シガミ編

3.狩人の青年

狩人の青年・シガミは、師匠の根古目に付き従い、北部山地へ訪れていた。


鎧狩りの標的である鎧人を目撃したシガミたちは、本拠地を探し出そうと、現住民を装って追跡をしていた。

ある大雨の日、シガミは川へ転落。下流に流れ着いたところを、鎧人のウルヤに助けられる。


鎧人だと知らないシガミは、話すうちに仲良くなる。薄々、彼女が鎧人だと勘づいていたが、狩を行う気は進まなかった。




 数年前、シガミら狩人の本拠地では、頭の尾崎菅爾が急病で亡くなったあと、後継ぎを巡って揉めていた。


東北の地では、新たなリーダーが部族をまとめ、徹底的に抵抗の構えをみせていた。


そんな時に、鎧人という採算の取れない不安定な事業は廃止し、尾崎の交易ルートを活用すべきと声が上がっていた。


して、そのリーダーを誰にするかが論争の焦点となり、村内は有力な人間ごとに対立が起き、いつ暴動に発展するかも分からない危うい状態に陥っていた。


尾崎のいない集団に興味のない根古目は、弟子のシガミに鎧人狩りを手伝わせるため、半ば強制的につれて村を離脱。


根古目は、気に入った鎧人ばかり追跡して弄ぶという厄介な生き甲斐をもっていて、新しい狩人集団の方向性には着いていきたくなかった。




シガミは迷っていた。

根古目は標的を探していたし、事前の情報から考えるに、彼女が手がかりとなるかもしれない。 


鎧人の発見を根古目に伝えようかとしたが、ウルヤと話すたびに、その笑顔が名残惜しく感じて、根古目の元へは戻らずにいた。


シガミは、根古目に支配され、苦しんでいた。


ウルヤと共に過ごすうちに、このまま根古目から逃れ、彼女と一緒に暮らせたらと淡い希望を考えるシガミ。


しかし、あるとき、根古目に見つかってしまう。




根古目はシガミを探しつつ、標的を発見していた。標的は「アザカミ」という名の鎧人で、根古目は長年追い続けている。


数年前、その鎧人は住みかから逃げ出し、行方不明となっていたが、最近になって姿を表しはじめた。

姪だという少女と時々里へおり、肉や毛皮を米と変えてはまた山へ戻るのだという。


シガミの心変わりを知らない根古目は襲撃の段取りを話す。シガミは染み付いた慣習で根古目に従う。


家族の借金のかたに本拠地で下働きをしていたシガミは、狩人候補として根古目に育てられた。


しかし、その養育状況は、標的をいかに出し抜いて鎧化部を手に入れるか、に集約されており、騙し、脅し、尋問、毒、といった、暴力行為を強制的に習得させられた。


拒むと食事は与えられず、嫌がりながらも危険な狩りを習得していった。


尾崎が死に、狩人家業をやめるというチャンスに、シガミは根古目に連れ出され、機会は失われた。


根古目に従えば罰せられることはないが、ウルヤを―自由を失ってしまう。しかし、反発すれば命があるかもわからない。


根古目にとってシガミは道具だ。執着している鎧人狩を邪魔する道具など破壊してしまうだろう。


シガミはウルヤを思いだした。シガミの中で、ウルヤの存在はとても大きくなり、彼をあたたく守っていた。

彼女を大切にしたいため、そして、彼女を大切にする自分を守るため、根古目を裏切る覚悟を決めた。





襲撃の晩、シガミは指定された場所に潜んでいた。

集落に近づいた根古目は、住民が誰一人いないことに気づく。


シガミはウルヤに襲撃のことを話し、集落に伝えるよう頼んだのだ。


狩りの邪魔をされた根古目は激怒し、シガミを攻撃する。シガミは抵抗し逃げつつも、出血で徐々に意識が薄れていく。


本当はウルヤの家族に取り入って、一緒に逃げる段取りだったのに、ああやっぱり、最後に彼女を殺しておけばよかった、とシガミは後悔した。


狩人である己は、彼女と一緒にいることは難しいだろう。


いつか狩人であると知られてしまえば、彼女がどれだけ無害を説明してもシガミは恐れられ、彼女も孤立するだろう。


なによりアザカミに受け入れられるはずがない。因縁の相手の弟子だ。


彼女がどれだけ説得しようとも、シガミがどれだけ狩人から逃れたいと思っていても、アザカミに苦痛を与える片棒を担いだことには変わりない。


シガミがウルヤを助けようと思ったのは、根古目の道具としてのシガミではなく、一人の人間であるシガミを大事にしたからであった。


この世に残していったら、ひどい目に会う前に楽にしてやれる奴がいなくなるじゃないか、と薄ら笑いを浮かべる。


最初から、彼女のそばにいることは無理だった。


狩人としてのシガミは、それくらいしかしてあげられることが無い。


死にゆく彼の目に影がうつる。シガミは驚きに顔を上げた。


そこには、音もなく根古目の背後にせまったウルヤが、大きな岩を握って振りかぶっていた。





シガミから、狩人であると告白を受けたウルヤは悩んでいた。


確かに彼は狩人だったら、と考えないことはなかったが、彼は怪しい素振りを見せなかった。


だから本当にただの若い猟師だったらと、ウルヤはそう思い込みたかった。


ウルヤから狩人らしき人間の知らせを受けた村は荷物をまとめ、集落を捨て、移動の最中だった。


最後に会ったシガミは、大丈夫だと笑っていた。お師匠さまを騙すような真似をして無事なのか、と心配するウルヤに、うまくやるさ、と彼はいっそう元気そうに話していた。


嘘だ。

狩人集団が鎧人狩りから衣斐詩ルートを活用した商いへ方針を変えたことは知っている。好き好んで鎧人狩りを継続する人間といえば、アザカミを狙っている狩人に違いない。


漏れ聞く話では、相当身勝手で偏屈、非情さの目立つ印象だ。そんな人間の邪魔をしたらどんな目にあうか…思い詰めたウルヤは、一人で来た道を引き返した。



ウルヤは根古目の頭を岩で打ち下ろし、根古目を昏倒させた。


シガミからの情報ではなく、自分が怪しい人影を見たと言えと言い含めたのに、ウルヤは一人、シガミを心配して戻ったのだ。


助けてくれたのに置いていくなんてしたくない、とウルヤはシガミを担ぎ、仲間の元へ急ぐ。

「どんなに難しくても、あきらめたら終わっちゃうんだよ!そんなのいやだよ!あんたのことあきらめたくない、絶対に!」


とうとう追い付かれ、命が奪われようとしたとき、アザカミが駆けつける。


ウルヤが消えたのに気付き、探しに来たのだという。


根古目は、探し求めた獲物を前に歓喜して、二人のことなど忘れてしまった。


久しく出会えた獲物に懐かしむように語り掛ける根古目。


しかし、アザカミは根古目の問いかけに反応を返さず、草でも刈るように根古目の首をねじきった。


アザカミは乱雑に首を放り投げた。


落ちていく首が見たのは、道端の石でも眺めるような、ひどく面倒そうな顔で己を見ている、少年の面影を残した楽しい楽しい玩具だった男の顔だった。





根古目の首から血が流れるのを背後に、アザカミは早く引き上げようと二人を誘う。


シガミが狩人だと疑わしくても、隠していたことをウルヤは謝り、シガミを見逃すよう命乞いをする。


アザカミは「偶然警告してくれたただの猟師、巻き込まれて怪我をしたのだろう」といい、暗に狩人であることを口をとざせと示す。


アザカミはわかっていた。


シガミが、ウルヤのために身内を裏切ったこと、そのために、シガミが自分の命すら危うい危険を覚悟したことを。


そして、いつか自分を追って根古目がやってくることを。


本当は、いまでも腹が煮えくり返るほど憎んでいる。


最後の一人は、アザカミ自身で決着をつけた。


もう狩人は機能しない。憎しみを向ける相手は、消えてしまった。


シガミと話すウルヤの嬉しそうな表情を見て、根古目に傷つけられ、嬲られるシガミを見て、狩人と鎧人に関わらず交流する二人に、アザカミは、過去の自分と二人を重ね見た。


そして、実態を失った狩人を認めることにした。


憎しみは消えないし、これからもずっと、心の奥に残り続けるだろう。


しかし、過去の憎しみによって、今に悲しみをもたらすことはしないと、アザカミは決めた。


シガミを許し、ウルヤの意向を尊重することで、過去から受けた苦しみと憎しみを断ち切り、今を生きていこうと、やっと未来へ顔をあげることができたのだ。


それは苦しく、悲しく、やりきれない思いも抱えたままだが、アザカミのなかで止まった時が、少しずつ進み始めた証拠だった。




シガミは、半信半疑で、ほんとうに一緒にいけるのかと問いかける。


ほんとうに一緒に行けるんだよ、とウルヤは血と土で汚れた顔でくりかえし、ぎこちなくほほえんで、シガミの手をそっと握った。



鎧化症者の集団は、一人の元狩人を加えて、いずこかの深い山々へ姿を消した。

濃密な白い霧が視界を塞ぎ、あなたの耳にはそよ風の音しか聞こえない。

彼らの足跡を知るものは、北方の大地にそびえたつ山塊と荒海のみである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る