第25話 覚悟

 俺とクラリスは窓の外から市内の戦闘を見ていた。


 そしてずっと手を握ったままだった。


 クラリスが俺の手を取り部屋に招いてくれた時から、ベッドで話していた時も、そして今もだ。


 外の様子はというと騎士団が迷宮の周りを包囲しており、ゴブリン達を抑え込んでいた。


 第4波もホブゴブリンとゴブリンメイジの構成だったのだが、第3波と違うのは数だ。


 まだ迷宮からゴブリン達が出てきている途中らしく、どんどんゴブリン達が溢れてきている。


 このままだと騎士団が抑え込めない。戦線が突破されてしまうと街が蹂躙されてしまうだろう。


 住民たちも逃げる準備だけはできている。まだ逃げてはいないが。


 その様子を見ていたクラリスの手に力が入る。



 俺は敵国ということもあって、あまり積極的にこの戦闘に関わらないようにしようとした。


 ランパード家が危険になったら蹴散らす程度でいいと思った。



 しかしクラリスにとっては違う。一緒に過ごしてきた人たちが酷い目にあっていたら助けたくなるのは当然だろう。


「どうしたい?」


 歯を食いしばっているクラリスに聞くと


「当然。助けたい。もちろんこの街を放棄しないで助けたい」


「じゃあ助けに行こう」


「でもマルスは敵国の人でしょ? 今の私には良く分からないけどきっとマルスの国にとってはこのままがいいのでしょ?」


「俺の国にとってはこのままグランザムが魔物に蹂躙された方がいいのだと思う。だけどここにはクラリスがいるから。あの時は最後まで守れなかったけど今回は最後まで守るよ。今思い付きで言ったけど嘘は言ってないつもりだ」


 この言葉にクラリスが涙を浮かべて抱きしめてきた。


 今考えてみると俺はなんて事をいってしまったんだと思った。吊り橋で口説き文句を垂れたようなものだろうか。自分の顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。


「ありがとう」


 クラリスにそう言われた俺は抱擁を解き部屋の外に出た。


 そこにはグレイとエルナがいた。


 ある程度の予想はしていたけど盗み聞きだろう。


「第4波が来たようです。僕は止めに行ってきます」


「いいのか? もしかしたら大事になるかもしれないぞ。その時は私たちもマルス君の味方になってやれないと思う」


「覚悟の上です」


 そう言って俺はダメーズ男爵の剣を右手に家から飛び出した。


 そして住民たちをかき分け騎士団を前線で指揮しているビートル伯爵への下へ向かった。


 住民たちは俺が通ると歓声を送ってくれる。


 中には俺のことを「剣聖様」と呼ぶ人もいる。



 伯爵は今にも崩れそうな戦線を必死になって指揮をしていた。


 伯爵の後ろにはダメーズ男爵がおり、自分一人でも逃げられるように準備をしている。


 第4波を抑え込めたら自分も参戦したことに、危なくなったらいつでも逃げられるようにしているのだろう。


 その伯爵の下へ住民たちから期待の目を向けられている俺が


「ビートル伯爵、僕も一緒に戦ってもよろしいでしょうか?」


 と言った。そこにダメーズ男爵が割り込んできた。


「賊め! 成敗してくれる!」


 と叫びながら斬りかかってきた。


 タイミングの悪い奴だ。


 俺はダメーズの攻撃を躱すと先ほどと同じく顎を掌底で撃ち気絶させた。


 その様子を見た伯爵が


「貴様何者だ? その剣はダメーズのものではないのか? どちらにせよ子供は参戦させることは出来ない。後で不敬罪について処分する故そこで待ってろ!」


 その言葉に住民たちが


「伯爵様、その子供が先ほどお話した子供です」

「剣聖様! ゴブリン達をやっつけてください!」


 と俺を後押ししてくれる。


 住民たちは誰もダメーズの心配や肩を持つ者などいない。


 伯爵も報告を受けていたらしく、まさかこんな子供がと思ったらしいが


「そうか、君か……では済まないが頼めるか?」


 困惑しながらも丁寧な言葉で言ってきたので


「承知いたしました。必ずや討伐して参ります」


 と答え、今にも戦線が崩壊しそうな前線へ向かった。





 前線はもう限界を迎えていた。


 騎士団長のブレアは怪我をしていても後退することが出来ない。


 後退してもけが人や住民たちがいるだけだ。


 冒険者たちは先の戦いでそれぞれが治療を受けている。戦闘に参加できるわけがない。


 既に自分たちが出来ることは肉壁となって時間を稼ぐことしかできないと分かっていた。


 しかしブレアは必死に鼓舞をする。


「もう少しだ。もう少しすれば先ほどの剣聖がくるぞ! それまで耐えろ!」


 自分で言っても虚しいだけであった。


 報告によると小さな子供が300体以上のゴブリンを1人で倒したと聞いたが、そんなことできるわけがない。


 それもホブゴブリンやゴブリンメイジの集団を相手にしてだ。


 ザルカム王国の近衛騎士の上位やB級冒険者以上でないと無理だ。


 そんなことを考えていると左側にいた部下がゴブリンメイジのストーンバレットを食らって戦闘不能になった。


 手持ちの回復薬はもう無くなってしまっている。


 後退させないと1分もしないうちに死んでしまうだろう。


 だが後退させるわけにはいかない。


 ここまでかと思った。ここから突破されてこの街は魔物に飲み込まれるのかと。


 ホブゴブリンが笑いながら左の部下の止めを刺しに来る。俺は正面のホブゴブリンとやりあうので精一杯だった。


 せめて部下の最期を見ておこうとした時だった。


 部下の目の前のホブゴブリンの首が跳んだ。


 状況が全く呑み込めず1秒にも満たない時間だが、フリーズしてしまった。


 そして意識を戻すと重傷のはずの部下の傷が回復していた。


 全快という訳ではないが致命傷がなくなっていた。


 さらに驚いたのだが、自分の目の前のホブゴブリンの首も跳んでいた。




 危なそうなところは全て倒したな。


 俺は戦況を確認すると、風纏衣シルフィードを解き、慌てるまでもなくゴブリン達を虐殺し始めた。


 今回はゴブリン達が密集していたので、1体倒すのに3秒くらいで倒せた。


 先ほどまで残酷な笑みを浮かべていたゴブリン達の顔が引き攣る。


 いくら知能の低いゴブリン達でも自分たちが捕食者から獲物に変わったことに気づいたのだろう。


「よし、こいつでラスト」


 そう言って最後の1体を倒した。


 俺の周囲には頭のないゴブリン達が転がっている。


 住民たちからは歓喜の声や剣聖様万歳という言葉まで聞こえてくる。


 騎士団員もほっとしたらしく座り込んでいた。


 ビートル伯爵が俺の所までやってきてこういった。


「ありがとう。よくやってくれた。グランザムは君に救われた。ダメーズ男爵のことは後にするとして、褒賞や今後のことも話したい。いいかい?」


「はい。ただ質問があります。第5波は来ますか?」


「それに関しては分からない。迷宮飽和ラビリンスが起こることも稀だ。迷宮を攻略すれば間違いなく止まるはずなんだが……迷宮に潜るだけでも止まるという噂もある。どちらにせよこの状況で誰かを潜らせるわけにはいかない。潜るとしたらDランク以上の冒険者か騎士団となるだろう。攻略するとなればBランク上位パーティが必要になってくる……まぁここで話すのも何だから冒険者ギルドのマスタールームに来てくれないか?」


「畏まりました。あとこの剣を後でダメーズ男爵に返していただいてもよろしいでしょうか?無断で借りてしまっていたのですが……」


 そう言ってビートル伯爵に剣を渡し、冒険者ギルドへ付いていく。


 クラリスが嬉しそうに俺の所へやってきた。


「ありがとう。マルスにまた助けられたね」


「今度こそクラリスを助けると決めたからね」


 この会話をビートル伯爵が聞いていたようでクラリスも冒険者ギルドへ行くことになった。

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