第94話 今日で最後にしよう

 遊園地の帰り、彼女たち三人をそれぞれの家に送った後に立花と少しだけドライブを楽しんだ。


「律貴。今日は一緒に過ごそうよ」


 もちろん賛成した。

 向かった場所は温泉だった。


「はー! 気持ちいい~!」


 ほぼ貸切状態と言っていいほど人の入りが少なかった。温泉に来ること自体が初めてだからちょっとだけ緊張した。


「律貴、温泉入ったことないっけ?」

「ああ。旅行したことないし、ほぼ家に籠って勉強してたからな。修学旅行も不参加だったよ」


 温泉ってこんなに気持ちのいいものなんだ。この広い空間にいるだけで心が落ち着くし、このまま身体が溶けてしまいそうだった。


「二人で貯金したらさー、旅行しようよ」

「いいね。立花とならどこに行っても楽しめそう」

「嬉しいこと言ってくれんじゃんかよ~」


 温泉を堪能した後は、車に乗り込んで二人で晩御飯を食べた。コンビニで買ったものだけど美味しかった。いつも自炊だから、久しぶりに食べるコンビニ飯は特別感がある。


「僕のパスタ。半分あげるよ」

「あ、じゃあ俺の蕎麦もどうぞ」


 仲良く半分こして食べあった。凄く美味しかった。友達と半分こして食べるごはんって美味いんだな。


「あと2時間で0時だ。次はどこ行く?」

「カラオケ! 久々に熱唱しようぜ」


 近くのカラオケ店に入って、朝までここで過ごすことにした。


「明日は喉潰れるな~」

「はは。日曜日だからまだいいよね」

「君が代いくぞー」

「おう」


 カラオケに来ると、立花は一番最初に国歌を歌う。俺は歌わないで、ただ聞いている。立花が歌っている間に俺は自分が歌う曲をピックアップしていた。


「見ろ! 律貴!! 99点!!」

「おおお!」


 前回は97点だったっけ。深夜テンションで盛り上がってるから点数上がったのかな。それにしても凄い。俺は歌が上手くもなく下手でもない凡人レベルだから立花には及ばないけど、90点は出せるほうだった。


「おっ! 最初から十八番か! 盛り上げてくるな~!」


 俺が十八番を歌っている間、立花は楽しそうに盛り上がってくれていた。ただ歌うだけで過ごさないカラオケは、友達と過ごすにはとても有意義だ。

 結局、4時まで歌っていた。おかげで喉が痛かった。


「あ”ー」

「ぶっ! はは。立花の声、怪物みたい」

「ははっ。今のはわざとだよ。喉潰れなくてよかったわー」


 車に乗って、立花は運転をし始めた。もう帰るのかと思ったら寂しい。でも車は家に向かわず、まったく別の場所に向かっていた。


「最後に寄りたいところあるんだよね」

 

 立花の声はやけに落ち着いていた。

 立花のよりたいところは海だった。浜辺に行くと誰もいなくて、二人で砂の上に腰を下ろした。毎年、立花とはここに来て遊んでいるんだ。でも今は車があるから移動が楽になったな。


「僕、の律貴と最後の日の出を見たかったんだよね」


 ……最後?


「え、それ、どういうこと。俺と、もうここに来ないってこと?」


 立花は首を横に振った。


の律貴とは最後」


 二度も言わせてしまったけど、今の俺ってなんだ。

 それについて立花は遠くの海を眺めながら教えてくれた。


「もう何かに怯えて生きる律貴と海を見ることはない」

「!」

「今までの律貴ってさぁ、過去を気にして、先が見えない顔で海見てたんだよ。自分でも少しくらい気づいてたっしょ?」


 気づいてはいた。立花といる時間は楽しかった。嫌なことを忘れられる唯一の時間だった。でも、この広い海を見ると自分の人生を考えさせられるんだ。この先、俺の人生はどうなるんだろう。そんなこと想像できないのに、無心に考えようとしていた。立花はそんな俺に気づいていたんだ。


「ごめん」

「謝らなくていいよ。そんな顔も、もうしなくて済むんだから」


 それは、どういうことだろう。

 聞く前に日の出が目に入った。少しずつ明るくなり、俺たちを照らした。


「海って、夜中だと暗くてよく見えない。でも朝になるにつれて遠くが見えるようになる。希望を与えてくれるみたいに僕たちを照らす」


 立花は俺に言った。


「もう過去に怯えて居座るのはやめよう。希望を請けて立ち上がるんだ」


 その言葉を聞いて、過去の記憶が一気によみがえった。両親に愛されず、期待され、裏切ってしまった過去。虐められて臆病な心から抜け出せなくなった過去。人を好きになった過去。全部が全部嫌な過去だったわけじゃないけど、今の俺は過去に囚われすぎて未来を考える余裕が欠けている。


「請けるだけじゃ物足りないな」


 俺は日の出に視線を向けて立ち上がった。


「掴みに行くよ。」


 いろんな人から助けられた。いろんな人から愛をもらった。

 一人だったら絶対に気づけなかった。一人だったらどんな人生を送ってただろう、いや、そんなこと考えるのもやめよう。



「俺は、今日を最後で最初の人生にするんだ」



 立花は嬉しそうに微笑んでくれた。

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