第83話 ルーティーン 中編

2030年3月1日


 午後になり魔法の授業が始まった。


 サーシャにはファイアストームが使えることを4年前に教えているから、サーシャには俺がある程度魔法が使えるという事を知られても、問題はない……のだが……


 生徒にはまだ誰にも教えていないのだ。


 ただ火魔法が使えるという事は言ってしまって問題ないと判断したので、教室では火魔法の練習を中心にしていた。


 なぜ火魔法かと言うと兄のアイクは学校でも有数の火魔法の使い手で、弟である俺が使えても不思議ではないと思ったからだ。


 俺の火魔法の練習相手は専らカレンだ。


 専門家に教えられながら仲良く火魔法の練習をしている。



 ちなみにクラリスとエリー、ミーシャ、バロンとドミニクは一緒に風魔法の練習をしている。


 風魔法が一番不遇と言われているが、最近そうではないと思う。


 むしろ近接戦闘には必須な魔法とさえ俺は思っている。



 ミネルバは主にサーシャと水魔法を。ヨーゼフとヨハンは相変わらず2人で色々な魔法の訓練をしている。


 ミネルバと魔法の練習をしているサーシャに俺は声をかけた。


 ローレンツはというと戦力外なので魔法の時間は別のことをしている。


「サーシャさん……じゃなくて先生。質問していいですか?」


「うん? この前の私の事? 興味持ってくれているの?」


 あーそう言えばサーシャの旦那さんの事の件とかあったな……


「いえ、新しくSクラスの副担任になった。ライナー先生のことです」


 サーシャは揶揄う様に笑いながら


「冗談よ。冗談。聞かれると思ったわ。ライナー先生のことは。私も一緒にパーティや大規模討伐レイドを組んだことはないけどいい噂は全く聞かないわね。【剣狩】ってことは知っていると思うけど前衛の人は絶対に組みたくないって言っていた気がするわ……ただ結構前に冒険者登録を剥奪された気がするのだけど……」


「なぜ冒険者登録を剥奪されたのですか?」


「B級冒険者以上になると、国や貴族の出すクエストに応える義務があるんだけどライナー先生は全然それに応えなくてね。そして【剣狩】としての異名を不気味がられ、冒険者を剥奪されてしまったわ。確かB級冒険者で一番A級冒険者に近い男って言われていた気がするけど。だけどA級冒険者は世界で100人しかなれないからね。あの化け物たちの誰かを倒さなきゃいけないっていうのはいくらライナー先生でもかなり厳しかったでしょうね」


 あれ? A級冒険者ではなかったのか?


「そんなにライナー先生は強いのですか?」


「うーん。ステータスはB級下位クラス……下手すればC級冒険者クラスかもしれない……ただ、剣術が圧倒的らしくて、それに対応が出来なければ絶対に負けてしまうらしいの……詳しくは分からないわ……ただこの後の授業は気を付ける事ね。アイク君のことは知っていると思うけど、ライナー先生はある程度しか手加減をしないらしいからね」


「もう一つ質問させてください。例えば、キュルス先生の氷の刃とかある程度強い武器って複数個存在するのですか?」


「存在するらしいわよ。でも価値Aからは世界に1つしかないと言われているわ……でも真実は分からないけどね」


 キュルスの氷の刃は、さすがにAはないからな……別の氷の刃と言う可能性があるのか……



 そして魔法の授業が終わり、武術の時間となった。


 時間通りにローレンツとライナーがやってきた。


 そしてなぜかリーガン公爵まで一緒にSクラスに入ってきたのだ。



「武術の時間を始めるぞー。今日はリーガン公爵も一緒に見学をしたいとの事だ。みんな張り切ってくれよな」


 ローレンツがそう言うと早速武術の時間が始まった。


 今日はライナーが初日という事もあり簡単な模擬戦をすることになった。



 まずはクラリス、カレン、ヨーゼフ、ミネルバ、ヨハンの後衛5人を1人ずつライナーが指導することになった。


 指導する順番は序列が低い者からつまりヨハンからである。



 ヨハン、ミネルバ、ヨーゼフ、カレンに対してライナーは木剣で指導をし、その指導は丁寧で熱心なもので、みんな大満足の時間だった。



 ただクラリスだけは違った。


 かなりクラリスの剣術の腕が高いと分かるといつの間にかこの前見た刀身の真っ赤な剣でクラリスのディフェンダーを迎え撃った。



 一度だけ2人の剣が交わるとクラリスの様子が少しおかしくなったことに気が付いた。


 ライナーの前では鑑定は使えない……そしてリーガン公爵もいる……


 俺はクラリスの方を注視しているとクラリスが急に


「すいません、少し疲れてしまったようです。また今度、指導の方をお願い致します」


 そう言って、クラリスは俺の方に歩いてきた。


「大丈夫か?」


「ええ。でも気を付けて、注意するのは剣の方かもしれないわ……ディフェンダーと交差した時に何か吸われる気がしたわ……」


 やはり魔剣ブラムに何かあるのか……今度バレないように遠くから鑑定をしてみようか……


 しかしライナーの方も体調が悪いようだ……いやライナーの方がと言った方がいいのかもしれない……真っ青な顔でクラリスを睨みつけている。


 その後は俺、エリー、バロン、ドミニク、ミーシャだ。


 ミーシャは槍使いなのでライナーは木槍で指導している。


 ……槍もやはりうまい。ミーシャも指導のうまさに驚いている。



 その後ドミニクとバロン、エリーと模擬戦をしていった。


 ドミニクだけはまだ少し傷が痛むらしいので、構えなどを指導する程度にしていた。



 バロンの時には、またあの赤い剣が出てきてバロンも体調不良を訴え、模擬戦は終了した。


 今度はライナーの調子は悪くなっていない……むしろ調子は良くなっているように思えた。


 バロンはすぐに俺の所に来てクラリスと同じようなことを言ってきた。



 そして次のエリー戦はすぐに終わった。


 エリーは危険を察知しているのか、全く攻撃をしない。


 模擬戦で先生にうちこまなければいけないのに、エリーから手を出さないのだ。


「どうしたんだい? エリー君? 打ち込んできなさい?」


「……誰? 変な気配がする?……」


 エリーがライナーに向かってそう言うとライナーはブツブツ独り言を呟き始めた。


「まぁいいでしょう。エリー君はまた今度だ。次はマルス君来なさい。正直君と一番剣を交えたかったのだよ。剣聖様の実力がどの程度なのか僕に教えて欲しい。がっかりさせないでくれよ」


 俺は頷いて立ち上がると、ライナーはすでに赤い剣を構えていた。


 奥の手以外は全て使うつもりで戦おう。きっとリーガン公爵は俺の戦いを見に来たのだと思う。だけど本気でやらないと俺まで医務室送りにされてしまう。本当に危険だと思ったら、奥の手も使おう。


「ライナー先生。教室では少し狭いのでホールで戦ってくれませんか? 全力で戦ってみたいので……」


 俺がそう言うとライナーは頷いた。


 リーガン公爵は「いいでしょう」と言ってホールに向かう。


 ホールに向かっている最中にバロンが俺に向かって


「マルス。本当に気をつけろよ。ライナー先生は別格だ。俺もマルスの力を知っているが世の中上には上がいるからな。 無理だけはするなよ。俺はマルスを失いたくない。もちろん勝ち逃げされてたまるかという気持ちもあるがクラスメイトとして、友としても失いたくない」


 バロンが嬉しいことを言ってくれる。


 あれ? でもこれってフラグっていうんじゃ……


 ホールに着いた俺は早速ライナーと正対した。


 俺の手には火精霊の剣サラマンダーソード、ライナーの手には赤い剣。



 ライナーがいつでもかかってきなさいと言うと同時に俺はライナーに向かって剣を抜いた。


 風纏衣シルフィード未来視ビジョン、魔力眼を最初から使いライナーに突っ込む。


 ライナーも俺のスピードに相当ビックリしたらしく咄嗟に剣を出して火精霊の剣サラマンダーソードと赤い剣が交差する。


 するとライナーから


「何!? どういうことだ!?」


 という声がした。


 俺は気にせずずっと攻め続ける。


 ライナーは防戦一方で反撃してくる様子がない。


 たまに俺の攻撃の合間に反撃を入れてくるが俺の未来視ビジョンは0.5秒後のの攻撃が見える。


 ただこれは絶対におかしい……俺のステータスはライナーを完全に圧倒しているはずだ。


 しかも風纏衣シルフィード未来視ビジョンも併用している。ライナーは剣王で剣術レベル10の猛者だ。分かってはいるのだが……



 周囲の生徒やリーガン公爵はとても驚いている。


 特にリーガン公爵に至っては、俺の風魔法の力を読み取っただろう。


 2分以上剣戟を結んだところで、おかしなことが起こった。


 未来視ビジョンとは違う攻撃をしてきたのだ! 急にライナーの剣がありえない軌道になり、俺の頬をかすめた。


 その後攻守交替となり、ライナーがずっと攻め続けてきた。



 これはかなりきつい展開だ。


 今まで風纏衣シルフィード未来視ビジョンのおかげで互角だったのに未来視ビジョンが封じられると手が出せなくなる。だが、逆に言えば俺は自分から攻めない限りはライナーの剣をずっと捌き続けることが出来た。


 そして何より、俺はライナーと剣戟を結んでも体調が悪くなったりしない。


「そこまで!」


 リーガン公爵がそう言うと、俺は剣を収めた。


 しかしライナーはなかなか剣を収めようとしない。


 ライナーは全身を使って剣を鞘に収め、一瞬後ろを向くとそこにはもう赤い剣は無かった……


「素晴らしい腕前だね。マルス君。僕は君みたいな才能ある若者に興味があるんだ。また明日続きをしよう」


 ライナーがそう言って武術の授業が無事に終わった。


 リーガン公爵が明日の午前の座学中に校長室に来いといってライナーと一緒にホールから出て行った。



 クラリスとエリー以外の人間たちはみんな今の戦いに呆然としていた。


 俺が「さて帰りのホームルームの為に戻ろう」と言うと、ローレンツが急に我に返り、「そうだ、ホームルームだ」と言ってみんなでSクラスに戻った。


 クラスに戻るまで質問攻めにあったのは言うまでもなかった。



 15:00になり俺たちは下校の準備をする。


 ちなみにちょっと特殊なのだが、SクラスとAクラスだけは終業が15:00で、その他のクラスは16:00までだ。


 SクラスとAクラスの昼休みは1時間だけだが、その他のクラスは昼休みが2時間あるので16:00までなのだ。


 流石に2000人が多少の時間をずらすとは言え、一斉に食堂に来ると配膳が間に合わないのだ。



 いつもであれば、生徒会に顔を出すのだが、今日はアイクのお見舞いに行った。


 ヨーゼフとヨハンを除く8人でお見舞いに行くことにした。


 え? お見舞いに行くときは少人数の方がいいって? それはこっちの世界では違うらしい。少しでも賑やかな方がいいらしいのだ。


 医務室には先客がいた。


 リーガン公爵だった。


 何やら話していたのだが、俺たちに気づくとリーガン公爵は出て行った。


 その時「明日の午前中必ず来なさい」と改めて念を押された。


「マルス、ライナー先生と引き分けたんだってな」


「はい、だけど僕は本気でしたが、ライナー先生はまだまだ奥の手がありますね」


「そこまでの相手だったか……俺が負けるのは仕方ないか……」


「アイク兄は赤い剣と槍が触れた時違和感はありましたか?」


「あぁ、なんか力が抜けていく感じがした……あれは触れてはダメだと思って躱しきれなくてこのザマだ」


 今日アイクは大事を取って医務室に泊まるらしい。


 幸い後が残るような傷はなく、ヒールをかけるほどではなかった。


 あまり長居しては悪いので、俺たちは医務室を出た。



 その後バロンとドミニク、ミネルバと別れて、俺たち黎明はいつものように街に繰り出した。


 俺は街に出るといつもしていることがある。


 それは索敵能力の訓練だ。


 数か月前にミーシャ親子に尾行されて以降ずっと訓練してきた。


 そしてやっと「サーチ」という雷魔法と風魔法の合成魔法が出来上がった。


 まぁ名前を付けたのは俺で、そのままの意味なんだけどね。


 それなりにMPを消費するので、MP枯渇にはもってこいの魔法だ。


 雷魔法と風魔法の訓練にもなるしね。



 そしていつものように冒険者ギルドに向かうのだった。

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