第96話 デリカシーがない!

「ななちゃん、これ……!」

「よく、録音する気になったわね」


 有沙だったら録音なんて恥ずかしくてできない。遥夏ちゃんは相当辛いんだ……。だから最初から最後までしっかり録音されている。遥夏ちゃんに電話をかけると、出てくれなかった。しずちゃんと仕事中だから出るわけないのに、有沙たちは心に余裕が持てなかった。


「静音のパパに連絡いれた。ファイルも送ったらすぐに既読ついて、使えるって連絡きた。でももっと詳細がほしいから今度遥夏さんと対面する予定だって」

「そ、そう……」

「有沙、落ち着いて」

「落ち着いていられないよ! だって板橋さん、有沙のパパと同じようなことをしてるってことでしょ。同意の上じゃないけど、無理矢理してるんでしょ?」


 遥夏ちゃんは人間なのに。どうしてこんな風に扱うの。


「うっ」


 吐きそうになってきて、口元を両手で覆った。ななちゃんは心配するように有沙の背中を擦ってくれたけど、気持ち悪くて目まいがしてきた。


「今日のレッスンは休んで」

「……ごめんね。少しだけ横になりたい」


 ななちゃんがダンスレッスンを一人で頑張っている間、体調を崩して迷惑をかけてしまった。休憩室のソファに横になった。もう秋の終わりに近づいてるから、ちょっとだけ肌寒い。でも布団はこの部屋にはない。救護室に行けばいいけど、そこまでじゃないから我慢した。

 それにしても、いつからだろう。いつから遥夏ちゃんはこんな目に遭っていたんだろう。誰にも相談できなくて悩んでたんだろうなぁ……。


【お願いだからそれも使ってほしいかな。昨晩、私頑張ったんだ】


 本当に、頑張ったんだね。


(今日はアイメイクしてなくてよかった)


 メイクしてたら、涙で崩れちゃうもんね。

 一人で涙を流していると、急にドアが開いて誰かが入って来た。


「有沙さん!?」


 リツさんの声だ。


「なんでここに……」

「七瀬さんから連絡もらったんだよ。有沙さんが体調悪そうだって」


 大学はどうしたの?もしかして、有沙のために授業中なのに急いできてくれたのかな。もしそうだったら嬉しい。


「泣くほど気分悪かったのか」

「あ、これは……」


 リツさんは着ていたカーディガンを有沙の肩にかけてくれた。大きくて、温かくて、リツさんの匂いがした。


「熱は、なさそうだね」


 有沙のおでこに手をあてて体温を感じ取ると、ビニール袋を机の上に置いた。


「何買ってきたの?」

「冷えピタ、ポカリ、ゼリー」

「ゼリー食べた~い」


 袋からゼリーとスプーンを取り出すと、丁寧に開けてくれた。起き上がってゼリーを貰おうとした時、私の中の悪魔が働いた。


「食べさせて、リツさん」


 よくないこと。諦めるって決めた。応援するって決めた。我慢しないといけないし、本当は自分で食べられるのに甘えちゃう。でもリツさんは優しいから、ちょっと戸惑っても食べさせてくれた。


「美味しー」

「よかった。夜更かしでもして体調崩したの?」


 ななちゃんは、遥夏ちゃんのあのファイルのことをリツさんに話さなかったんだ。絶対、どこかで知ることになるから早めに言っておかないといけないけど、流石に有沙も伝える勇気がない。そもそも聞かせていいのかな。


「……夜更かしじゃないよー。ちょっと疲れただけだから」


 遥夏ちゃんに許可をとってから言おう。


「嘘が下手」

「!」

「ずっと一緒にいたらわかるようになってきた。なんとなくだけど、絶対今嘘ついた」


 ……ずるいなあ。


「言いたくないならいいけどさ」


 優しく笑って許してくれる。本当にずるい。こんなに素敵な人、世界中にいるだろうか。出会えるかな。


 もうこんなに素敵な人と会うことはない気がする。

 はああ、リツさんのせいで結婚できないかもー。


「リツさんのせいで有沙の悩みが増えました」

「悩み?」


 もう知らない。


「それより、しずちゃんのパパが記事を書いてくれることになったんだよ」


 パパの脱税の話をすると、凄く驚いていたし嬉しい顔をするのかなって思ったけど少し複雑な顔をしていた。


「お父さんが捕まるかもしれないけど、いいの?」

「いいよ。大っ嫌いだもん。あの人は罰を受けるべき」


 リツさんは優しいから心配してくれてるけど、有沙は構わない。血が繋がっているからって関係ない。本当はママも罰に遭ってほしいけど、ママはもう家にいないものだと思ってるから、どうでもいい。


 どうでもいいんだ。


「家にいれなくなったらななちゃんの家に住む」

「はは。それがいい」


 それに、有沙にはUnClearがある。リツさんもいる。パパが罰を受けて世間から信用を失って、有沙まで学校で虐めに遭っても怖くない。有沙にはみんながいるから怖くない。


「大丈夫。有沙は、大丈夫」


 キラキラした有沙の瞳を見たリツさんは、ちょっとだけ微笑んだ。


「うん。大丈夫。俺が生きてこれたんだ。きっと大丈夫」


 優しく頭を撫でてくれた。


(そういうところだよ……)


 リツさんがそのままだと、有沙は一生好きを諦められいってば。


「リツさんにカーディガン貸してもらった、って遥夏ちゃんに自慢しよーっと」

「自慢することでもないじゃん」

「遥夏ちゃんの嫉妬する顔見たいもーん」

「するかな……」

「するよ。遥夏ちゃん、子供だから」

「はは。嫉妬してくれたら嬉しいよ」



 フった人の前でそれ言っちゃう?



(ばーか)

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