第53話 準備
「さて、次はお前たちの住むところを用意しなければな」
ジークがそう言うとアイクが
「家を購入するのですか?それとも借りるのですか?」
「私も正直迷っている。宿で済ませる予定だったのだが。あの獣人たちの要求を呑むのであれば宿ではお金が掛かり過ぎてしまう」
「もしも土地だけを購入して頂ければ、僕が土魔法で大きな家を建てるという事も可能ですが……ただここに根城を持ってしまうと奴隷である彼らがイルグシアには来ないような気がして……将来的にはあの黒い三狼星には蒼の牙、赤き翼と共にイルグシアの治安を守って頂くというのが良いかなと思うのですが……」
俺の黒い三狼星という言葉にクラリスが「ぶっ」と吹き出した。
クラリスもこっち系の話詳しいのかな?
「うむ! 確かにマルスのいう事も一理あるな! では黒い……? 三狼星? たちの今後を考え家は借りるという事にしよう! もしかしたら借りた方が宿を6人分取るより安いかもしれないしな」
俺たちはすぐにイルグシアに帰って、マリアとリーナを連れてまたアルメリアに戻ってきた。
さすがにもう夕方になってしまったので、宿を取りみんなで外食をした。
また俺らは3か月先の宿代を払っていたが、あと1週間しか滞在しないから返金を求めるとあっさりとお金を返してくれた。もう貰ったものは返せないと言われると思ったのだがそうそうテンプレ展開は起きないらしい。
翌日不動産屋に行き、賃貸出来る家を案内してもらうと家探しはあっさり決まった。
迷宮から少し遠くてアルメリアの西側にある住宅街の大きな屋敷だ。
ここは俺たちがまだアルメリアに住んでいた家の近くで地理に明るいからここにしたのだ。
その屋敷は少し古いが、8LDKで風呂が付いている。
1階に3つの部屋とリビング、ダイニング、風呂があり、2階に5つの部屋がある間取りだ。
庭も広い。値段はというと月に金貨5枚だ。
宿で毎日銀貨6枚、一か月で金貨18枚と考えるとかなりの節約となった。
「かなりいい物件に出会えたな。それにこの物件は後で買い取りオプションもあるらしい」
昨日買わないで借りると言ったはずなのに……まぁそれほどお得だという事だ。
それにここを買ったからと言って、黒い三狼星がイルグシアに来ないとは限らない。
家の件も片付き、俺たちは奴隷商に向かった。
奴隷商の店の中に入ると、客でいっぱいだった。
これは出直さなきゃなとジークとマリアが話していると、バッチリと七三分け、髭をカールさせて男が揉み手をしながらやってきた。男の目は嬉々としている。
「えっ店主のヘリクさんか?」
ジークが間抜け顔をして七三分けに言う。
ヘリクな訳がない。ヘリクは一昨日まで髭が無かったのだから……鑑定したらヘリクだった。ヘリクの目はマリアにずっと釘付けだ。いやもう刺さっている。
あらかじめジークに事情を聞いていたマリアはヘリクに対して愛想笑いをする。
すると、ヘリクだけではなく周りの客たちまで「うぉぉぉおおお!!!」という声を発した。
え? もしかして? ここにいる奴らはみんな?
ヘリクがマリアの前に来ると姿勢を正して自己紹介をしてきた。
「初めまして! 私はこの店の店主ヘリク・ダールです! 年は29歳! 好きなタイプは28歳の茶髪美女です! 私はバツイチとか全く気にしません! もし何かその件でありましたら是非!!!」
ヘリクがいきなりマリアに告白? をしてきた。マリアもこんな展開は予想してなったらしく
「は、初め……まして。マリア・ブライアントです。年齢は……好きなタイプは……ありませんが、主人に一生添い遂げたいと思っております」
顔を少し赤らめながらマリアがジークとヘリクを交互に視線を配りながら言った。
おい、なに人前で見せつけとんねん。と突っ込みたくなるくらいだった。
それを聞いていたクラリスがマリア以上に顔を赤らめて「素敵」と呟いていた。
リーナは嬉しそうで、アイクは俺と一緒で恥ずかしそうだ。
マリアの言葉を聞いたヘリクは別にへこたれた様子はない。
「分かっております。我らがマリア様。ただもしもの事があったら私を最初に思い出して頂ければと思っております。それでは商談の話に参りましょうか」
本人を目の前にして
「この前の獣人3人の他に家事ができる人間を2人雇いたい。いいか?」
ジークがそう言うと、ヘリクの顔はマリアに刺さったままで
「はい。分かりました。では店の奥へどうぞ」
ヘリクはそう言うとベストポジションを確保しようと必死になっているが、ジークとアイクがしっかりマリアの両脇にポジショニングしている。
リーナは俺とクラリスに手をつながれてマリアの真後ろに張り付き、完全にマリアを包囲した。
客も皆マリアをずっと見ている。
ジークは凄い人気者を
奥に通されるとマリアとクラリスが奴隷を選び始めた。
今回はクラリス主体でマリアと一緒に選ぶという事に決まったのだ。
理由は簡単。洗濯する際にクラリスの下着も洗ってもらうので、ここはクラリスに任せようと俺が言い張ったのだ。だって他の男にクラリスの下着を見せたくもないし、触られたくないじゃん? 俺は絶対にクラリスであれば女性を選ぶと信じていた。
あと俺らがリスター帝国学校に行った後、奴隷はイルグシアに連れていくことになると思うので、マリアも一緒になって選んでほしいと言ってあった。
2人は仲良さそうに奴隷を選んでいく。やはり女性を選ぶようだ。良かった。
だがここで予想外のことが起こった。いや予想しておくべきだった。
クラリスとマリアは奴隷の話をしているのだがすぐに脱線して違う話をする。
結局女性の奴隷2人を選ぶのに1時間かかった。
しかしそれを喜んだ者もいた。そうヘリクだ。ずっとマリアだけを見つめている。
いや、さすがに怖いよ。
「ではこの2人にします。ヘリクさん合計5人でおいくらですか?」
マリアがヘリクに目を向けると、ヘリクも商人の顔になり
「はい。金貨50枚という所ですが、今回はマリア様がわざわざいらっしゃって下さったという事もありまして……」
俺は金貨2、3枚くらい値引きしてくれれば御の字かなと思った。
500万円のお買い物で20万か30万値引きって結構現実的だよね。
「金貨25枚で!」
はぁ!? 半額!? 250万円値引き!?
するとマリアが
「もう少し安くなりませんか?」
上目遣いでヘリクを見つめながら値切った。
いや母ちゃん。マジで可愛いけど息子がいる前で色気はふりまかないでくれ。ただ効果は抜群で
「金貨15枚でいいです。ただサインを5枚ほど下さい。値引き分は今店の中にいる客の中から4人にカンパをしてもらいます。その4人にせめてマリア様のサイン色紙を渡してあげたいのですが、よろしいでしょうか?」
上目遣いで100万円も値切りやがった。
ヘリクもなかなか考えている? ようだ。しかしサイン色紙っていくらで売れるんだろうか?
黒い三狼星と新しく買った奴隷の2人の女性の人間を連れて家に戻った。
2人の女性の名前はカレンとミサと言って2人とも15歳との事だ。
アルメリアの屋敷に戻ってまず部屋割りをする。
黒い三狼星には1階の3部屋をそれぞれ与え、カレンとミサには2階の1室を2人で使うように命じた。2階はひとつひとつの部屋が広く、カレンとミサの部屋も10帖くらいだ。
2階の1番広い部屋はクラリスの部屋となった。クラリスの部屋は15帖くらいある。
俺とアイクの部屋はそれぞれ12帖、1階の黒い三狼星の部屋も8帖はあった。
2階の空いた1部屋は予備の為に空けておいた。
カレンとミサにマリアが仕事を教える。
もともと家事が得意な2人はすぐに仕事を覚えるとマリア、クラリス、リーナと一緒に食材を買いに出かけた。
残った俺たち男性は必要な家具の買い足しをする。
幸いベッドやタンスなどの大きな家財道具はすでに置いてあったので、そこまで荷物にならなかった。
夕方になり全員で食事をすることになった。
俺、アイク、クラリス、ジーク、マリア、リーナに黒い三狼星とカレンとミサの11人での食事だ。
大勢の食事は楽しい。しかしすぐに終わりが来てしまった。
黒い三狼星の食欲が凄く少し多めに作ってあった料理があっという間になくなってしまったのだ。
「ガイたちには足りなかったか? もし足りないのであれば、明日からもっと作ってもらうようにするが?」
「ありがとうございます。ご主人様。ただあまりにも美味しかったので勢いよく食べてしまいましたが、この量で充分でございます」
え? あまりにもガイの言葉遣いが違うって?
今日から正式にジークの奴隷となったので主従関係がしっかりとできたのだ。まぁ主従関係が出来たと言っても急に言葉遣いがよくなるという事はない。恐らく昔からこのように喋れたのであろう。
「奴隷の5人に言っておきたいことがある。これは奴隷契約を結んだ時、つまり隷属魔法を使った時にも伝えたことだが、私たちの秘密を絶対に口外しない事。私たちに危害を加えない事。私たちの不利益になるようなことはしない事。まぁこれはもう隷属魔法で契約しているから反故にはできないのだが、
もう1つ。3年後にはここではなく隣町のイルグシアに移住すると思うからそのつもりでいてくれ。その際、ガイ、マック、オルの3人はパーティを組んでイルグシア迷宮の管理を手伝ってもらう。明日お前たち3人は冒険者ギルドに行って冒険者登録をし、パーティとしても登録するからそのつもりで」
「カレンとミサも3年後にはイルグシアの家で使用人としてお願いね」
ジークとマリアが言うと、5人は頷く。
「じゃあ明日からよろしく頼む」
ジークがそう言ってそれぞれ明日に向けての準備をして就寝した。
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