第89話 俺は恵まれたんだ
三人を家にいれると、有沙さんはベッドに座り、静音さんと七瀬さんはベッドの前にある机の前に座っていた。始めに話を切り出したのは静音さんだった。
「広樹君から全部聞きましたよ」
……ああ、そういうことか。俺のことを心配して追っかけてきてくれたんだ。優しいな。
「遥夏のことを考えないようにしたかった。遥夏が前に進んでるなら、俺も進まないといけない」
それ以外にどうしていいのかわからなくなってしまったから、女の子で忘れようとした。自分から誘うことはなかったけど。
すると七瀬さんが立ち上がって俺の目の前に立った。
「進まないといけないって、誰がそんなこと決めた。ちょっとは変わったと思ったのに、なんにも変わってないじゃない」
その一言に少し苛立って、無意識に七瀬さんの腕をつかんだ。目の前にいる七瀬さんが遥夏に見えた。別れを告げたあの車内で離してしまった手と重なる。小さくて、冷たくて、柔らかい。
「じゃあどうすればよかった? 無理にでも引き止めて、何をしてでも俺のものにしようとすればよかった?」
少しだけ強く腕を握ってしまった。
「そんなことしたって、遥夏は幸せになれない!」
大きな声を出すつもりはなかったのに、耐えきれなくなっていた。すると七瀬さんは俺以上に怒鳴った。
「遥夏、遥夏って、やかましいのよ! いい加減にして! 律貴は遥夏さんのことしか考えてなさすぎ! 自分の幸せはどこにあるのよ!」
「っ、遥夏の幸せが俺の幸せだ!」
多分、今のでわかったと思う。俺は遥夏が好きすぎて依存してる。一度、愛する人が離れただけでここまで壊れるくらい俺は弱いんだ。
「少しくらい自分の気持ちを優先してもいいじゃない」
ちょっと苦しそうな声だった。
「律貴の幸せは律貴のもの。誰のものでもない。離れたくないなら近くにいればいい。律貴は幸せのために、2年以上も遥夏さんを追ってきたんでしょ。こんなところで諦めないで」
俺の幸せは、俺のもの……。
「でも、どうしたらいいのか……」
「頼りなさい、よ!」
「いっ!?」
思いっきり俺の背中を叩いてきた。痛い。微妙に痺れる。
「貴方一人でできることじゃないでしょ。私たちを使えばいいじゃない」
「使うって、そんな嫌な言い方……。それにどう頼ればいいのかわからないし……」
あはは、有沙さんは笑っていた。
「それ、律貴さんが言っちゃう? 律貴さんだって女の子利用して遥夏ちゃんのこと忘れようとしたじゃーん」
「うっ。それは、そうだけど……」
静音さんはため息をついた。
「助けて、って言うだけでいいんですよ」
「それだけで、私たちは貴方のために動く」
その目は真剣だった。
「なんで、危険なのにそんなこと言ってくれるの? 三人だって脅される可能性があるかもしれないのに」
有沙さんは俺の両頬に手を当てた。
「律貴さんのこと好きだから」
顔の距離が近くて、息を止めそうになった。でも、有沙さんの言葉に胸が温かくなった。
「甘えてって言ったでしょ。……忘れちゃった?」
ああ、そうだ。文化祭の時、あの学校のあの図書館で有沙さんは慰めてくれた。忘れかけていたけど、凄く鮮明に思い出した。
【有沙、律貴さんのこと好き。だから有沙の前では甘えてほしいなー】
今、目の前にいるのは有沙さんだけじゃない。静音さんと七瀬さんもいる。この三人と出会えてよかったと思うことは何度もあった。幸せだと思うこともあった。
でも今、本当に恵まれたと確信した。
その途端泣きそうになった。でも我慢できなくて、涙をこぼした。そして弱音を吐いたんだ。
「助けて、ほしい」
目の前にいる三人は、笑顔で頷いた。
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