第3話 その感情に明確なワケがほしかったようだった
「うっす。」
そんな健一の後ろであくびを噛み殺しながら健一の後を追いかけてきたのは、かの有名なアイドル事務所に在籍していそうなイケメンである。全体的に目がちょっと怖い健一とは対照的に朗らかで常に笑顔が途絶えないらしいが、そこが女性陣にとっての心をわしづかみにしたらしく魅力的という声も多い。
名前は
「はぁ……なんだお前か。」
「なんだよ、人の顔を見ていきなりため息はひどくないか?」
「朝から、お前の笑顔は憂鬱になる。こっちはただでさえこの雪のせいでロードバイクが使えなかったんだ。追い打ちをかけないでくれ。」
「マジか。」
「大マジだ。」
他愛もない日常会話を繰り広げていると学校の始業一五分前ベルが鳴った。
「あ……そうだ。俺、今日、朝一で先生に呼ばれているんだった。」
「先生って、誰だよ?」
「ハル先生。」
「そか、んじゃあな。」
「ああ。」
一年から二年に上がるときに違うクラスになった朝陽とは二階の廊下で別れる。
「な、なぁ。周防。」
「ん?」
「姉さんのこと………」
「諦めとけ。」
まだほとんど何も言っていないのに、朝陽は健一の肩をポンと手を置いた。
「なに慰めてんだよ。」
「健一が
「僕は告白するとも、恋愛するとも言ってないぞ。第一、そんな人いないし。」
「ま、そうだよな。そういや、
「やらんぞ。」
露骨に話を切り替えてきた朝陽にため息をつきながらも健一は答える。
「そうつれないことを言うなよ、お
「お前にお
「そういや、そうだったな。」
「今の言葉、彼女が聞いたら怒るぞ。周防の彼女、言葉より手が先に来るタイプだから。」
「なにを今更。っと、俺、そろそろ行くわ。」
朝陽はそのまま理科学研究室へ、健一は自分の二年二組の教室に入った。すでに登校している生徒は八割以上いるが特に気にすることなく健一は窓際の一番後ろの席に座る。『
なぜなら、教室の設計上、ホワイトボートの四隅が見えにくいのである。現に日直の名前あたりがギリギリ見えない状態にいる。健一は今更ぶつくさ垂れていても仕方がないので鞄から必要なものだけを取り出して脇にかけ、再び本の続きを読み始めた。
「ねぇ。」
「………………………」
「ねぇってば!」
それからどのくらい経過しただろうか、近くで声がしたので健一は視線を声のした方向に移す。
椅子の向きを後ろに変えて真正面から不機嫌そうな女子生徒が健一を見ていた。クラスの中心的な存在でもある名前は………
「どちらさんでしょーか?」
「
「小野澤さんね。覚えた覚えた。」
「あんたね!!いつもそういって覚える気ないじゃない!」
一言でいえば、『ウマが合わない』
なのに、現実というのは非常理で健一とは中学一年からずっと同じクラスになっている。
「それで、そんな小野澤さんが僕に何の用でしょーか。」
「あのさ……語螺瀬。」
授業開始のチャイムがなり、教科書を持ってきた教諭が教室に入ってきた。
それに対して慌てて自分の教室に戻る生徒や、自分の机に戻る生徒もいる。それは目の前にいる美里も例外ではない。
健一は、教諭を指さして美里に優しく声をかける。
「ん、前。」
「あーもー!大事な話があるから放課後!!絶対いてよね!!」
煮え切らない思いを込めたのかバンと机をたたくと、美里はくるっと背を向けると教科書を取り出していた。
「僕の意見は聞かないのかよ。」
前の席である美里や教室の誰にも聞こえないようにして健一はそうつぶやき再び山とそこに栄える住宅街の景色とともに静かに見据えた。
そして、天を仰ぐように映画の完結編を見た後の観客のようにポツリと続ける。
「面倒なことになった……」
普段なら女子生徒に呼び出されたところで嬉しさがあるようだが健一は全く嬉しさも感じなかった。玉ねぎを冷やしたあとの涙ほどのときめきも感じない。
第一、悪友の彼女を取る気があるほど語螺瀬健一に男というものは残っていなかったのである。
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