If Story 1 存在意義の表明

 「いだっ.....先生!やめてくださ......」

生徒の泣きそうな声が響く。こんな状況でもこの生徒を助けに行く人は誰1人としていない。わざといかないのではない。怖すぎていけないのだ。助けに行けば、次は自分の番になる。それだけは避けなくてはならないというのがこの教室内での共通認識だった。いつになったらこの地獄の時間が終わるのだろうか。たった50分の授業。それなのにこの教科だけはとてつもなく長く感じた。いつからこんなことになってしまったのだろう。もう思い出したくもなかった。

 今日も、1人やった。自らをを主張するために。すっきりするために手を出す人もこの世にいるようだが、こんなことをしても気は晴れない。じゃあなんでやってるかって?私はここにいますって誰かに主張しないと、気が狂いそうだからだよ。わからない?この気持ち。まあいいや。理解されなくても。今自分を保てるならそれで。あとは何も求めない......

 

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 授業の終わりを告げるベルが鳴る。今日も誰も聞いてなかった。人に教えるやる気なんていつの間にか失われている。教卓の上に立ち、ブツブツと教科書とプリントに書いてあることを読み上げるのみ。もはや金を得るために立ってるのかといわれても反論できないようなことをしているのはわかっている。でも、もう無理だ。耐えられない。この高校に赴任してきてから早3年が経った。1年生は、初めのうちは話を聞いてくれる。だが、そんな時などあっという間に過ぎ去る。部活に入れば、先輩からいくらでもうわさが流れてくる。部活に入らなくても、すぐに話は伝わる。うわさにはありもしないことも含まれていた。初めのうちは否定していたが、信じてもらえないとわかってからは何も言い返さなくなった。今では、生徒のストーカーをしているとかも言われているらしい。ふざけんな。いつそんなことしたんだよ。声には出さないが愚痴りながら職員室に戻る。だが、ここにも居場所なんてない。友達はおろか話せる先生すらいない。うわさのせいもあるだろうが一番はこの見た目だろうか。不健康を体現したような見た目に近寄ってくれる人などいるはずもなかった。

 残業も終えて、家に帰る。次回の授業のプリントの準備が終わらなかったためだ。誰も見ない。それどころか捨てられることもあるプリントのために何でこんなに時間かけてるんだろう。無駄だなぁ。重い脚を動かし、何とか家に帰る。洗面台で手を洗い、油がのっかった感覚のする顔を洗う。その時、自らの姿を見た。久しぶりに見た自分。頬は痩せこけ、目の周りはクマだらけ。髪はボサボサであっちこっちにはねている。やる気に満ち溢れていた姿など面影もない。ハァとため息をつきながらやかんでお湯を沸かす。ほかの調理器具は......洗い場に放り込まれている。もう何か月もあの状態だ。自炊する元気なんて残ってない。沸いたお湯をカップ麺に入れ、待つ。その時間が、いつもより暇に感じたのだろう。無意識にテレビをつける。ちょうど、昔の学校系ドラマの再放送がやっていた。見たくないなと思いつつもほかにいい作品もないので見ていると、教師が生徒に指導しているシーンが流れた。教師が生徒に駆け寄り、胸倉をつかむシーン。生徒は怖気付き、うなずきながら教師の言うことを聞く。これだ。これをすれば......はたから見れば普通ではなかった。でももうこの時は正気じゃなかった。精神を安定させるために何かすがれるものが欲しかった。

 次の日。心を無にして教室に向かう。そして、誰も聞かない授業が始まる。しばらくして、寝る生徒が出始める。数人出始めたころ、そのうちの1人に向かう。机をバンッと叩く。いつもはしないことに周りが驚く。机を叩かれた生徒は起き上がり文句を言おうとする。「おい!なに......」

だが、相手が言い始める前に胸倉をつかむ。高圧的に

「今なんか言おうとした?」

「いいえ......なにも......」

「2度と寝るんじゃねえぞ。次寝たらどうなるかわかってんな。」

「いや、だってつまらな......」

「なんだって?」

もう片方の手で髪の毛を引っ張る。更に威嚇し、恐怖を与える。

「すいませんっ。もうねませ......」

「そんなのは当たり前なんだよ!」

そう言いながら思いっきり下に振り下ろす。人が叩きつけられる音が響く。

「次、寝てたやつ。こうなるからな。覚悟しとけよ。」

教室の空気が一気に凍り付く。顔が引きつるのが見て取れる。目には恐怖の色が見える。やった。注目が集まった。謎の高揚感が襲い掛かり、にやけが抑えられなかった。

 それから、もうやめられなかった。麻薬のように、毎授業やり続けた。楽しいとは思わなかったが、もう戻れなかった。私がそこにいる。それを誰かに表明できるだけでもう満足だった。

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