第92話 無傷で人は愛せない

 無理矢理、俺の首に手を回されひかれたと思ったら有沙さんの口に俺の口が当たっていた。事故じゃない、わざと。

 すぐに口から離したのにまた俺にキスをしようと引き寄せてきたから、有沙さんの顔から逸れて布団に向けて顔を持って行った。

 こんなことよくない。

 あのさ、と俺から話を切り出すと有沙さんは口を挟んだ。「わかってるよ。わかってる。わかってるけど……」混乱しているように聞こえる。俺は、首に巻かれていた腕をほどいて有沙さんの顔を見た。


「律貴さんのこと好きなんだもん」


 泣いていた。少しだけ涙を流している。


「報道の事実をみんなが知ったら、律貴さんはもう私たちに構ってくれないかも。バイト、辞めちゃうかもしれない」


 大きな雫が彼女の両目にたまり、溢れた。


「そんなのやだよ」


 有沙さんは両手で目を隠して泣いた。

 嫉妬。独占欲。そんなの恋愛にはつきもので、余計なものだ。

 有沙さんは俺が遥夏を愛しているのと同じくらい俺のことを好きなのかもしれない、と考えたら悲しむ気持ちもわかる。俺は遥夏と別れたくなくて、車の中で手を出そうとした。これと同じだ。離れて行ってほしくない、でも、もう自分を見てくれないと思ったら独占欲がわく。だから有沙さんは俺に迫った。

 だけどこの子は勘違いをしている。


「遥夏のことは好きだ。でも、有沙さんたちと関わらなくなる理由にはならない。バイトだって辞めない」


 泣いている顔を隠している手を少しずらして有沙さんと目を合わせた。


「UnClearが俺の居場所を作ってくれた。三人のおかげで俺は明日が好きになった」


 また零れそうになった有沙さんの涙を指ですくう。


「俺は三人がUnClearを引退しても、ずっと支えるつもりだよ」


 ずっと前からそう考えていた。決断したのは最近だけど、この気持ちは変わらない。


「有沙さんの気持ちには応えられないけど……」

「ありがとう」


 嬉しそうに笑ってくれて、それだけで安心しきってしまった。この後、有沙さんは泣き疲れたのと、俺が離れていかないことに安心したのかぐっすり眠ってしまった。明日の朝には目元がむくんでいるんじゃないかな。


「ありがとう。有沙さん」


 次の日の朝、予想通り有沙さんの目はむくんでいた。マッサージをして浮腫みを解消していたけどまだとれていない。朝食をとった後は身支度をして家に帰る準備をした。


「ありがとう、律貴さん。……昨日はごめんね」


 キスしてごめんね、って意味だよな。その謝罪にどう応えていいのかわからなかったから、よくないけど軽く話をずらした。


「今日はゆっくり休みな」

「うん。また連絡するね」

「ん。またね」


 マンションの出入り口まで行き、姿が見えなくなるまで見送った。その時に電話がかかってきた。立花だ。

 「もしも……」『律貴! メッセージに送ったニュース見ろ!』電話に出るなり大きな声でそう言われ、メッセージを開いて送られたURLをタッチすると、ニュースの画面が開いた。


【加藤遥夏 クリスマスライブ開催決定!】


 ああ、なんだ。


「立花。良いニュースじゃんか」

『内容読んだか?』


 読み進めると、曲の最後に重大発表があると書いてあった。


『SNSではアイドルを辞めるんじゃないかって話が出てる』

「なんで辞めるなんて話でてくるんだ? 海外進出って可能性もあるのに」

『それがさ。最近、仕事に集中できてないらしいんだよ。ラジオでもボーッとしてるし、歌番もダンス間違えるし。だから、もしかしたらそういう説もあるんじゃないかって』


 そうだったんだ。もう遥夏の番組は見ないようにしていたから知らなかった。


『アイドル辞めて何するんだろうな』

「辞める前提やめような。まだわからないんだし」


 遥夏は辞めることはできない。板橋さんがいる限り、絶対に。となれば重大発表は海外進出な気がする。海外にまで行けば莫大な利益を得られるからな。


「教えてくれてありがとう」

『やけに軽いじゃん』

「まあな」

『今日空いてる? ドライブしよ。俺が連れてくから』

「行く、行く」

『もう駅前いるから来てね~』

「うん。すぐ行く」


 財布とスマホを手に駅前へ行くと、立花の車が止まっていた。窓をノックしてお互い顔を確認した後に相席に乗ると、後部座席からお菓子の匂いがしたから後ろを見ると、変装した静音さんが乗っていた。


「おはようございます」

「お、おはよう」


 静音さんはポテトチップスを食べていた。


「どうしたの? ドライブって、三人で?」

「七瀬ちゃんと有沙ちゃんも今から来るよ。息抜きにさ、僕がいろんなところ連れてくから楽しんでよ」


 優しいな。昨日の今日で息抜きってのもあれだけど、彼女たち三人からしたら学校帰りにレッスンがあるだろうに、俺のために時間を割いてくれてたりもした。疲れていて遊ぶ余裕がないから、外に出してあげようってことか。

 しばらくすると有沙さんと七瀬さんが二人でやって来た。


「おっはよーう!」

「おはよう」


 しっかり変装してるけど服装はお洒落。流石、アイドル兼モデル。ていうか三人とも、出会った頃に比べて美意識が上がったというか、化粧も前より雰囲気良いし、尚大人っぽく見える。垢ぬけるっていうのはこういうことか。


「ねー。どこに連れて行ってくれるの~?」

「めっちゃ楽しいとこ! 出発進行~!」


 テンション高い。楽しいところと言ったらあそこしか思い浮かばないな。

 車に揺られること30分。



「僕らのおごりだよ! みんな楽しんでって~!」



 着いた場所は、本当に誰もが楽しめるような場所__遊園地だ。

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