第5話 その言い分には責任がなかったようだった

「………これが遅れた理由?」

「はい。嘘偽りないですよ、なんなら小野澤さんに確認してみるといいかと思います。」

「そんな二度手間なことしないわよ。はぁ……語螺瀬かたらせくん……全く、あなたという人は……」

「これって僕が悪いんですかね?」


 ついて早々、担任の教諭は健一が遅れた原因を語ると頭を抱えてため息をこぼした。女性のコンプレックスっぽいようなものを傷つけた記憶こそありながらもそこに悪びれる様子は一切なかった。担任の教諭も女性だから少し通ずるところがあるだろうか。そういえば、担任の教諭も女性らしく出てるところはしっかりと出ており、引っ込んでいるところは引っ込んでおり、クラスの中には彼氏がいるのではないか?などのうわさ話が出ていたのを思い出した。


「もちろん、全部が全部あなたが悪いとは言わないわよ、小野澤さんだって内容はともかく言い方を変えることはできたと思うから。」

白井しらい教諭、今はそんなことはどうでもいいですから、それで何の用事で呼んだんですか?」

「そうね……あなたには関係のないことよね。とりあえず、はい。これ。」

「?」


 白井教諭が一つの紙を出した。それは成績表だった。突如として突き付けられた現実に健一は思わず目を背けたくなる。


「あの……」

「語螺瀬くん、とりあえず、言いたいことは先に言わせてくれる?」

「……はい。」


 健一が何かを言う前に白井教諭が先に言う。


「語螺瀬くん、年末の終業式に休んでいてもらってないでしょ?」

「ええ、まあ。でも、こういうのって始業式に渡しませんか?今、一月ももう終わりますよ。」

「なによ、文句があるの?」

「ありませんよ。ただ、なんで今なのかなって思っただけです。」

「あら、そんなことを言うなら、私は何度もあなたを呼び出したのだけど……そのたびに適当な理由をつけて逃げたのはどちらかしら?」


 白井教諭の言葉に健一はバツが悪そうな表情を浮かべる。思い当たる節がないとは言い切れないし、実際問題、適当な理由をつけて逃げていたことは図星であった。


「それにね、これもあなたには関係ないのだけれど、私たち教師側としては受け取ってもらわないと困るのよ。こんな紙切れ一枚で生徒の人生を棒には振るいたくないでしょ?今日、来なかったら自宅にでも送り付けてやろうかなと思っていた頃よ。もちろん、着払いでね。」

「それは、勘弁してください。」

「でしょ?ここで受け取っておくのが最適な行動だと思うわよ。」

「そこまで言うのならありがたく受け取りますよ。幸いにも、自宅にでも来られたら困る人がいるのでね。」


 健一が苦笑いを浮かべながら成績表を受け取ろうと手を伸ばした時、職員室にひときわ大きい男性教諭の声が聞こえた。


「だから、お前がやったんじゃないのか!?」

「違っ……わ………私は………」


 その声で何事かと横目で健一が見ると、白髪を生やしたいかにも偉そうな教諭が眼鏡をくぃと上げながら一人の女子生徒に詰め寄っている光景だった。健一は白井教諭から成績表を受け取るとバッグにしまった。「なんだあれ……」と思ったが、自分には関係のないことだから、気にするそぶりも見せなかった。


「はい、語螺瀬くんの成績表返却完了っと……これでやっと全学年の成績表の返却が終わったわ。」


 やっと面倒な生徒が捕まった。とでも言いたげそうな白井教諭は腕をぐいーと伸ばして落ち着きを示した。

 どうやら、健一が最後のテスト返却者だったようだ。まあ、特に理由もなく返却というものから逃げ回っていた健一にはいい末路だろう。


「で、白井教諭。僕に用件ってのはこれで終わりですか?」

「うん、私からの用件はこれでおしまいだけど……あの生徒、気になる?」

「いや別に、そこまでって程じゃないです。」


 健一の顔を一つのぞいた白井教諭は健一の顔に指をさす。


「視線。」

「なんですか?」

「さっきからあののことばっか見てる。」


 口では何とでもいえる。事実、健一は常にその女子生徒と男性教諭のやり取りを眺めていた。どうやら、白井教諭には健一の考えはオミトオシのようだ。これが大人の余裕というものなのだろうか……


「ほんとの、ほんとになんでもないですよ。ただまあ……見ていて気に食わないってだけです。」


 健一は上着とマフラーを着けると白井教諭に一礼して、そのまま……帰ろうとはせずにいがみ合っている白髪の男性教諭とその女子生徒のほうへと向かった。


「あなたっていう人は……はぁ……男って人はみんなどうしてこうも似ているのかしらね?」


 白井教諭がつぶやいたその声は健一には届くことはなかった。


「……だからお前は!!」

「あの。」


 健一の声はその男性教諭には届いていないようだった。教諭のほうは非常にエキサイトをしており、今にも食って掛かりそうな表情をして詰め寄っている。聞けばその女子生徒の言い分を聞かずに頭ごなしに怒っているようにも見受けられる。一方、女子生徒のほうは涙目になりながらも何かを言っているようにも感じ取れる。その表情からは自分は無実であると伝えたいようだ。健一はポケットの中のカギを少し鳴らすと短い息を吐きつつもう一度声を上げた。


「………何度も私が言うようにだね!!」

「あのっ!!」


 教諭の声に負けないように健一が少し大きめな声を開けると白髪を生やした男性教諭がようやくこちらを向く。


「なんだね?君は!」


 一瞬驚いた表情を見せるもさすがは教諭、すぐに表情を戻して強気に前に出てくる。職員室という立場上、あまり下手なことを言うわけにはいかないだろう。


「人間ですけど。」


 真顔で質問に答えておく。この程度で間違っているはずがない。


「はぁ?君は!」

「教諭、その生徒はやってないと言っていますよ。」

「ああん!?部外者の語螺瀬がこんなところにまで来るんじゃない!」


 どうやら、白髪の男性教諭は健一のことを知っているようだ。もちろん、健一はその男性教諭の名前をしらない……はずだ。


「なんで知っているんだろう……」


 思わず、声が漏れる。ちらりと見ると、近くにいた白井教諭が口に人差し指を当てるのが見て取れた。それに軽く会釈をしながら、「確かそういえば……」と一年の時の社会科の授業を教えてもらったことを健一は思い出した。


「まさか、僕のことを覚えてもらえているとは……」

「お前は、私の話を聞かない問題児だったからな。そのくせ、テストの点数はいつも高得点を取ってくる。お前みたいなやつ、忘れる方が珍しい。」

「心外です。まさか、そんな負のレッテルを張られた状態だったとは……なんで言ってくれなかったんですか。」

「わざわざいう必要がないだろう!それに、今の語螺瀬には関係のない話だ。」


 うまく話のターゲットを女子生徒から健一のほうに動かしたように見えたが、全く動いていなかったことに健一は再び息を出すと少し、瞳を上にあげて白髪の教諭を見る。


「まあまあ、さっきから黙って聞いていれば、一方的に感情をぶつけるだけで何一つ、物的な証拠がないじゃないですか。その生徒もやってないって言っているようですし、もう少し生徒の声を聞くってものが出来ないんですか?あなたそれでも教諭ですか?ガキじゃないんだからダサいことしないでくださいよ。見てるこっちが恥ずかしくなる。生徒の手本になる教諭として。」

「違っ!私は!」


 健一は「もう少しで落とせる……」と女子生徒にあとはどうにかすると目線だけで伝え、伝わったのかはわからないが、女子生徒は何も言わずにうなずくだけだった。健一はほんの少しだけ声のトーンを下げて言う。


「どうせ、ろくに調べもせずに目先だけで犯人を決めつけようとして威厳を保とうとしたんだろうけどさぁ……」

「っ!!」


 図星だったのだろう、白髪の教諭の表情が一気に羞恥と憤怒に染まる。白髪の頭が焦げそうなほどであることは健一も理解していた。


「威厳を保ちたいなら、ここで教諭のことをSNSで呟けば一気に有名人ですよ。ただし、教諭が言う『威厳いげん』ってやつが残っているかは知りませんが……」


 健一の怒涛の言葉に白髪の教諭は面食らった表情をしたが、今までの冷静さを取り戻したのか、改めてその女子生徒に向き直る。


小鳥遊たかなし、改めて聞くが、本当にやってないんだな。」

「………はい……それは、私じゃないです……」

「そうか……私は、お前を疑うようなことをしてすまなかった。許してくれ。」


 白髪の教諭の反応に驚いたのは健一の方だった。健一の経験上、こういう時の教諭は自分の立場を利用して犯人探しこそするけれど、疑われた当人に対しては謝罪の一つもないケースが非常に多いのである。『悪いことをしたら謝る』そんな幼稚園の時に教わったようなこともできないような大人が有象無象うぞうむぞうに存在している現実があるから今を生きる生徒たちが非常に生きにくいのである。昔の教諭の教えとは何なのか、義務教育からやり直してほしいくらいである。

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