最後のピエロ
宮きやと
第1話
世界は歪んで、音も痛みも感じず、どんどん暗くなっていく。そんな時間が、いつまで続いたかわからない。
けたたましいアラームの音にゆっくりと覚醒する。ぼんやりした頭で、窓から差し込む光から、ああ朝だ、と気がつく。
えっと、確か学校に行かないと。
視界の端から、艶のある長い黒髪が垂れてきて、女子高生なんだったとじんわりと嬉しさが心に満ちる。
母の作った朝食と焼きたてのトーストを食べ、気分良く登校する。途中で男子生徒たちに挨拶され、笑顔で返す。自分に好意を抱いている男子生徒たちを、半ば引き連れるかたちで登校する。
授業で先生に当てられ、黒板へよく分からない授業の回答を求められ教室の前にでる。スラスラと謎の呪文を書き、後ろからは感嘆の声がもれる。自分は優越感に浸りながら、何食わぬ顔で自分の席にもどる。周りからの尊敬の視線が誇らしい。
「一緒にカフェに行かない?」
複数の男子生徒が笑顔で、しかし努めて平静を装っていることが丸わかりな真っ赤な顔で自分を誘う。
自分は余裕のある態度で応じる。
カフェではストロベリーのソースがたっぷりかかったパンケーキが、自分の前に置かれている。自分は子供っぽい声で喜び、パンケーキにナイフを入れる。それに周りの男子生徒が見とれている。
頬張ったパンケーキはありえないぐらい柔らかく、口の中で溶けては甘さと香りが広がった。
――とっても美味しいわ――
笑顔で応える。
でも、何かが違う。自分が心から美味しいと思うものとのズレが、なにかある。
そうだ、本当は塩っぱくて油の匂いがするお菓子が好きなはずだ。炭酸を、喉越しを感じながらグビグビ飲むのが、とても美味いんだ。
そうだ、俺は、甘いものは苦手なはずなんだ。
そこでカフェやパンケーキの世界は止まり、音が消え、視界が歪んで、そして暗転していった――
「死後一週間です」
4畳半の畳の部屋で、鑑識らしい服装の男性が、青ざめたスーツの男性に告げた。同僚が一週間、無断欠勤していると通報した男性だった。
部屋にはビールの缶と、ところどころにあるポテトチップスの袋と、黒髪の美少女のキャラクターグッズで溢れかえっていた。
「状況をみるに、おそらくアルコール中毒でしょう」
事務的な声が、他の鑑識が立てる缶のぶつかり合う音とポテトチップスの袋のガサガサという音に埋もれていた。
※お題……死・空想・アルコール
最後のピエロ 宮きやと @meeyakyatto
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