第93話 希っていた私の恋

 まさか、アイドルと遊園地に行く時が来るなんて思ってもいなかった。こんなのバレたらやばいことになるのに、大丈夫なのか?

 心配するように三人を見ると、有沙さんと目が合った。気まずそうに目を逸らされるかなと思ったらそんなこともなく、少し笑ってくれた。気まずくならずに済みそうだ。


「って、立花。俺も奢るの?」

「当たり前でしょ。僕一人じゃ破産するって」


 はは、俺も破産だな。


「あはは。遊園地に来るのは久しぶりです。よしっ、今日は思いっきり楽しみましょう!」

「はいはい。転ばないように」

「えー、ななちゃん乗り気じゃない~?」

「……観覧車とジェットコースターは乗りたい」

「全部乗るよ! 律貴さんと広樹さんも、早く行こう~!」


 先陣をきってくれた元気いっぱいの有沙さんを見て、みんなは自然と笑顔になった。入園したら、最初っからジェットコースターに乗らされた。コーヒーカップにも乗ったし、ゴーカートで競い合い、今度は最初とは別のジェットコースターに乗った。みんな絶叫系が好きだから楽しめたと思う。でもお化け屋敷は苦手な人が何人かいた。五人みんなで入るか、別れて入るか話し合いになった。立花は静音さんと入りたそうだったけど、静音さんは俺に提案した。


「律貴君。一緒にお化け屋敷に入りましょう」


 流石に立花の様子を伺ってしまった。急だし、どうして静音さんが俺を誘うのかわからなかった。


「私はいいけど」

「有沙も!」


 立花も、いいよ、と賛同してくれた。結局、俺と静音さんが二人で入ることになった。中は真っ暗だったけど、本物のお化けがいるわけじゃないから怖くなかった。静音さんは少しだけ怖そうに俺の腕にしがみついていて、小動物みたいだった。


「り、律貴君。絶対に先に行かないでくださいね」

「はは。行かないよ」


 もし先に行こうと思ったとしても、力の強い静音さんから逃れられることはできない。今だって掴まれている腕が結構痛いくらいだ。


「律貴君」

「ん?」

「私、律貴君のこと好きでした」


 ん?


「こんなところで、こんなタイミングで言うつもりはなかったんですけど……。私、いいムードで告白できないんです。緊張感があって、自分が自分じゃなくなるような気分になるので」


 いや、めっちゃ急じゃん。今の告白だったんだ。でも、好きでした、って過去形なんだ。


「今は、好きじゃないですからね!」

「う、うん(?)」

「でも伝えたかったんです。伝えたかっただけですから、お気になさらず」


 俺の腕にしがみついていた静音さんは、ゆっくり離れた。


「……遥夏さんとは、絶対に幸せになってくださいね」


 なんか、さっきから話がぶっ飛んでいる気がする。でも静音さんの子の姿は初めて見る。緊張すると頭の中がこんがらがって、少しだけ言葉足らずになるんだ。

 俺は返事をした。


「……はい。幸せになります」


 無茶苦茶怖い空間を二人で歩き進めた。扉の前で待ち伏せしているお化けを見た時はちょっとだけ怖くて、静音さんは腰を抜かしそうになりながらも頑張っていた。やっとお化け屋敷の出口になっているドアを見つけて、ドアのぶに手をかけて開けようとしたら、静音さんに腕を引かれた。


チュッ__


 俺の頬に柔らかい感触が伝った。しかしそれは秒で終わった。


「まったく、律貴君は罪な男ですよ」


 意地悪、とでも言いたいように舌をベッと出された。静音さんはびっくりしてその場で固まってしまった俺を無視して、ドアを開けた。


「何してるんですか? 行きますよ!」

「……はいっ」



♦♦♦



 ついに告白してしまった。告白する気はなかったけど、最後にどうしても伝えたかった。


(律貴君の耳、真っ赤だった)


 好きでした、なんて嘘に決まっている。すぐに諦められる恋をしていない。でもけじめをつけないと、私はいつまでも律貴君の恋を応援できない。本当は、遥夏さんとは疎遠でもいいんじゃないかって考えている自分がいた。そんなの嫉妬の他、何ものでもない。だけどその嫉妬も別に悪いものだとも思っていない。


 良い子になろうとしなくていい。

 でも、私はこの醜い嫉妬を背負って人を愛したくない。



♦♦♦



「はああ」


 まさか、二日連続で、しかもアイドルから告白をされた上にキスをされるなんて思ってもいなかった。最近の高校生は進んでるな……。

 立花たちと合流すると、立花が泣きそうになっているのを横目に有沙さんは笑っていて、七瀬さんは呆然としていたけどちょっと顔色が悪かった。有沙さんと静音さん、立花が次に乗りたいアトラクションを話し合っている時に、俺は七瀬さんに話しかけた。


「大丈夫だった? お化け屋敷」

「……怖かった」


 やけに素直。始めに比べたら素直になったなぁ。


「静音と何してたかは、あえて聞かないことにする」

「あ、ああ」


 思い出すと恥ずかしくなってきて、耳まで熱くなってきた。


「耳真っ赤。単純な人」

「っ」

「ねえ、律貴。お願いがあるんだけど」

「お、お願い?」


 七瀬さんのお願いというのは、そこまで大したことではなかった。


「またジェットコースター乗りますよ!」

「はーい!」


 最後は観覧車で締めた。そこで俺は立花に事情を話して、気を遣ってもらった。


「七瀬と律貴君が、二人で乗るんですか?」

「駄目?」

「いいよ~。有沙たちは三人で乗るから」

「またあとで会いましょう」


 有沙さんも静音さんもすんなり受け入れた。二人でゴンドラに乗りこむと、少し揺れて怖かった。高所恐怖症ではないけど、ゴンドラが高いところで止まったら、と考えるだけで怖くなる。


「なんで俺と二人で観覧車に乗りたかったの?」


 そんなお願い、容易いことだった。


「貴方といると落ち着く。何も考えなくていい」


 なんとなく、それだけが理由ではないように感じた。しばらくすると高い位置につき、その時に夕日が見えた。

 凄く綺麗で、ゴンドラがこのまま止まってくれるのも悪くないと思うくらいに堪能したかった。すると七瀬さんは口を開いた。


「私は、人に恋することが苦手だった」


 七瀬さんを見ると、切なそうに夕日を見ていた。


「その人のことを考えるだけで胸が痛くなる。その人とその人の好きな人が幸せそうな顔をしているところを思い浮かべるだけで、こんな感情知りたくもなかったって一人で傷心に浸る。一人が嫌いな私だから、余計に辛かった。

 でも、それでも悪くないって思えたの」


 七瀬さんの視線は、夕日から俺に向けられた。


「貴方のおかげよ。律貴」


 窓に差しこんだ夕日の光が、俺に向けて口角をあげた七瀬さんを横から照らした。それはとても綺麗だった。

 七瀬さんの言葉の意味を理解した俺は、七瀬さんと同じように口角をあげてこう言った。


「ありがとう。七瀬さん」



♦♦♦



「夕日綺麗だったね~!」

「そうね」

「気持ちよかったです!」


 帰りの時間になったら、遊園地を出て車に乗り込んだ。私たちは三人で後部座席に座って、今日の思い出を振り返った。でも途中で疲れが襲ってきてしまい、有沙と静音は眠ってしまった。でも私は窓の外を眺めながら、一人で干渉に浸っていた。


 私にとっての一番は、彼に私なりの告白をしたことだ。

 いつか、おばあちゃんが手紙に残してくれた言葉を思い出した。


【”ななちゃんにも、この人となら限られた一生を共にしてもいいと思える時がくるわ。おばあちゃんは応援してるからね!”】


 おばあちゃん、できたよ。私の最初で最後の恋ともいえる人。今目の前にいる、臆病だけど好きな人のためなら前進できるこの人となら、限られた一生を共にしてもいいよ。彼が私のことを好きじゃなくても私は好き。奪う隙があればすぐにでも奪いに行きたいくらい大好き。

 でも、今は奪いに行こうとは思わない。これは彼のことが好きじゃなくなったからじゃない。



 この気持ちが、律貴が遥夏さんに向けている情と同じ名前だとしたら。


 私は彼を愛している。

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