第107話 処遇
「よくやってくれたお前たち。お前たち紅蓮が来てくれなかったら、また押し込まれてメサリウス領の五分の一は切り取られていた。特にアイクよ。リスター帝国学校で歴代でも最高傑作と言われているのは嘘ではなかったようだ。迷宮からわざわざ連れ戻した甲斐もあったな」
俺は助けに来てくれた【紅蓮】を手放しに褒め称えた。キザールがあまりいい顔をしていないのが分かったがそんなことはどうでもいい。
「お前らに何か褒美をやろう。メサリウスに戻るまでには考えてくれ」
メサリウスに戻り宴をしていると、アイクから衝撃的な言葉が出た。エーディンをくれ、つまり結婚させて欲しいと言ってきた。俺としては万々歳だ。もちろんアライタス家としてもだ。年々メサリウス領が押し込まれているがアイクが居れば問題ない。
だがここでやはりというかキザールから横やりが入った。結婚は認めるが、時期はキザールが結婚してからという条件を言い出した。相変わらずキザールはプライドの塊だ。まぁそれなりに優秀だから許しているがアイクと比べると……
俺はキザールの言葉を無視して結婚を認めた。しかしキザールはしつこくアイクとエーディンに結婚の時期を言っていた。年上の長男よりも先に結婚するとは何事か! とあまりにもしつこかったので、アイクとエーディンは徐々に言葉を失っていった。
「それにしてもアイクは本当に強いな。さすがリスター帝国学校1の強さを誇る事はある。リスター連合国の者として私も誇らしい」
「いえ……僕は1位ではございません。1位は今年入学した弟です。そして2位も怪しいです。TOP5には入っていると思うのですが……今年の1年生は優秀過ぎて手に負えませんよ。迷宮も弟たちのパーティ【黎明】に託しました。もしかしたらダンジョンコアを破壊してくるかもしれませんよ?」
まさかとは思ったが、エーディンが
「今の話は多分本当よ……私たち紅蓮も戦ったことあるけど、弟のマルスを1歩も動かすことが出来なくて負けたわ。あの時のマルスは酷いハンデを背負っていたみたいだけど」
エーディンの人を見る目は本物だ。だから昔エーディンはキザールを見下していた。キザールだけではない。男と言う存在そのものを見下していたのだと思う。
だがエーディンはリスター帝国学校に行ってから変わった。昔のような刺々しさが無くなった。きっとようやくエーディンが認める男が出来たのだなと思ったが、恐らくそれがアイクだったという事だろう。
「【黎明】か……覚えておこう」
俺がそう言うとエーディンが
「いずれ、忘れたくても忘れられない存在となっていると思いますよ?」
「分かった。明日からお前たちもまた迷宮に向かってくれないか? 戦力は少しでも多いほうがいいだろう。別に褒美は用意する」
「いえ、もう僕たちが行っても仕方ありません。どうしてもと言うのであれば行きますが、弟が倒せない魔物は俺達でも倒せませんので」
アイクにここまで言わせる弟はそんなに凄いのか……なんか評価が高すぎて逆に胡散臭いと思ってしまうが……まぁアイクがそう言っているのだから今回は様子を見よう。
「父上! 私たちも行くべきです! よそ者にいいようにされて悔しくは無いのですか?」
やはりキザールが絡んできたか……
「ではこういうのではどうでしょうか? 明日までに【黎明】が帰ってこなかったら僕たちも行くというのは。あくまでも僕の予想ですが黎明は今日か明日に帰ってくると思います」
俺が逡巡していると意外なところから声が聞こえてきた。
「アイクの判断は正しい。メサリウス卿よ。しっかり息子の教育をしなければダメだぞ。俺みたいになる」
だ、誰だこいつ……とても偉そうなんだが……俺が不審そうにその男を見ているとエーディンが
「この人はダメーズさんよ。この人のおかげで【黎明】がサンマリーナから戻ってきたのよ」
結局アイクとダメーズの言った通り黎明が帰ってきたのはその日の夕方だった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今俺の目の前にメサリウス伯爵とキザールが片膝を地面につけて頭を垂れている。キザールに関しては、メサリウス伯爵によって強引に膝をつかされている状況だ。
「マルス様どうかメサリウスを……アライタス家をお助け下さい!」
要はカレンに父であるフレスバルド公爵に上手く言ってもらい【幻影】の脅威を取り払いたいという事だ。そんな2人に俺が普通の態勢でいられるわけがない。俺は正座をして2人の前に座っていた。
本来であれば俺も片膝をつきたかったのだが、それはカレンが許さないと思った。だから俺は正座にしたのだ。
当然、黎明女子以外のみんなはどんな意味があるか正確には分かっていない。だが俺は2人よりも頭が低い位置にある。なんとなく周囲も俺の意図には気づいてくれていると思う。
「まず、僕に対してそのような格好はおやめ下さい。義姉様の父にそのような格好をさせたら僕の人格が疑われてしまいます」
俺は必死に自分の頭を低くしてメサリウス伯爵に懇願する。傍から見ると何をやっているんだという感じだろう。
するとメサリウス伯爵は俺と同じように正座をした。仕方ないので、俺はこのまま話すことにした。
ちなみにキザールは不服なようだが、眼鏡っ子先輩に強引に正座をさせられていた。眼鏡っ子先輩は2人に対して怒りを表していたが目からは涙が溢れていた。
「メサリウス伯爵家の事なのですが……僕としても穏便に済ませたいとは思っております。しかし今カレンがフレスバルド公爵に何かを言って、今を凌いでも結局また同じことが起こるかと思います。メサリウス伯爵はいつ伯爵位をキザール様に相続されるつもりだったのですか?」
「来年キザールが20歳になったら相続を考えていたのだが……」
「それはいつ決めたのですか? それとほかの貴族には伝えたりしましたか?」
「今年になってから決めたな。12公爵家にも今年になってから伝えた。キザールも一緒になって12公爵家を回ったからな」
「そこで歓迎されない公爵家はありましたか?」
「……基本すべての公爵家に受け入れてもらえなかった気がする……」
するとキザールが大きな声で
「あれは俺の才能と容姿にほかの貴族たちが嫉妬していたからに決まっています!」
頭頂部がはげちゃびんのキザールが言うとシュールで思わず笑ってしまった。クラリスなんか吹き出してしまっている。
「貴様! 今すぐ不敬罪にて処分してやる!」
キザールは激高して立ち上がったが、すぐにメサリウス伯爵と眼鏡っ子先輩に取り押さえられた。今のはどう考えても俺が悪いよな……
「処分って! あのねぇお兄様! 少しは現状を考えなさい! どうしてこうなったのか!? 私は昔からずっと忠告はしていたわよね? 権力を振りかざしてリスター帝国学校のAクラスに入ったり、実力に似つかわしくない騎士団長になったり。お兄様のせいでこうなったのかもしれないのよ!?」
眼鏡っ子先輩がそう言うとメサリウス伯爵も
「キザール……今日はもう休め……ただ普通の部屋に戻すことは出来ない。心苦しいが一晩牢獄で考えてくれ……」
そういってメサリウス伯爵は衛兵と執事を呼びキザールを牢獄へ連れて行った。
キザールは思いっきり抵抗して怒鳴り散らしているが、眼鏡っ子先輩の土魔法と束縛眼で拘束されて観念したらしい。
「はぁ……おなか減ったぁ……」
この空気でそんなことを言うミーシャは凄い。いや空気を読んでこその発言だろうか?
「おぉ済まない。今すぐに用意させるから少し待ってくれ」
メサリウス伯爵がそう言ってご飯を用意してくれようとする。正直俺はこの場から早く出たかったので勘弁してほしかったのだが、カレンが
「それは結構よ。私たちもまだやる事があるから今日はもう帰るわ。ねぇマルス?」
ナイス!カレン!
「はい。本当はもう少しお話したかったのですが、今日迷宮から戻ってきたばかりですので片付けや学校への報告などをしたいと思っておりまして……また明日こちらに来てもよろしいでしょうか?」
「そう言う事なら仕方ない。また明日よろしく頼む」
メサリウス伯爵はそう言って頭を下げた。この人も随分苦労するなぁ……アイクの義父になるのだからなんとかしてあげたい。
俺たちがメサリウス伯爵の屋敷から出ると、【紅蓮】のメンバーとダメーズも一緒になってついてきた。誰もあの場に残りたくはなかったのであろう
「儂らも宴の途中だったんだがお腹が減ったな。外で一緒に食べよう」
と
まずお洒落なレストランのようなところに入ると俺は眼鏡っ子先輩に
「義姉さん。申し訳ございませんでした。メサリウス伯爵とキザールさんにあんな態度を取ってしまって」
「いいのよ。どう考えてもあの人たちが悪いわ。それに父と兄には昔からずっと言ってきたことなの。父は優柔不断で結局最後は兄の言う通りにしか動かない。母がいれば良かったんだけど……それよりも【幻影】が12公爵家からの依頼というのはショックだったわ」
するとダメーズが
「12公爵のどの公爵家からの依頼か分からない。全ての公爵家の意志なのか、それとも限られた公爵家の意志なのか……それに12公爵家以外からのクエストということもある」
「カレン聞いていいか? 上級貴族を廃位する場合っていつもこんな強引なのか? いくらなんでもいきなりAランクパーティを雇ってというのは……普通はまず警告とかするような気がするんだけど……」
「うーん……私もあまり詳しくはないけど……私が知っている限り過去に何例かはあるけど、決まって他国への裏切りを疑われてだと思うわ。今回【幻影】への依頼は物流と人流の抑制よね? 暗殺ではないから裏切りではないと思うけど……
でも警告もなしにとは考えられないわね。よっぽどメサリウス伯爵かキザールに恨みがあるのかもね。エーデはもう昔から継がないというのを私たちは知っているし」
カレンの言葉にみんなが考え込んでしまった。なんかほかの話題はないかな……と考えていると忘れていることが2つあった。
「そう言えばアイク兄と義姉さんにプレゼントがあります」
俺はそう言って
「こんなに高価そうなもの貰ってしまっていいの?」
「はい。うちのパーティには土魔法使いが居ないので。とても早いですが結婚祝いという事で……」
すると眼鏡っ子先輩は笑いながら「ありがとう」と言ってくれた。
「凄い槍だな。大切に使わせてもらう。ありがとうな。マルス」
俺たちは先ほどの空気が嘘だったかのように大騒ぎして楽しい食事をした。
「ダメーズさん。少しいいですか? こういうのは失礼かもしれませんが昔と大分印象が変わったのですが、何かありましたか?」
俺がそう言うとクラリスも興味深そうに話に絡んできた。
「本当にそうね。私を殺そうとした人には見えないわね」
クラリスの言葉に事情を知らない者たちがびっくりしていた。
「もし俺が変わったというのであれば、全てはサーシャとミーシャのおかげだろうな。本当の主人に出会えたという事だろう」
ふーん。なんかもっと訳ありっぽいがまぁいいだろう。ミーシャはニコニコしながらダメーズを見ている。
「前に話していた俺たちを尾行していた2人の事は分かりました?」
ダメーズに聞くと【黎明】女性陣がざわついていた。
「すまん。全く分からなかった。本当に2人いたのか?」
まぁ索敵に長けていないダメーズではさすがに無理か……
「もしかしたら僕の勘違いかもしれなかったです。あともう1ついいですか? キザールさんの教育係とかって嫌ですか?」
俺がそう言うとダメーズがとても嫌な顔をしながら
「俺はキザールを見ていると無性に腹が立つ。昔の自分を見ているようでな。俺に何かをさせたいのであれば、サーシャに言え。俺はサーシャの言葉には逆らえないし、逆らう気もない」
結局キザールはリーガンに連れて行こうということになり、お開きになった。
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