第95話 マリオネットの逆襲

♦♢♦♢



 朝の8時__テレビ局



「遥夏」


 私の名前を呼んだ板橋は、イチゴオレを私に差し出した。収録の後だから、お疲れ様という意味でくれたんだろう。でも私は受け取らなかった。


「いらない。水が欲しい」

「珍しいな」


 いつもみたいに眼鏡をクイッとあげて、イチゴオレにストローをさして飲み始めた。


「次はドラマ撮影だ。移動するぞ」


 言われるがまま、駐車場に向かって車に乗った。鞄からスマホを取り出して画面を開くと有沙からメールが届いていた。その内容を見た時、自然と口を開けてしまった。


「板橋。今日空いてるっけ?」

「15時以降は空いてるぞ」

「夕食、一緒にとらない? 行きたいお店があるんだけど」


 すると、板橋はルームミラーに視線を向けて不審な目で私を見た。


「遥夏から誘うなんて珍しいな。いつもは私から誘うのに」

「限定スイーツが明日までなんだけど、有沙は空いてないみたいだから」

「なるほど。構わないが、いいのか?」

「……別に。慣れたもん」


 ははっ、と板橋は笑った。

 外でのドラマ撮影を撮り終わった後、気になっていたカフェに向かった。店内に入り、予約していた個室で席に着く。


「ん? 限定スイーツ、来月までじゃないか?」

「え?」


 板橋は私にメニュー表を見せた。


「あ、本当だ……。間違えてた」

「たまに抜けてるな。そういうところも可愛いが」


 夕飯を食べ終わった後は、車である場所に向かった。着いた場所は板橋が一人暮らしをしている一軒家だ。車から出て家の中に入ると、やっぱり綺麗だった。板橋は綺麗好きだから毎日清掃でもしてるんだと思う。私がこの玄関に置いてある花瓶を落として割ったら、顔色を変えて一生懸命に片付けをするんだろうね。


 割ってみようかしら。


「遥夏? 何してる。入っていいぞ」

「……うん」


 鞄にスマホが入っているのを確認して、板橋の背中を追った。寝室に入って電気をつけてくれると、二人用の大きなベッドが真ん中に設置してある。その近くには棚があるけど、それ以外何もない。ここは寝るための場所なの。


 そう、女の人と寝るための場所。私と寝るための場所。


 板橋はスーツを脱いでネクタイを緩めると、ベッドの上に乗っかり座った。


「ほら、おいで」


 私は、ベッドのそばに鞄を置いて布団の上にあがった。


「変なことはなかったか?」

「何もない」

「そうか。12月のアンクリとのモデル撮影とクリスマスライブも頼んだぞ。売上をあげて、私に奉仕するんだ」

「毎回それ言ってるけど、わかってるから……」

「愛してるぞ」


 他人の唇が、私の唇に重なった。





 夜中に目を開けると、板橋は完全に寝ていた。今日の板橋は威勢がいい。4時間も私を抱くなんて、調子が良すぎる。満足したら気持ちよさそうに寝てしまうから、本当に私のことを人形のように扱うわ。

 私はこっそり鞄からスマホを取り出した。イヤホンを耳にした後、スマホ画面を開いて、矢印をタップする。


(……うん。ちゃんと撮れてる)


 私はデータを保存して鞄の奥にしまった。


「ん、遥夏……」


 寝言で私の名前を呼ぶ。

 いつも板橋とこういう行為をした後はすぐに寝るんだけど、私はあまり眠れない。

 それは、どうしてもりつのことが頭に思い浮かぶからだ。

 りつと付き合って1年が経ったあのクリスマスの日。私の家で過ごしたけど、あの夜、私たちはこういう行為をしなかった。りつのことは大好きだった。だから私のすべてを受け止めてほしかったし、りつのすべてを受け止める覚悟で、あの夜ベッドにあがったのにな……。

 板橋にされたように舌を絡めたことなんてない。りつとはちょっとだけ唇同士を当てて、ゆっくり離して、二人で恥ずかしがった。





「り、りつ。ごめん。ちょっと怖い、かも」

「遥夏……」

「ごめんね」





 1年記念日のお泊り会は気まずい夜を過ごして終わった。

 あの時もりつは優しかったな。全然いいよ、って言ってくれた。遥夏に合わせるし、すぐにするものじゃないから、って。本当に優しくて、ちょっとだけ泣きそうになっちゃった。

 板橋とはまったく違う。りつは私と同じ道を歩んでくれるのに、板橋はいつも先に行ってしまう。私が嫌がることなんてお構いなしに身体を傷つけてくる。



(何が”愛してる”よ。が欲しいだけでしょ)



♦♦♦



 次の朝、有沙たちは学校を休んでラジオ収録をした。それが終わったらレッスンに戻るけど、しずちゃんは別の撮影があるからこのラジオ局でお別れする。


「遥夏さんとのクリスマス撮影があるので。また明日会いましょう」

「はいはーい。リツさんは?」

「今日は大学ですよ。平日ですから」


 よかった。今は会わないほうがよさそうだし……。


「有沙。電話きてる」

「はーい」


 ななちゃんに呼ばれて休憩室に行った。画面を見たら、遥夏ちゃんからの電話だったからすぐに出た。


「もしもし!」

『私だよ。元気そうだね』

「遥夏ちゃん。昨日のメッセージ見たよね」


 昨日、あるメッセージを送った。それは二年前の報道の真実を、しずちゃんパパが記事にしてくれることになったという朗報。でもそれだけじゃない。


『まさか、うちの社長が脱税してたなんてね』


 そう。その証拠はあの人の部屋にあった。いつも鍵が閉まっていて入れないあの人の部屋が開いていたから調査をした。そしたら本の裏に大量の札束を見つけた。あの人はケチな人だからきっと何か悪いことをしているだろうと思っていはいた。だから調査をしておいてよかったー。


「これでやっと……」

『まだ』

「え?」

『今送ったファイル、はやく保存しておいて』

「ファイル?」


 メッセージに送られたファイルを開くと、音声の録画だった。


『お願いだからそれも使ってほしいかな。昨晩、私頑張ったんだ』

「……うん。あとで聞いてみるね」


 電話を切った後、駐車場に行きタクシーの中に乗り込んだ。本当は車の中でイヤホンをして聞きたかったけど、他人がいる中で大切な話はできないから事務所でレッスン前に聞いた。


「……!!」


 遥夏ちゃんが送ってくれたファイルにあった音声録画を保存した後、すぐに聞くと、ななちゃんと二人で目を合わせた。

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