第92話 男子生徒たちの絶望

2030年7月8日


「これで終わりかしら?」


 眼鏡っ子先輩が俺に尋ねると俺は頷き


「おそらくは……後はもう箸にも棒にも掛からぬような魔物とも言えないようなものしか居ないかと思いますが……」


 するとアイクは満足そうに


「よし、これで【紅蓮】は指名クエストに心置きなく向かえるな。まぁ学校の教師陣が出張ればよかっただけかもしれないが、けじめとしてな」


 流石責任感の塊のアイクである。眼鏡っ子先輩もしっかりしているし……


「それにしてもマルス君とエリーの索敵能力は凄いわね。まぁエリーはなんとなく分かるけど……おかげでこの辺でこんなに魔物が狩れたのは初めてよ」


 俺たちはリーガンの街付近の魔物退治に来ていた。


 俺たちというのは【紅蓮】と1年のSクラスのメンバーだ。


 俺たちにとっても丁度よい魔物退治だった。


 ミーシャのレベルが低いからミーシャを鍛えるのに丁度よかったのだ。


 まぁレベルは上がらなかったんだけどね。


「アイク兄たちはどこに行くのですか?」


「俺たちはエーデのメサリウス伯爵領に行くことになってな。少し面倒な感じのクエストだったから時間に余裕を持っておきたかったんだ」


「いつ出発するのですか?」


「そうだな。これから色々残務処理をして7月10日には出られるかな。マルス。リスター帝国学校をよろしく頼むぞ。と言ってもお前たちもクエストで出向するのか?」


「僕たちはまだ何も言われていないから分からないです……」


「ふむ……おかしいな……普段であればもうクエストは言い渡されていると思うが」


「後でリーガン公爵に聞いてみますよ。それではまた明日」


 寮に帰るときにバロンにクエストの件を聞いてみた。


 するとバロン達はリーガン公爵からすでに8月のクエストを言い渡されているらしい。


 どうやらほかの上級生と一緒にいろいろな街に行き、貴族やギルドマスターたちに顔を覚えてもらうそうだ。


 要は今からコネづくりをするという事らしい。


 それもSクラスとして回るから貴族やギルドマスターの覚えが良いそうだ。


「なんで俺たちだけクエスト来ないんだろう?」


 俺がそう呟くとバロンが


「もしかしたら……ハーレムパーティが関係しているのでは……クエストを出してハーレムパーティがやってきたらこいつら何しに来やがったと思うかもしれないだろ? そうするとリスター帝国学校も評判を落としたくないから【黎明】はもしかしたらずっと学校で待機という可能性も……」


 バロンがもっともらしい事を言ってきた。


 確かに……依頼を出してハーレムパーティが来たら……悔しいよな……



2030年7月9日



「リーガン公爵、少しよろしいでしょうか?」


 俺は校長室の扉をノックした。


 入っていいと言われたので中に入るとアイクがいた。


「あのー質問があるのですが……ただアイク兄とお話をしているのであればまた後で伺いに参りますが?」


 俺がそう言うとアイクが


「あー、俺の用事はもう済んだ。明日出発するからその報告に来ただけだ。でマルスの用事はクエストの件か?」


「はい……【黎明】はやはりハーレムパーティだからクエストが来ないのかなと思いまして……パーティメンバーも心配しているようで……」


 するとアイクが


「では僕はこれで失礼します」


 と言って、校長室から出て行こうとするとリーガン公爵が


「アイク、ちょっと待って。ちょうどいいから一緒に聞いてほしいの」


 アイクを引き留めた。


「実はね。【黎明】には指名クエストがいっぱい来ているのよ。過去にないくらいの量で絶対に捌ききれないクエスト量なのよ。どうやらこの前の新入生闘技大会でセレアンス王立学校に武術の部で勝って完全優勝したじゃない? だからこの国の貴族が関係を持とうと必死になっているようで……リスター連合国の公爵から伯爵まで、そしてバルクス王国の王族からも。どのクエストを受けさせようか、私たちも迷っているのよ」


 どうやら予想とは反対のことが起きていたのか。これで少しは安心できた。


「【黎明】のパーティの出自はかなり特殊なの。

マルス君はバルクス王国伯爵の次男。

クラリスさんはザルカム王国子爵の長女。

エリーさんは元セレアンス公爵の娘。

ミーシャさんはこの世界で希少なエルフ。

そしてカレンさんはリスター連合国筆頭公爵の次女。

尚更私たち学校側も苦心しているのよ……


 現セレアンス公爵に近い人の所には行かない方がいいとかフレスバルド公爵のクエストを受けるとあまりにも贔屓しすぎだとか……」


 リーガン公爵の口から愚痴が止まらなくなりそうだ……するとアイクが


「とても羨ましい悩みではないですか? こんな事で悩めるのはリーガン公爵だけだと思いますよ? 決められないのであれば、【黎明】にも相談してみてはどうですか?」


 アイクがそう言うとリーガン公爵が


「確かに。そうね。じゃあこちらで絞ったクエストをマルス君に渡すからどれがいいか選んでちょうだい。最低でも3つまでに絞ってくれればあとはこっちで決めるわ」


 リーガン公爵から10枚以上のクエスト用紙を受け取ってから放課後の教室に戻った。


 【黎明】のメンバーに事情を説明するとみんな安心していた。


 最悪パーティ解散とかありえたからだ。


「みんなどのクエストを受けたい?」


 俺が聞くと、真っ先に答える者がいた。


「私海に行きたい!」


 暴走エルフがそう言うとみんなクエストも見ていないのに海に行くという事で決まった。


 こっちの世界でも夏はやっぱり海なのだろうか?



 そんな都合のいいクエストなんてないだろうなぁと思いながらリーガン公爵から渡されたクエスト用紙を捲っていると……あった……なになに依頼内容は……えっ?


 サンマリーナ侯爵と海を楽しむ1週間


 これがクエスト? もっと何か討伐とか、お使いとかしないの? みんなにこれを見せると盛り上がる一方だ……まぁ俺も海には行きたかったしいいか。前世では海なんて行ってないし……あれ? 俺泳げない……少なくとも前世では泳げない……


2030年7月10日



 【紅蓮】のメンバーは朝一でメサリウス領へ出立した。


 みんな神妙な顔つきだった。これから大変なクエストが待ち構えているのであろう。


 それに比べて【黎明】のメンバーときたら……


「クラリスはマルスよりカッコいい人にナンパされたらどうするの?」


「エリリンはどうするの?」


 カレンとミーシャがクラリスとエリーにそれぞれ聞いている。


「私は……マルス一筋……かな?」


 おい。そのクエスチョンマークはなんだ?


「……マルスよりカッコいい人なんている訳ない……それに……もしもいたとしても……クラリスと違って……私たちは心で結ばれている……だから浮ついたりはしない」


 さすがエリー。だけどそれを言うとクラリスと……やっぱりいつもの喧嘩が始まった……こっちはいつもの平常運転だ。


 【黎明】の女子メンバーは今日の放課後に俺がリーガン公爵にクエストの受注をしに行く時、女子だけで水着を買いに行くらしい。どの水着にしようか各々悩んでいる。


 そして放課後になり、リーガン公爵にサンマリーナ侯爵のクエストを受けると伝えたところ


「本当にこれでいいのね? あなた達は絶対にこのクエストだけは受けないと思っていたのだけれども……後悔しないわね?」


「今から海をやめると言ったら、あの4人がどうなるか分かりません。少なくとも僕に身の危険が迫ると思います……」


「そう……だけど……それ以上に……まぁいいわ。それではサンマリーナ侯爵にクエスト受注の使いを出すから【黎明】の出発は大体7月20日ごろになると思うわ。みんなに伝えといてください。頑張る……頑張りすぎないように、頑張りなさい」


 なんか意味深な言葉を投げかけられたな……今日は女子メンバー4人で過ごすらしいから俺は久しぶりに……というか何年かぶりに1人で夜ご飯を食べなければならなくなってしまった。


 日本に居た時なんて映画やご飯……焼肉まで1人で行った事もあった。


 いつもクラリスとエリー、カレンとミーシャと楽しくご飯を食べられるのは最高の贅沢なのかもしれない。


 俺はいつも街で夜ご飯を食べるのだが、今日は男子寮でご飯を食べることにした。



 あれ? 男子寮の夜ご飯初めてかもしれない。


 朝は毎日利用しているのだが、俺の朝ご飯は早いから他の生徒達とほぼ会わない。


 こんなに男子寮の夜ご飯は混雑しているとは思わなかった。



 俺が、配膳の列に並んでいると、蒼色のローブを来た男に声をかけられた。


 Bクラスの奴らしい。男の後ろには何人もの男がいる。


 ローブの色はそれぞれだ。


「よう、色男。今日は1人でご飯か?」


 なんだ? 絡んできたのか? 俺が怪訝な顔をしたのが分かったのだろう。


「おいおい。別に絡もうとしているわけじゃないんだ。機嫌を損ねてしまったら謝る。この学年の奴はお前に絡んだり、不興を買おうとする奴なんかいねぇよ。みんな新入生闘技大会見ているし、大将戦はスカッとしたからな。ただお前と話せる機会がいつもなくて、今たまたま見かけたから声をかけたんだ。一緒にご飯を食べてもいいか?」


 そう言えば女子生徒と話すことはあっても、他のクラスの男子生徒と話す機会は全くなかったな。


 え? いつ他のクラスの女子生徒と話すのかって? 校長室に行くときに声をかけられて話をしたり、生徒会室で話をしたり……まぁ結構話す機会はあるのだ。


 同性からこうやって気さくに声をかけてもらえるのもありがたいな。


「あぁ。俺も1人でちょっと寂しかったし、俺の方からも頼むよ」


 俺はそう言って、声をかけてきた奴に言うとその男の周りの奴らどころか、ここに居た男子生徒たちに囲まれた。


「えっ!? どうした?」


「これだけお前と話がしたいという奴が多いんだよ。まぁ主に女関係の事だろうがな」


 俺は食事中に男子生徒の質問攻めにあった。


 誰と付き合っているのか? 誰が好きなのか? どこまで関係が進んだのか? 等々……本当に女性関係ばかりの質問だった。


 他にも質問したいことは山ほどあるらしいがまずこれに答えてくれないと、男子生徒の青春が無駄になってしまうとの事だった。


 だから俺も答えられることは答えた。


「付き合っているのは……いない。好きな人は……全員だが1人を選ぶのであればクラリス。どこまで関係が進んだのか……健全な関係」


 俺の言葉に男子生徒が狂喜乱舞し


「よっしぁー! これで俺も正式にクラリス狙いで行ける! 学業や武術、魔法で負けてもいいがこれだけは負ける気はない!」


 他のみんなも誰狙いとか叫んでいる。


 ん? 嘘は言っていないが言葉が足りなかったか?


「あの、ちょっと付け加えたいことがある。俺たちの関係だが、俺の婚約者はクラリスとエリーというのはもう決まっているんだ。クラリスが正妻で、エリーが側室。周知のことだと思ったんだけど……」


 俺がそう言うと男子生徒たちは一転泣き叫んだ。


 俺の青春が終わったと本気で涙を流している奴もいれば放心して箸を落としている奴もいる。


「じ、じゃあカレン様とミーシャは婚約者ではないという事だな?」


 残った気力で俺に問いかけると


「あぁ。フレスバルド公爵とサーシャ先生からは側室にと言われたが、父と母が3人目はまだ早いと言って棚に上げられた状態となっている」


 どうやらこの言葉は止めだったらしい……みんな頭や顔を覆って嗚咽を漏らしている。


 完全に終わったとか生きる意味が無くなったとか……


 俺はこの空気に耐えられなくなり、ご飯を早く済ませ、その場を足早に去った。

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