第26話 交渉

「改めてお礼を言おう。ありがとう。早速だが君の名前を教えてくれ」


 ビートル伯爵が冒険者ギルドのギルドマスタールームに着くと俺に尋ねた。


 ビートル伯爵の隣にはギルドマスターらしき人がいる。


「マルスと申します」


「隣のお嬢さんのお名前は?」


「クラリスと申します」


「何歳かね?」


「「6歳です」」


「どうしてマルス君はあんなに剣術が出来るのかい? 剣聖と呼ばれているようだけど?」


「独学でずっと剣を振っていました。剣聖とは勝手に呼ばれていただけで名乗ってはおりません」


 なるべく自分の出自を聞かれないような回答を心掛けた。


 クラリスもそれに気づいているので隣で頷いているだけだ。


「ふむ。本来であればもっと詳細な話を聞きたいのだが……まずこちらの願いを聞いてほしい。分かっているかもしれないが、このグランザムの治安維持に協力してもらいたい。まぁゴブリン討伐を手伝ってほしいという事だ。当然だが褒賞は追加でだす。頼まれてはくれないか?」


「その前に聞きたいことが、先ほども聞きましたがいつまで迷宮飽和ラビリンスが続くのですか?迷宮飽和ラビリンスを止める手はないのですか?」


 外で話した内容をあえて同じ質問をした。


迷宮飽和ラビリンスがいつまで続くかは分からないが、迷宮を攻略すれば迷宮飽和ラビリンスは止まるはずだ」


「迷宮の攻略はいつ頃できますか?」


「私の領内にいるBランクパーティはここには連れて来られない。グランザム迷宮で経験を積んだCランクパーティやDランクパーティはバルクス王国との戦争の為に西に向かってしまった。他の貴族に助けを求める事は絶対に出来ない。色々付け込まれるからな。だから現状迷宮攻略の目途はたっていないというのが本音だ」


「分かりました。それではまず今回の褒賞のほうを頂いてもよろしいでしょうか?」


「うむ。言ってみなさい」


「ランパード家の安全を約束してください。ランパード家はダメーズ男爵に一方的な逆恨みをされております。私が突然斬りかかられたのは自業自得ですが、ここにいるクラリスや家族が不敬罪で罰を受けるのはどうかお許しください」


 俺とクラリスはダメーズ男爵とのいざこざを簡単に説明した。


「それは申し訳ない事したな。マルス君の行動も理解できた。ランパード家の安全は私が約束しよう。さすがにこれは褒賞とは言えないな。あまりにも当然の沙汰だからな。他に望みはないか?」


「はい。条件付きとなってしまいますがよろしいでしょうか?」


「条件付き?」


「はい。僕は理由わけあってこの街に長くは滞在できません。1か月が限度です。その期間に僕が迷宮を攻略します。攻略する準備の協力をお願いしたいのですがよろしいでしょうか? そして攻略後に改めて褒賞の方を頂きたいのですが……」


 ビートル伯爵はびっくりした様子で俺を見た。


 まぁ6歳が迷宮に入る事すら有り得ない事なのに、攻略するなんて馬鹿な事を言い出すとか気が狂ったのかと思うよな。


 そして隣にいるクラリスは反対してきた。


「マルス、いくらあなたでも危険よ! 命を粗末にしないで!」


 クラリスが必死になって俺を止める。俺は考えがあるから大丈夫と答えるとビートル伯爵が


「C級冒険者6人で編成されたB級パーティですらボス部屋から帰って来られなかったんだぞ? それをいくら剣聖と呼ばれていても君一人では無理だろう」


 あまり迂闊な事を言うと出自を聞かれてしまう。


 ただイルグシアには早く帰らないといけないからここに長期滞在するわけにはいかない。


 どうやって説得しようかと考えていると


「私も一緒に行きます」


 今度は俺が驚いた。しかし悪くない案だ。


 もしも俺がこの街から去った場合はランパード家やこの街を守るのはこの街の人間だ。


 クラリスと迷宮に潜って1か月でそれなりに強くできればと思案にふけっていると


「君が一緒に行っても何も出来ないだろう。足手纏いになるだけだからやめなさい」


「いいえ、私は神聖魔法が使えます。傷ついたマルスを癒すことが出来ます」


 今度は伯爵が唸る。ちなみにクラリスが神聖魔法を使えることはダメーズ男爵とのいざこざを説明している時に必要だったので、悩みに悩んだ末話していた。


「そのマルス君が長く滞在できない理由と言うのは聞けないのか?」


「はい。申し訳ございませんが……」


 するとビートル伯爵の脇にいたギルドマスターが初めて口を開いた。


「迷宮に入るにはEランク冒険者以上、それか騎士団の方でないと許可できないのですが。また冒険者も12歳にならないとなれないですし……」


「僕はもう……」


 危うく俺は自分がEランク冒険者と言いそうになった。


 そんなことを言ったらこのザルカム王国で6歳にしてEランク冒険者になったものがいないと分かり、他国の人間かもしれないと疑問を持たれてしまう可能性がある。


「もう?」


 ギルドマスターが聞いてくる。


「僕はもうホブゴブリンやゴブリンメイジが何体いても負けません。それはビートル伯爵も分かっているかと思います。どうしても肩書が必要なのであれば、迷宮攻略中のみ騎士団の一員として頂ければと思います」


「うむ。ビクトよ、マルス君の言う通りだ」


 ビクトと呼ばれたギルドマスターは頭を垂れて「出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」と言う。やっぱギルドと貴族って対等じゃないのね。


「じっとしていても仕方ないか……マルス君、クラリス嬢、君たちの提案を受け入れよう。準備や協力というのは具体的に何をすればいい?」


「それではまずクラリスが装備できる防具が欲しいです。あと剣を二振り、できれば弓も欲しいのですがよろしいでしょうか?」


「子供が装備できる防具はさすがに用意できない。剣はすぐにでも用意できるが。弓も明日には用意できるだろう。しかし防具か……申し訳ない力になれそうもない。その代わり剣はこの剣を今回の褒賞として授けよう」


 そういうと伯爵は自身の腰に差していた剣を俺に渡した。


 綺麗な装飾がしてあり、一目見て高いと思った。


「これは装備していると耐久値が上がる剣だ」


 俺は剣を鑑定すると


【名前】ディフェンダー

【攻撃】10

【特殊】耐久+2

【価値】B

【詳細】HP微回復促進。


 めっちゃいいのくれるじゃん。


 これは間違いなくクラリスの装備だな。


「あとは、先ほどのダメーズ男爵の剣も授けよう、私からダメーズ男爵に伝えておく」


 実はこれもいい剣だったんだよな。


【名前】ミスリル銀の剣

【攻撃】10

【価値】C

【詳細】装備者の魔力を通しやすい剣。


「ありがとうございます。明日から早速迷宮攻略を開始したいと思います」


「よろしく頼む。何か困ったことがあれば私に言うがよい」


 そう言ってビートル伯爵は金貨を1枚俺に投げてくれた。


「これでしっかり英気を養うがよい」


 そういえば俺は宿代すら持ってなかったからこれが一番ありがたかったかもしれない。


「重ね重ねありがとうございます。それでは失礼いたします」


 そう言って俺たちは冒険者ギルドを出た。


 これからグレイとエルナの攻略に行かなければならない。


 なんせクラリスが迷宮に潜るなんて夢にも思ってないだろうから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る