」


「キザールの負けを認めましょう。話し合いに関しては【黎明】のリーダーであるマルスに聞いて。私はあくまでもリーダーの意見に従うわ」


 急にカレンがしおらしくなった。俺はトルネードを解除し、上空から落ちてくるキザールをウィンドで受け止めた。


 キザールは大量の糞尿にまみれていた。

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