第91話 攻めてこそ有沙

 立花はバイトがあるからと帰った後、月菜先輩とUnClearの三人の五人で俺のマンションに向かった。部屋の中に異性が四人もいると慣れない。

 でもお茶を出すとすぐに本題に入りだした。


「先ほど、三人で考えたんです。私の父に頼んで真実を報道しよう、と。それが一番解決に近いから」


 確かに解決に近いけど、証拠がないのに報道できるのかな。

 そこで、月菜先輩が口を挟んだ。


「あたしが良い土産物を持ってきた」

「土産物?」


 それを出したのは、七瀬さんだった。鞄から取り出して机の上に置いたのは、USBメモリだ。


「……もしかして月菜先輩。録音していたんですか?」

「ああ、そうだが」


 ええええ。これ録音したのって1年以上前なのに、ずっととっておいたってこと?


「使う気はなかったんだが、使う時が来たようだから今朝用意したんだ」

「これを使えば記事を書ける。しずちゃんのパパにお願いできたら、なんとかなる」

「土下座してでも書かせてもらいます」


 絶対その作戦だけは無理だと思っていたのに、この子たちが覆してくれた。


「っ、ありがとう。ありがとう……」


 泣くのを我慢しながら感謝の気持ちを伝えた。


「まだ記事は通ってないからね~?」

「大丈夫ですよ。私の願いなら聞いてくれます。父だってとても反省していますから、律貴君のために動いてくれるはずです」


 そうだ。まだ世の中に記事が回ったわけじゃない。ここで調子に乗って喜んだら、あとあと痛い目を見るかもしれない。


「貴方は愛しの元カノに伝える言葉だけを考えればいい」


 七瀬さんはふてくされながらそう言った。


「ななちゃん機嫌悪いね~?」

「悪くない」


 その様子を見た月菜先輩は俺の背中を叩いた。めっちゃ痛い。


「羨ましいぞこの野郎」


 本気で俺のことを潰しにきそうな声で囁かれ、悪寒が走った。


「羨ましいって、何がですか……」

「まったく。そんなこともわからんのか、馬鹿者」


 この後、静音さんはお父さんに話をしに急いで帰った。月菜先輩も日菜さんに会いたいからと帰っていき、七瀬さんも続いて帰った。残ったのは有沙さんだ。


「帰らないの?」

「もうちょっとここにいたーい」


 俺のベッドに飛び込んでゴロゴロしていた。


「夕飯作るけど、食べる?」

「えー? 泊まっていいの?」

「それは……」


 駄目、って言いたかったけど、有沙さんの家のことを聞いてしまっているから気遣ってしまう。


「駄目、って言わないと。遥夏ちゃん以外の女の子は泊められないでしょー?」


 冷蔵庫から夕飯の材料を取り出している時に、俺は考えた。よーく考えた。


「あ! 有沙も手伝うよー」


 腕まくりをして、水道で手を洗い始めた。


「泊まる?」

「……え?」


 有沙さんと目が合うと、凄く気まずくなった。

 俺なりに考えたつもりだ。でも有沙さんは家に帰った後、お父さんが女の人を連れているかもしれないし、一人で一夜を過ごすことになるかもしれない。どちらになるかはわからない。でもどっちにしろ有沙さんにとっては嫌なことだ。この子は一人が嫌いなんだ。


「泊まってもいいよ。どうせ明日は休日で、バイトもないし」

「……私、何するかわからないよ?」


 タオルで拭いた手を、俺の手に絡めた。

 まずい予感がした。このままだと有沙さんのペースに呑まれてしまう。でも俺は自分の意思に負けず、その手からゆっくり離れた。


「俺が遥夏のことを好きだって知ってるうえで、何かできるの?」


 意地の悪い言い方だと思う。挑発するようなことを言っている自覚はある。しかし有沙さんにはこうでも言わないと駄目な気がした。


「お風呂入ってきまーす」


 有沙さんが浴室に行った後、俺は腰を抜かしてその場に座り込んだ。「はぁ」息を漏らして、緊張をほぐした。

 以前から俺は有沙さんに好かれているんじゃないかと思う節はいくつかあった。でも完全に惚れられているわけではないと感じていた。遊ばれているだけ、俺がからかいやすいからいじってくるだけだと思っていた。でも今のはさすがに、今までの考えが勘違いだったと思わざるを得ない状況に達していた。

 有沙さんが風呂から出るまでに夕飯の支度をした。野菜炒めや味噌汁をつくっている最中に、有沙さんが風呂から出る音がして、部屋中にシャンプーの匂いが漂った。


(男子と女子じゃ、風呂の後の匂いが全く違う)


 なにが違うんだろ。


「律貴さーん。洋服貸して~?」


 声が近くから聞こえて視線を向けると、タオルを身体に巻き、髪の毛をタオルでくくっている有沙さんがいた。すぐに目をそらしたからセーフだよな?


「適当に着ていいよ」

「勝手に触っていいの?」

「うん」


 はーい、と服を取りに向かうと視界からいなくなった。


「はぁ」


 小さいテーブルに食事を並べると、有沙さんはちょうど髪を乾かし終わり、こっちに来ていた。

 いつも髪を巻いているのに今はストレートだから、いつもと違う。清楚な感じがして、可愛い。


「わ~! 美味しそう! 料理男子だね~」

「ありがとう」


 いただきます、と野菜炒めを口に運ぶと、有沙さんは美味しそうな顔をしてくれた。凄い嬉しくて、いつもよりごはんが美味しく感じた。


「服、結構大きいんだね。短パンとかなーい?」

「半ズボンならあるよ」

「それ着たいから、後で出してもらってもいい?」

「あれ、なかった?」

「見つからなかった~」


 じゃあ今、何履いてるんだ?


「だから今、履いてないんだよね~」


 ん?……え、えええ!?


「早く言ってよ! 今すぐ出すから」

「後でいいよ」

「寒いだろ。足冷やしたら浮腫むし、アイドルなんだからそういうところ気を遣わないと」


 すぐに半ズボンを出して有沙さんに渡した。


「……ありがとう。食事中なのにごめんね」

「いいよ」


 それに、気が散ってしまう。まさか下着状態でズボンを履いてないなんて思いもしなかったし、気づかなかった。


「有沙に欲情した?」

「してない」


 あはは、と愛想笑いをされた。

 有沙さんがテレビを見ている間に、俺はすぐに風呂に入った。女の子の匂いが充満していて恥ずかしくなり、すぐに風呂から出た。有沙さんの様子を見に行くと、テレビのリモコンを手に、ベッドに横たわっていた。

 顔を覗くと、目を閉じて眠っている。


「……せめて布団に入って寝ような」


 どうにかして布団を被せようと、有沙さんを一度起こして移動させようとした。肩を擦って名前を呼ぶと、実はうっすら起きていた有沙さんは俺の手を思いきり引いてきた。そのせいで有沙さんの上にかぶさるように乗っかった。流石に手の力を使ってるから直接乗っかることはなかったけど、かなりぎりぎりまで乗っかってしまった。

 目の前に、ニヤッと口角を少しだけあげて俺を見ている有沙さんが映る。



「有沙さ……」



 彼女の名前は、唇でかき消された。

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