第91話 口は災いの元

「勝敗は負けを認めるか、レフェリーの判断よ。後はわかっていると思うけど致命傷になるような攻撃をした時点で負けよ。いいわね?」


 眼鏡っ子先輩が俺に向かってそう言ったので、俺は頷いた。眼鏡っ子先輩、小人族ドワーフのガル、槍使いのイースト、水魔法使いのユーリ。この4人と俺は正対した。


「それではそろそろ始めます! 【紅蓮】対マルス! 勝負はじめ!」


 まず眼鏡っ子先輩が俺の周りを土魔法の土砦アースフォートレスで覆う。俺の視界を妨げる気のようだ。


 俺がすぐに土砦アースフォートレスを剣で切ると、嫌な視線を感じた。眼鏡っ子先輩が俺に魔眼を使ったのだろう。当然俺に魔眼は効かず、眼鏡っ子先輩はびっくりしている。


「ガル! 失敗したわ! 束縛眼が効かない!」


 するとガルが俺の後ろから襲い掛かってきた。


 どうやら土砦アースフォートレスで視界を塞いでいる何秒かで俺の後ろに回り込んだらしい。いい連携だ。本来であれば束縛眼で動けなくなった俺に対してガルが後ろから攻撃を仕掛けて終わりという事か。



 俺はガルの斧を受け流し、火精霊の剣サラマンダーソードの剣の腹でガルの腹を殴打した。


 ちなみに雷鳴の剣は使っていない。


 あれは人に向けるような剣ではないからね。


 ガルはその場でうずくまり


「普通であれば、ここで致命傷か……儂はここまでのようじゃな。離脱させてもらう」


 よし、まず1人。残り3


 ちなみにアイクは参戦していない。


 出来れば早く魔法使いの2人を何とかしたいが……



 魔法使いの眼鏡っ子先輩とユーリは俺と距離を取って遠距離から魔法攻撃をしてくるが、すべての魔法を俺は剣で切り伏せた。


「ちょ……どうなっているの!?」


 ユーリが眼鏡っ子先輩に言うと


「アイクの弟とはいえここまでとは……だけど負けられない! 行くわよ! ユーリ! もっと至近距離から魔法を撃つわよ!」


 そう言って眼鏡っ子先輩はユーリと一緒にかなり至近距離まで近づいてきた。


 槍使いのイーストはまだ俺の隙を背後から窺っている。



 くそまだ足が痺れて満足に動けない……昨日と今日だけで10時間以上も正座させられていたからか……だけどあと少しで痺れも治るはず……


 だが【紅蓮】は待ってはくれなかった。


 3人同時に動いてきたのだ。


 もう眼鏡っ子先輩もユーリもMPが枯渇寸前でこのまま1人ずつやられるのであればみんなで一斉攻撃をという事だろう。



 正直今の俺にとってはこれが一番きつい。


 何せ移動ができないからこの場で戦うしかないのだ。



 槍使いのイーストは俺の正面に来ており、正面から槍で刺突してくる。


 そして水魔法使いのユーリはほぼ限界までMPを消費した後に短剣で後ろから突撃してくる。



 そして眼鏡っ子先輩はなぜかユーリの槍をテコ代わりにしてジャンプして空中から俺を倒しに来ている。


 ただジャンプし過ぎでとりあえず眼鏡っ子先輩は無視でいいだろう……



 まずは後ろから短剣をもって突進してきたユーリの短剣を叩き落とし、首元に剣を突きつけるとすぐに参ったをしてくれた。


 その隙をイーストが槍で刺突してくるが、上半身だけで躱しイーストの槍も叩き落し、剣を突きつけるとイーストもすぐに手を上げた。


 最後の眼鏡っ子先輩はというと予定よりも高くジャンプをしてしまったのだろう……



 悲鳴を上げながら落ちてきたのでこのままでは可哀想と思い、俺が眼鏡っ子先輩をお姫様抱っこするように受け止めようとした。



 これが大失敗だった……もう眼鏡っ子先輩だけだと思って気が抜けてしまったのであろう。


 俺は忘れていたのだ……自分の足が痺れている事を……



 眼鏡っ子先輩を受け止めた時の足への衝撃は凄まじく立ってはいられなかった。


 何とか眼鏡っ子先輩だけは怪我がないように……何とか眼鏡っ子先輩の着地の衝撃を俺が吸収出来るように……そしてこういう時のテンプレ、つまりラッキースケベが起きないように全力を尽くした。


 その結果、眼鏡っ子先輩が地面に立っていて、俺は地面に突っ伏している。


 無理矢理うつぶせになったのだ……



 大体こういう時は女の子のお尻が顔に着地するパターンだからね。


 その結果、完全に俺が負けているような体勢となっている。


「勝者! 【紅蓮】!!!」


 大きな声でコールされたが、【紅蓮】側は誰も喜んでおらず、観客席もただ押し黙っている。


 俺はなぜ【紅蓮】や観客が黙っているのかが分からず、あたりを見回す。


 立ち上がろうとするが、まだ足が痺れている……これいつまで痺れているんだ? なかなかうまく立ち上がれない俺に眼鏡っ子先輩が手を差し伸べてくれた。


「ありがとう。マルス君のおかげで私は怪我をしなかったわ。ここまでされちゃうと、勝った気にはなれないわね」


「い、いえ咄嗟の出来事だったんで……あと足が痺れてこのうつ伏せ状態から立ち上がれなくて眼鏡っ子先輩の手にも届かない状態なんです……」


 俺がそう言うと眼鏡っ子先輩は俺の腕を自分の肩に回し立たせてくれた。


 めっちゃいい匂いがする……そして顔と顔との距離が近い……ん? 俺の頬に眼鏡っ子先輩の唇が触れた気がしたが……


 俺が立ち上がるのを見ると観客席から割れんばかりの黄色い歓声が届いた。


「痺れたわー!」

「もっと好きになっちゃった!」

「自分の身を挺してまで女子を助けるのは男の鑑だわ!」

「100番目の女でもいいからお願い!」

「明日から私も赤い眼鏡かけてくるからー!」


 俺が眼鏡っ子先輩と密着しているのを見て4人の裁判官たちがすぐに俺の所に駆け寄ってきて、眼鏡っ子先輩から俺を奪い去る。


 すると眼鏡っ子先輩が4人に対して


「あまりにもマルス君に酷いことをすると私が本気で奪うわよ」


 4人に対して忠告をする。


 酷いことって……眼鏡っ子先輩は俺の正座を知っていたのだろうか? すると4人を代表してクラリスが


「ご、ごめんなさい……肝に銘じておきます……」


 素直に頭を下げた。


 そこにアイクやガルの【紅蓮】のメンバーが集まってきた。


「マルス。いろいろ悪かったな……4人の誤解は俺が解いておいた。まぁ少しというか……本当にスマン! そしてエーデを助けてくれてありがとう」


 なんかアイクは最後ごまかしたな……まぁすべてハッピーエンドで終わったしいいか。


 と甘い考えでいるとガルが


「試合に勝って勝負に負けた感が強いが、勝ちは勝ちじゃ。当然勝利の報酬はもらうぞ?」


 13歳ながら立派に蓄えた髭を触りながら言ってきた。


「は、はい……お手柔らかにお願いします。ガル先輩……で僕は何をすればいいのですか?」


 すると眼鏡っ子先輩が


「マルス君たちに手伝ってほしい事があるのよ。最近リーガン騎士団がスラム街の治安維持に努めているのは知っているよね? そのせいでリーガン付近の魔物が少し増えてきたらしいの。リーガンに優秀な人間は沢山いるんだけど、その人たちは卒業生でみんなリーガン騎士団に入っちゃうからリーガンの冒険者の質は低いのよ……まぁそう言う私も卒業後はリーガン騎士団に入るか、ちゃんと伯爵家の長女としての役目を全うするか迷っているんだけどね」


 あぁそう言えば眼鏡っ子先輩は伯爵家長女だったな……


「伯爵家の長女がリーガン騎士団に入るっておかしなことではないですか?」


「まぁ、あまりない例だけど……要は男漁りのようなものね。リーガン騎士団は優秀な人間ばかりだからお見合いで変な上級貴族の長男と結婚するよりは、絶対にマシなのよ……うちはどっちにしても家督を継ぐのは長男だし、どっちでもいいって父が言ってくれているから、まぁ嬉しい悩みではあるのよね」


 そんなもんなのか……思ったよりもこの世界の貴族制度は悪くないかもしれないな……俺は結婚相手とか強制的に決められてしまうものだと思っていたからね。


「そのようなことでしたら、喜んで受けます。いつからですか?」


「私たちはなるべく早く終わらせて、8月の遠征に早く行きたいのよ。だからなるべく早い方が助かるんだけど……」


「では明日からでもいいですよ? それより8月の遠征って何ですか?」


 俺が眼鏡っ子先輩に聞くとアイクが


「そう言えばお前たち今年が初めてか。この学校は夏にリスター連合国内の簡単なクエストを受注しに回るんだよ。で俺たち【紅蓮】には少し難易度の高いクエストが来てしまってな。早めに準備に取り掛かりたいと思っているんだ。だから気兼ねなく行けるようにこの周辺の魔物を間引いておこうという事だ」


「その8月のクエストは僕たち【黎明】も受けるんですよね?」


「あぁ。そのはずだが……俺たちが1年生の時も他の上級生と一緒に簡単なお使いクエストをやっていたから、お前たちもそうなるんじゃないか?」


「分かりました。色々教えて頂きありがとうございます。それでは、僕たちは明日生徒会室に参りますので、よろしくお願いします」


 俺は【紅蓮】のメンバーに頭を下げてから、体育館を後にしようとするとまだ2階にいた女子生徒たちから、また歓声が上がった。


 黄色い声援って本当に悪いもんじゃないよね。


 颯爽と帰ろうとしたのだが……足がしびれている事を忘れていた……っていうか忘れていたくらいだから治っていてくれてもいいじゃん!


 俺は無様にもまたクラリスとエリーの肩を借りて体育館を後にするのであった。



 ☆☆☆


 今俺はうつぶせになって寝そべっている。


 俺が今どこで寝そべっているかと言うと女子寮6階のみんなが羨むハーレム部屋だ。



 俺の周りには4人の美女と部外者1人。


 今俺は4人の美女にマッサージをしてもらっている。


 昨日、今日の狼藉への報いだ。


 もちろん真っ当なマッサージ……だよ?……


「マルス本当にごめんなさい。冤罪を裁いてしまったようで」


 俺の右手右肩をマッサージしてくれているクラリスが言った。


 いつものようにクラリスの手は柔らかく気持ちいい。


 そしてたまにもっと柔らかいところに当たっているような……


「……マルス……信じてた……」


 左手と左肩をマッサージしてくれているエリーも分かってくれたようだ。


 そしてリトル女王と暴走エルフが俺の背中と腰、お尻の上で飛び跳ねながら


「ちゃんと説明してくれれば良かったのに。マルスも口下手なの直したほうがいいよ?」


 この2人は軽いからちょうど背中とかを踏んでくれると気持ちがいいという事が判明し、乗ってもらったのだが退屈したのかいつの間にか俺の上で飛び跳ねている。


 ミネルバが椅子に座りながら俺に言う。


「まぁみんな良かったわね。全部誤解で済んで」


 ミネルバの方を見るとミネルバの三角スポットが目に入ってしまった。


「……眼鏡っ子先輩と一緒で白い……」


 気が抜けきってしまった俺は不用意な言葉を言ってしまった……マッサージがプロレスに変わったのは言うまでもない……

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