第100話 残り30分

 俺がマンションから出てしばらく歩いていると、カメラやメモ帳を持って俺の話をしている、いかにも記者のような人たちを見かけた。俺の足跡を嗅ぎつけるのが速すぎて驚いた。急ぎ足に離れたからバレなかったものの、顔バレしていたら声をかけられて話を聞きたいと迫られるんだろうな。


 今はそんな気分じゃない。


 帽子を深く被って電車に乗り込むと、男女のカップルが多かった。中には会社員も見かけたけど、昼間くらいの時間はデートをするカップルが多いんだな。でも同い年くらいの男子学生二人もいて、彼らは遥夏について話していた。

 今日のライブ、盛り上がりそうにないんじゃね。遥夏ちゃんのマネージャー捕まったらしいし、ライブどころじゃないって。遥夏ちゃんは捕まらないといいな。捕まらないっしょ、でもファンは減るかもしれないな。


「……」


 遥夏はこれからどうするんだろう。そんなことを考えながら、渋谷駅を降りてある場所に向かった。とても懐かしい場所に足を運ぶと、やっぱりカップルが多い。

 ここ、青の洞窟はクリスマスデートにぴったりのスポットだと思う。俺と遥夏も、高校時代に赴いた。ここで俺から告白して、返事をもらって、付き合った。今でも鮮明に覚えている。

 こんな道端に、人の邪魔になるのはわかっているのにも関わらず一人で立ち止まって、昔の思い出に深く浸った。



♦♦♦



 有沙たちは、立花に車を出してもらい、渋谷の青の洞窟に急いで向かった。今日はクリスマスだから人が多い。電車で行くと顔バレしてしまう可能性があったため、わざわざ車を出してもらった。


「ありがとうございます!」

「ありがと」

「ありがとう! 広樹さん!」


 はいよ~、律貴のこと頼んだよ。立花はいつものへらっとした笑顔を見せ、車の中から三人を見送った。


「律貴のことだから、大丈夫だと思うんだけどなぁ……」


 遥夏と板橋の関係を知っても立花はそこまで律貴のことを心配してはいなかった。


「青の洞窟ってどこ?」

「こっちじゃないですか?」

「反対! しずちゃんは方向音痴なんだからついてきて。ななちゃんはしずちゃんのこと見張ってて」

「勿論」

「ちょっ! そこまでがっしり掴まなくても迷子になりませんって」

「信用できない」


 有沙を先頭に青の洞窟まで急ぐと、まだライトアップされていないイルミネーションが目に入った。


「ここみたいだよ」


 三人は青の洞窟に来たことがない。今まで興味がなかったし、そもそもお出かけ先の候補にも挙がらなかったからだ。さっきとは違いゆっくり歩いて並木道を通ると、ポツン、と道の真ん中で立ち止まっている人を見つけた。三人は顔を合わせて、律貴だと気づいた。

 誰から話しかけようとか、何も考えずにとりあえず律貴に近づいた。そして、三人で律貴の背中を軽く押すと、力に任せて律貴は一歩前に出た。こっちを向いた時の顔は、目を大きく開いて驚いている様子だったけど、嬉しそうにも見えた。


「部屋にいないから探しに来た」

「電話くらい出てよね~」

「少し心配しましたよ」


 三人の顔ぶれをこうして見ると、嬉しかった。


「ごめんね。有沙たち、記事が出る前から遥夏ちゃんと板橋さんの関係知ってたんだ。でもリツさんに言わなかった」

「気にしてないよ。遥夏から俺に直接言わせるために、俺に何も言わなかったんだろ?」


 三人は優しいから、そうするだろうなと考えていた。


「俺が悲しんでると思った?」

「はい。幻滅はせずとも、ただ驚いて、少しだけ悲しんでるのではないかと」


 静音さんも、七瀬さんも、そして有沙さんも微笑んでいた。そのおかげで俺も笑顔をつくれる。

 俺は考えた。ここでずっと立ち止まって、そして答えを出した。俺が後ろを向く時代はもう過ぎた。

 少し自信にあふれた俺の目に気づいた七瀬さんは指摘した。


「今の律貴は弱々しくない」


 七瀬さんに嫌われていた頃を思い返すと、この子は俺の弱い部分をよく見てきた人だから、その言葉は信用できた。


「みんなのおかげだよ。本当に、ありがとう」


 俺たちは、立花の車に乗り込んで遥夏のライブ会場の近くまで向かった。今日はクリスマスだから、ライブ前にケーキを買って車の中で美味しくいただいた。

 その中で静音さんのお父さんの話になった。記事が出てすぐ警察に出頭したらしい。実刑は免れないんじゃないかな……。でも静音さんは悲しそうではなかった。当然だ、とでも言わんばかりの真っすぐな目だった。有沙さんはお父さんが捕まったことを喜んでいる。そんな二人を見た七瀬さんも嬉しそうだった。


「暇なら、私の家に来てもいいけど?」


 七瀬さんは、多分この二人に家に来てほしいんだ。空君もいるし、楽しく過ごせそう。

 ていうか、来てもいいけど?って……。


「行く!」

「明日から荷造りして住み込みます」


 未成年集団が……。


「明日が楽しみね」


 俺や立花が目の前にいるのに、七瀬さんは素直だった。成長したんだなぁ。

 時計を見ると、遥夏のライブが始まるまで残り30分。


 俺たちは会場に入り、VIP席に移動した。

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