第5話


私と妹は、1か月の差で、子供を出産した。

真夏に生まれた女の子と男の子。

私は、自分の子を夏菜ななと名付け、妹は夏向かなたと名付けた。


夏菜ななは、天使のように可愛かった。産まれた夏菜ななを見て、旦那は、

「あれ、なんだか目鼻立ちがはっきりしていて、僕らにはあんまり似ていないね。どちらかと言えば…。ハルちゃんに似てないか?」

そう一言言った。

「あらら、そんなことないわよ。きっと、成長したら似てくるのよ。きっとこの子は物凄く頭の良い、感性が豊かな子になるわ。」


私は、笑ってそう返した。


一方の妹も、夏向かなたが産まれた時、あまりに顔が似ていないため、病院で間違いがあったのではないか、と思わず電話をしたそうだ。だが、まぎれもなく、それは自分のお腹から産まれた子だった。


私たちは、どちらも子育てに忙殺され、あっという間に卒園式を迎え、夏菜なな夏向かなたも、小学校に入学した。


夏菜ななは、可愛いだけでなく、運動神経も抜群に良かった。

幼稚園の時から習っていた体操、水泳、バレエは全て低学年の地区大会で優勝、

そして、もちろん、天才的な頭脳を持っていた。小学1年生で、高校レベルの授業を理解し、Giftedギフテッドに入らないか、と声を掛けられていた。


夏向かなたは、運動はてんでだめであった。だが、数学的センスだけは抜群で、数学界の専門誌や学術論文を読み漁っては、自分も手を動かして問題を説いた。「将来はノーベル賞候補だ」、夏向かなたは、教員たちに、そうもてはやされた。



夏菜が7歳の誕生日を迎えた時、

旦那は真剣な顔をして、私にこう言った。


「これは、私達の子じゃない」、と。

娘の顔も素質も、私達から産まれたとはとても思えない。

病院で手違いがあったのだ、と。


そんなことはないわ、そのうち似てくるのよ、

私は笑ってそう返した。だが、旦那の顔はどんどん暗くなっていった。


「君はいつもそのうち、そのうち、って言うけど、もう娘も7歳だぞ!もし、探している両親でもいたらどうするんだ。」


それから旦那は狂ったように病院に電話をかけたり、

周りに尋ねたりした。それでも、娘はれっきとした私達の子だった。


何をそんなに焦るの、こんなにな子はいないじゃない、と、

私はまた笑って言った。


それに、そんなことを言っても、もう遅いわ。

この子は、私達の、いえ、私の子だもの。


旦那は、もうそれ以上、何も言わなかった。



妹も同じように、夏向かなたがあまりに数学ができるので不思議に思い、まるで陽明ようめいさんのようね、と言った。だけど、元から子供が好きだった晴は、顔が違おうと、運動神経に優れていなかろうと、特にそれ以上拘ったりしなかった。



*

子供たちが7歳の誕生日を迎えてからしばらくして、また季節は秋になった。

今となっては、鮫島さめじまとも、家族ぐるみの付き合いだ。

今日、私は久しぶりに、今では妹の旦那となった鮫島さめじまと、サーフィン場へ出かけていた。鮫島さめじまは、自分で宣言した通り、7年の間に、2回サーフィンのアジア大会で優勝し、プロのサーファーとして活躍していた。


「ここに二人で来るのも、久しぶりね。」


「確かに、懐かしいな。あの頃は、まさかこんなことになるとはね。」


「まあ、全てはあなたのおかげと言っても過言ではないわ。あなたは、本当にうまくやってくれた。改めて感謝するわ。」


「君だって、もの見事な絵画を僕にくれたじゃないか。」


「そうだったわね。ところで…。ハルは、幸せそうにしてるかしら?」


ハルちゃんは、いつだって、どんなことだって楽しめる、明るい素晴らしい子じゃん。赤ちゃんのことは少し驚いてるけど、それでも、これからうまくやっていくと思うけどね。君の旦那には、もちろんまだ言っていないんだろ?」


「まさか。旦那には内緒にしておくわ。」


「まったく、君ってひとは…。まあでも、僕は君のこと気に入ってるからやってあげたんだからね。」


「わかっているわ。」


秋風が、冷たく顔に吹き付ける。水しぶきを上げる潮のにおいが、いつまでも二人の間に残っていた。



あの時。

ハルが妊娠したとき、お腹に宿っていたのは、ハルと、鮫島隆也さめじまりゅうやの子ではなかった。

私、海野円うみのまどかと、望月陽明もちづきようめいの子である。


「絵画を無料ただで渡す」、その代わりに、私は鮫島さめじまに最後のお願いをした。

私と旦那の子供を、ハルのお腹に宿してほしい、と。そして代わりに、ハル鮫島さめじまの子供を、私のお腹に宿す手伝いをしてほしい、と。


鮫島は、条件を呑んで、「不妊治療」として晴のお腹に私達の子供を宿した。

代わりに、私のお腹には、その過程で発生した二人の子供の受精卵をかけこんだ病院で宿した。


その結果、見事に、赤ちゃんの入れ替え、が成功した。



私は、昔から自分にこう言い聞かせてきた。

"人は、レッテルを貼られ評価されるが、自分から貼ってしまえば、いつでも変われる。自分に無い要素は貰ってきて、作る。

作れば、それは永遠に自分のものだ。" と。



私は、ずっと妹になりたかった。だが妹は作れなかった。

18年間の憧れと悔恨。その中で、私はいつしか妹の要素が欲しい、と思うようになった。それから、私は振り返ることはなかった。


妹の「美貌」、鮫島の「運動神経」、天才である旦那による「教育」、芸術家である私の「感性」。全てのピースがそろった時、私は、自分の作りたかった世界を作ることに成功した。


海野家うみのけ」と言う世界を。



旦那も、妹も、いつかは気づくかもしれない。いつかは、私は訴えられるかもしれない。全てを受け入れる覚悟は、できている。

だが、気づいたところで、一度作った世界を取り壊して、

また作り直すことは、難しい―


私の作りたかった世界は、これからも永遠に自分のものなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海野家の秘密 白柳テア @shiroyanagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ