アザカミ編

1.鎧化症者の少年

奇病を患う少年アザカミは、母ケルウルと生き別れ盗賊にさらわれる。手下として盗賊に付き従うある日、アザカミと似た顔の女の死体を見たという盗賊の話を盗み聞きする。

逃げ出せば母共々殺すと脅されていたが、脱出の意を固め、盗賊を毒殺。真夏の森へ姿を消す。


盗みを働きながら山中をさすらうある日、謎の猟師に襲われ、巨漢の兵士に助けられる。

兵士は隈笹と名乗り、同じ病を持つ同胞だと告げた。峠にひそむ化け物の噂を聞き、アザカミを探していたと語る。謎の猟師は病者を狙う狩人だと説明、一緒に来いと誘う。

手下時代の悪行のせいで容易に里へ降りれず、頼るあてもなく、しかし狩人から身を守ることは一人では難しい。アザカミは、疑いながらも安全を取り同行する。


新たな環境の中、盗賊に植え付けられた他人への不信に苦しむアザカミ。

葛藤に苛まれる中、年上の同胞・真澄の付き添いで向かった城柵・宇原城にて、盗賊の頭と同じ名を耳にする。

激しい動揺に襲われたアザカミは、恐怖の根元を断つため、衝動的に城柵へ忍び込む。

城柵は宴の真っ最中だった。篝火に照らされた政庁の物陰で、盗賊の頭──泥酔する藤波を発見。殺害しようとするが、同伴していた衣斐詩の武官により藤波の私兵と勘違いされ、遠ざけられる。

在地官人・楯島の、鷹麻呂を侮辱する罵声をあとに、アザカミは失意のどん底で城を脱出。

殺害を果たせず、隠れなければ身が危ういとまで思い詰めたアザカミの元に、真澄が迎えに来る。

真澄は、常和国で起きた反乱側の兵が件の盗賊の正体であると明かす。城の藤波と都の藤波は血縁であるが、都の藤波とは一切関わりを絶っている。

安心して戻ってこいと呼びかける真澄。

アザカミの心は揺れていたが、真澄の手を取った。

真澄とアザカミは二人ぼっちで雪原を歩いていく。ぼうと熱を持つ真澄の指、赤い耳、零下の寒空のもとわざわざ追いかけてきたことに、自らがその盗賊被害の一旦を担ったことが、ちくりと小さくアザカミの胸を刺した。


この一件があってから、アザカミは徐々に落ち着き、攻撃性もなりをひそめ、自ら村人に関わるようになっていった。その反面、盗賊の手下として働いていたことを打ち明けられずに、後ろめたさが募っていった。

いびつながらも穏やかで順調に見えたアザカミの日常は、戦によって徐々に侵食されていく。


アザカミを引き取った村は、島内で一番大きい国、常和国に属しており、北方の民(常和国側は衣斐詩と呼称)と何年も戦を続けている。同胞たちは居場所と引き換えに兵士となり、病で得た人外じみた身体能力を使って、敵地に潜り込み衣斐詩の諜報、妨害工作などを行っていた。

そして、狩人も攻撃を強めていく。

狩人は、商人・尾崎菅爾が統括する集団である。家族を鎧人(病者の蔑称)に殺された尾崎は、鎧人を一人でも生かしておけないという個人的な憎しみで、組織的に病者を襲っていた。

狩人たちは、戦に乗じて隈笹の村を襲おうと画策。鎧人兵士の被害にあっている衣斐詩に近づき、宇原まで兵を進めた暁には、衣斐詩兵に紛れて村を攻撃する計画だ。

尾崎はまず、常和国と敵対している部族の長・シハのアラツヅに取り入り、アラツヅと同盟を組んでいる部族の領域の自由交通権を取得。北方に潜んでいる鎧人特殊兵士の排除を進める。

部族側も鎧人兵士に手を焼いていたため喜ばれたが、ただ一人、同盟の構成員であるイザワの長・ワッカは狩人とアラツヅを疑っていた(二者が結託してイザワの弱みを探るのではないかと危惧。イザワとシハは境界を接し、度々諍いが起きている)。


宇原村内では、穏やかに時が過ぎていたが、北方に放った潜伏兵が狩人により排除され、連絡が途切れたことにより、異変を感じた隈笹は少ない手勢を連れて救出へ向かう。


身近に迫った死を思わせる変化にアザカミはふさぎこむ。同胞のノキは焚きつけの燃料採取を口実に湖沼群へ連れ出す。

ノキはアザカミと同郷であり、故郷に似た景色を見せて元気付けようとしていた。

朝焼けの鳥の飛び立ちを眺める二人のもとに、身元不明の部族が攻撃をしかけてくる。

その部族とは、イザワ族長ワッカその人であった。狩人とアラツヅを疑うワッカは、情報の真偽を確かめるため、境界の視察ついでに鎧人を確かめに来たのだ。

ノキはアザカミに、自分の生家に助けを求めよとアザカミを逃がす。アザカミはワッカに随伴してきた狩人を降りきりながら、ノキの故郷の村に助けを求める。村は常和国に従う俘囚(小規模の帰順した衣斐詩のこと)村であり、常和国に戦をしかけられたと危惧した長により物見が放たれる。

ワッカたちは、鎧人兵士の実在を確認し、撤退する。アラツヅはともかく、狩人たちのいう鎧人兵士は実在し活動していると判断。アラツヅだけを警戒することに。

狩人たちも深追いせず撤退。

結果、軍勢は見つからなかったが、敵対している部族が秘密裏に近くまで来ることが増えているといい、戦の気配に皆不安げな顔をさらしている。


一方救出作戦を進める隈笹は、病状の悪化を誤魔化しながらも潜伏地域をさらっていく。

少ないながらも生き延びた者たちの情報によると、隠密行動に徹していた狩人らが派手に動きだし、衣斐詩と組んでシハ全域の主な通路を封鎖し始めたのだという。

通路の封鎖という現象は、狩人が──ひいては衣斐詩が、常和国の西側からの侵入を防ぐ意味合いを持つ。

衣斐詩の動きを常和国へ伝えること、帰り道を塞がれることを危惧した隈笹は、救出作戦の一時中止を苦渋の決断を下す。

潜伏兵の一人で、同胞を救出して回っていた老兵、古い友・崎内(サウキナイ)を加え、一行は狩人を避けながら帰路を急ぐ。



水面下の攻撃が激化していく中、隈笹は村に帰還。真澄、崎内はイザワにいる潜伏兵救出のためすぐに旅立つ。隈笹は帰還直後に病状が悪化、床に伏すことが多くなる。

体調の優れない隈笹を心配したアザカミは、城下の市へ薬を探しにいくが、商人に扮した狩人・根古目清正に、「狩り」の標的にされる。

根古目はアザカミが盗賊を毒殺した後の現場を目撃しており、賢そうな見込みのある鎧人を狩りたいという興味を持っていた。

人気のない森へ追いたてられ、まるで遊ぶようになぶられるアザカミ。村へ戻ろうとするが、「村人にお前の悪行をばらすぞ」と脅される。

やっぱり自分は普通に他人と居れないのだ、と諦めかけたとき、隈笹がアザカミを庇う。

すると根古目はあっさりと引く。

隈笹は、アザカミが一人で行動したことに気づいて追ってきたのだという。

痺れ矢を打たれたアザカミに解毒剤をのませ、背負いあげると、隈笹はもう大丈夫だと歩き出す。

その背に揺られながら、アザカミは自分が盗賊の手下だったことを知っているのか、と問う。昰と答えた隈笹に、本当はやりたくなかった、やらなきゃ打たれるから、やるしかなかった、どうすれば良かったんだと打ち明ける。

隈笹は、アザカミがやりたくなかったのは俺が知っているとアザカミに寄り添う。


アザカミが本当の意味で同胞に打ち解けた数ヵ月後、隈笹逝去。残った村人たちで隈笹を野辺へ葬った。隈笹が死んだことを受け入れられないアザカミは、村人たちが別れの儀式を終えたあとでも、隈笹の眠る野辺へ通っていた。

幾日か過ぎ、隈笹の面影も崩れてきたころ、アザカミは隈笹の死体を切断する狩人を目撃する。

激昂したアザカミは狩人を半殺しにするが、崎内に止められる。

実は、隈笹と狩人の間にはお互い不可侵の「取引」があった。

隈笹が村を作る際、狩人は資金難に直面していた。そこで、宇原に赴任していた貴族官人・藤波寿久(隈笹の顔なじみ)から、病の情報を提供すること、薬物を優遇すること、病者の村を襲わないこと、を条件に資金援助の提案がなされる。

藤波には隈笹らと同じ病の子供がおり、藤波も治療法を欲していた。

藤波は治療情報と出世のための手柄が必要で、隈笹は安全保証が喉から手が出るほど欲しく、狩人を率いる尾崎は鎧人を滅ぼし続けるために資金が必要だった。

三者三様の利害の一致が噛み合い、尾崎側も隈笹側も、特定エリアではお互い攻撃しない取引が成立した。

取引の概要を説明した崎内は狩人を残し、興奮したアザカミを村へ引きずり戻す。今死せる者のために力を奮う時ではない、と、隈笹の死により取引の破棄を危険視する崎内。今に見ていろ、お前たち鎧人なぞ、すぐに──と狩人の残した言葉が気にかかる。

村に戻る最中、遠くの空で煙が上がっていた。


数年後、春の近い冬の日、村に戻っていたアザカミは、衣斐詩の攻撃の余波を予兆しながら、緊張の日々を過ごしていた。

隈笹が逝去してから、衣斐詩側の攻撃が一段と激化。隈笹を蔑ろにされた憎しみで、アザカミは兵士となり戦いへ身を投じていた。新将軍のもと、衣斐詩側の一大抵抗勢力・シハとイザワの部族に大打撃を与え、出弦羽国の反抗を抑え、やっと一段落ついたところだった。

緑生い茂る頃、常和国東北拠点・多賀見城では山海道討伐に対する報奨の授与が行われ、徴兵された民たちは武器を預け故郷へ戻っていた。

一人凍った表情の衣斐詩軍の長・宇原公鷹麻呂は、昔の僚友であるハクヅキから離反の誘いを受ける。

此度の戦で、鷹麻呂たちの軍は先陣を切り大きな戦果をあげたが、同じくらいの被害も出した。破格の位階は授けられても、衣斐詩扱いは変わらない。加えて、戦果を妬んだ他の在地官人から、激しい侮蔑まで投げつけられる始末であった。

気づいているんだろう、あいつらが、俺達を仲間にする気なんてないってことを、とハクヅキは言う。

わかった、ようやくわかった…と、鷹麻呂は一転、こわばった頬を不器用に緩め、憑き物の落ちたような顔で笑うのだった。

そのやりとりを、多賀見城に潜り込んでいた一人の俘囚兵──ノキが、青い顔で聞いていた。ノキは、動きの怪しい衣斐詩らしき顔を見かけ、怪しんで追跡してきたのだ。


アザカミたちは村の防衛に忙しかった。衣斐詩を叩いてから、また衣斐詩が常和国へ侵入するようになったのだ。防衛に忙しい村に、ノキが反乱の急を知らせた。

宇原とハクヅキのやりとりを目撃したノキの報告を受け、以下数人は、藤波の指揮の元、証拠を掴むべく監視を強めていた。その甲斐もなく、カクベツ城の視察中に、鎮守将軍と白鹿大領が殺害され、俘囚軍がこちらに向かっている。

動揺が走る村に、誰かが火の手を指差す。

爪の先には、真っ黒に昇る煙があった。すぐに腹のそこを叩くような不気味な振動が聞こえ、ぽう、と草葺の屋根が燃えた。

真澄が敵襲と叫ぶ前に、村に一斉に火矢がおそいかかった。


宇原郡は混乱に満ちていた。

宇原城に衣斐詩軍が押し寄せ、物をかっさらい火を放ち、道中の村にまで押し入っている。

衣斐詩軍は城に使えていた俘軍を吸収しその数を増やし、すべてを焼き払いながら多賀見城を目指していた。

軍を率いていたのは鷹麻呂だった。

離反を計画した鷹麻呂は、ハクヅキの根回しにより俘軍を味方に付け、警護の手薄な建設中の城にて当代鎮守将軍と、己をことごとく目の敵にしてきた在地官人──楯島を斬る。

その後、多賀見城まで向かい倉を破壊、本拠地へ戻る計画だ。



同じ頃、宇原の隈笹の村は大混乱に陥っていた。

狩人が直接村を襲ったのだ。崎内の懸念は当たった。尾崎は藤波に頼らず、ひっそりと他の貴族たちへパイプを広げていたのだ。最早藤波は必要なくなった。逃げ惑う村人たちを守るため、アザカミたちは囮となり狩人を引き付ける。


多賀見城へ至るまでの援護のため、ワッカ以下イザワの兵士は宇原そばで控えていた。

鷹麻呂の合図とともに騎馬を進めようとしたとき、ワッカは背後から刺されてしまう。


アザカミとノキが狩人相手に奮闘している最中、二人ははぐれてしまう。

狩人の姿を警戒するアザカミを、背後から羽交い締めにし、アザカミは意識を失った。


相手はアラツヅの手のかかったイザワ部族の一人だった。衣斐詩は一枚岩ではなく、血筋的に長よりほど遠い、物静かで勇猛さの見えないワッカが、たまたま転がり込んできたイザワ大多数の長を務めるのに納得がいかず、消さんとした身内の犯行だった。

アラツヅは協力関係ではあるものの、イザワ部族が常和国からの盾になるから良くしているのであって、味方などではない。戦がおわり、常和国が休眠に入ったのを読み、イザワをかきみだして土地を奪おうと画策していた。

ワッカは命からがら逃げ出す。


アザカミとはぐれたノキも狩人に追い詰められていた。そこに騎馬が乱入し場を混乱に陥れ、馬上の主はノキをさらいあげその場を離脱する。馬の主はワッカだった。顔見知りのノキに賭け、足になる変わりに己を助けろというワッカ。ノキはアザカミを探すことを条件に、ワッカと共闘する。


目覚めたアザカミは吊るされていた。そばには狩人の根古目清正の姿があった。

あっけないものだ、貴方はもっと楽しませてくれると思っていたのに、と一人で話す根古目。

根古目の足元にはたくさんの道具が並べられていた。鉄のノミ、小振りの鎚、小刀、平たい金具…。

尾崎に絞られてしまいまして、仕事をしなければならない、本当に残念です。根古目はそう笑いながら、仲間の避難場所を吐けとアザカミを尋問。

しかし機転を利かせたアザカミにより昏倒する。


根古目が目を覚ますと、尾崎と他の狩人衆に囲まれていた。尾崎は根古目を介抱しながら部下に追撃を指示していた。根古目の怪我を鑑みて撤退をさとす尾崎をよそに、興奮したようすでアザカミのことを語る根古目。

また会う日を楽しみにしておきましょう、と根古目はうっすら笑う。


その様子を、遠くから馬に乗ったワッカとノキが見ていた。義弟の行きそうな所はどこだ、と問うワッカに、わからない、と首を降るノキは、狩人を避けてアザカミを探しながら仲間との合流を目指す。


アザカミは一人、一刻も早く身を隠せる場所へと雪の森を走っていた。

根古目にとどめを刺せなかったことで、アザカミはこれから先、常に追われる恐怖に付きまとわれる。このまま、仲間のもとに戻ったら、いつかあの気狂いを引き寄せてしまう。

アザカミはひたすらに走った。なるべく遠く、仲間の位置からできるだけ遠くへ行くのだ。

魔の手が届かぬその時まで…。


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