神のMany Manny

秋乃晃

明日もきっと、いい日になる。


【0日目】


 オレの元に一通の封筒が届いた。若草色のその封筒は、郵便受けにねじ込まれた他の手紙とは一線を画していて、そのほかの有象無象うぞうむぞうを押し退けて手に取ってしまうほどのあらががた魅力みりょくを放っている。封筒の方からかすかに聞こえてくる「おいでおいで」という幻聴げんちょうに導かれるままに、手に取ってしまった。差出人は『地母神運営事務局』だ。


「ふーん……?」


 地母神ちぼしん。この地域にオレが生まれるよりもずっと大昔から根付いている文化で、その現人神あらひとがみな女性を崇拝することによりこの地域は毎年干ばつ知らず。地震や台風などのありとあらゆる自然災害から守られているんだとか。年に何人かはいるんだけど「令和にもなってアホらしい」とツバを吐くような連中へは、必ず天罰が下るんだからおそろしい。


 で、そんな霊験れいげんあらたかな地母神さまの運営事務局からの手紙の内容はというと、オレに『次期地母神さまの子守り』をしてほしいのだとか。


「ふふーん?」


 小さい頃からうわさには聞いていた。そういうお役目があるのだと。次の地母神さまを育てるための、子守り。この地域に住む中学生から高校生までの男性がくじ引きで無作為に選ばれる。なぜその年代の男性なのかはわからない。女の子を育てるんだったら他にも適任はいそうなものなのに、その年代の男性に限られていた。不思議。大人たちに聞いても「そういう決まりなんだから」と答えるばかりだった。


 とはいえ、オレに回ってくるなんて、にわかに信じがたい。オレは生まれも育ちもこの地域ではあるけれど、すんごい頭がいいわけでもなければ運動ができるわけでもなし。お世辞にもかっこいいわけでもなし。バレンタインのチョコレートはかあちゃんからしかもらってないし。


 何度も宛先が間違っていないだろうかと確認し、手紙の本文を読み直して、オレはスマートフォンを片手に握りしめて並んでいる一個一個の数字をにらみながら『地母神運営事務局』へと電話をかける。


 相手方は三回目の呼び出し音で電話に出てくれた。


「はい。こちら『地母神運営事務局』です」


 男性の事務的な声だ。

 そう言わなければならないからそう言っているんですよと、言葉の裏に隠れている本音がチラッと見えてしまうような。


「あの、もしもし。御手洗みたらしといいます」


 オレが名乗ると、相手方は「はっはー! 御手洗さま!」と態度を急変させてきた。


「ええと、オレん家にそちらからお手紙が届きまして」


「はい! はい、確かに送らせていただきました!」


「明日からオレが子守りだとか書いてあるんですけど、何かの間違いではないかと思って」


「滅相もない! 御手洗さま宛で間違いないですよ!」


 そうなんだ。

 オレでいいんだ。


「明日からよろしくお願いしますよ!」

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