今日もきっと、いい日になる。



「あなたはたくさんいるMany子守りMannyのうちのひとりでしかないんだから、自分が特別Specialな存在だなんて思わないことね。いい?」


 第一印象First impression

 仲良くなれそう――かも?



【1日目】



 かあちゃんととうちゃんに見送られ、オレは『地母神運営事務局』から届いた手紙で指定された〝第三御所〟までやってきた。くじ引きにより『子守り』に選ばれた者は、たとえ義務教育期間の中学生であっても学校へは行かなくてもいい。学校で学べる程度の教育は、共に励むこととなる。友だちには昨日のうちにグループラインで連絡したが、反応はさまざまだった。


 もっとも多かったのは「なんでお前が?」という返事だ。

 オレが知りたい。


 この〝御所〟は地域にいくつかあって、指定された〝第三御所〟は茅葺かやぶき屋根の一軒家。外観からは神々しさを感じ取ることはできない。ありふれた田舎の風景に溶け込んでいる。しかもインターホンを押せ、ときた。押す。


 ピンポーン、と日常的な音がして、次にドタドタと慌ただしくこちらに向かってくる足音がせまってきた。ガラガラっと扉が開け放たれて、中から巫女服の女の人がゾロゾロとあふれてくる。オレは背筋を伸ばして、息を鼻と口から大きく吸ってから「お手紙をいただいた御手洗です」とできるだけまじめっぽく見えるように声を発した。


「御手洗さま、お待ちしておりました」


 巫女服グループのセンターの女の人が、すっと頭を下げてくる。すると、それにならって左右や後ろの女の人までおじぎしてきた。オレもペコペコと応じる。


 よくよく見ると、小学校みたいな名札をつけていた。センターの女の人の名札には芽衣めいと書いてある。顔が――今は異動になってしまって会えなくなってしまった――小学校の低学年の頃の担任の先生と似ていて、なんとなく安心した。


「こちらへどうぞ」


 芽衣さんが合図すると、周りの女の人はそれぞれの持ち場にスタスタと帰っていく。さっきので挨拶は終わりなのかもしれない。


 これだけ人数がいれば、子守りなんて必要なさそうなのに。


 なんてぶつくさと考えながら、オレは芽衣さんの後ろをついていく。靴を脱ぎ、かかとを揃えて置いて、靴下でフローリングの上を進んだ。芽衣さんは足袋を履いている。


さま!」


 芽衣さんがふすまを開けると、畳の上で女の子がうつ伏せになって本を読んでいた。そこそこの音量で声をかけているにもかかわらず、女の子は本を読む手を止めない。バタ足のように足をふらつかせながら無視している。


「新しい子守りの方が来るとお伝えしたのになんとまあはしたない」


 オレは目を凝らして、女の子の読んでいる本の挿絵さしえを見た。どこかで見覚えがある。つい最近見たような気がしないでもない。はて、……あ、思い出した。


「その本って、この前出たばっかりの最新巻?」


「――ッ!」


 バッと本を閉じ、顔――いや、顔ではなく、その顔を覆い隠すように装着されたホッケーマスクをこちらに向ける女の子。


「御手洗さま、ご存じで?」


 芽衣さんがキョトンとした表情をしているので「表紙はブックカバーで見えませんけれど、あのトウメイ先生のイラストは」とその本のタイトルを答えようとすると「だああああああああああ!」と女の子にさえぎられてしまった。


「みなまで言うな子守り!」


 ホッケーマスクのせいで表情はわからないが、オレに対して怒っているらしい。


さまは文学少女でいらっしゃいますから」


「そうそう! そうなの! これはそう! 文学少女として、たまたま本屋で見かけて、気になって!」



「あ」


 女の子が芽衣さんから飛び退こうとした瞬間、芽衣さんの方がすばやく女の子をホールドした。


さま、抜け出されたんですね?」


「だ、だって、続きが気になって」


「本ならいくらでもありますでしょう? それに、子守りに頼めば買ってきてもらえるでしょうに」


 ――その本、買ってきてもらうのを頼むの、難しそうだなあ。

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