第87話 女遊び!? 調査開始

「え? お別れ、したの?」


 俺はアンクリの休憩室にいる。三人に、着物撮影が終わった後に遥夏と別れてきたことを伝えると目を点にされた。


「納得いかない」

「それでいいんですか? 本当にこんな別れ方で、いいのでしょうか」

「……あ。俺、もう仕事の時間だから」

「そんなのいいよ!」

「駄目だよ。仕事は仕事だから」


 とにかく今はこの話をしたくない。


「有沙は、こんなことで諦める律貴さんじゃないって信じてる」


 三人が出ていって一人になったら、すぐに仕事と向き合った。


「……」


 そりゃ、こんなことで諦めたくないに決まってる。どうして俺たちの人生を俺たちで歩めないんだ。こんなの間違っている。

 でも遥夏が望んだことなら、これ以上しつこく迫っても変わらない気がした。俺が愛情を伝えたところで遥夏は応えられない。アイドル活動をしている以上俺にとやかく言う資格はない。これは、遥夏が選んだ道だ。


 俺は一度、彼女を忘れたくなってきた。



♦♢♦♢



1週間後__


「大ちゃん。今日はリツさん休みー?」

「今週は全部休みだぞ」

「え? どうしてですか?」

「さぁな。失恋でもしたんじゃね? なんつってー」


 デリカシーのないことを口にした大ちゃんに、ななちゃんは膝蹴りをした。すると痛そうに足を擦り始めた。


「ってぇ! なぁにすんだよ七瀬!」

「足が滑った。……あの人、来週は来るでしょ?」

「……多分な。体調悪いって言ったっきりなんだよ。圭さんなら何か知ってると思うけどな」


 練習が終わった後、有沙たちは三人で社長室に行った。ノックをして中に入ると、息子の広樹さんも一緒にいた。広樹さんはソファに寝転がってくつろいでいたけど、二人で真剣な話をしていたような雰囲気だった。


「おっ。三人そろってどうしたの? ごめんね、息子がソファを占領しちゃってて」

「久しぶり! いやー、フェスのおかげで今や大人気アイドルだね。今日もレッスン? お疲れ様~」


 広樹さんは社長の圭さんと性格が似ている。父親譲りの顔。明るくて、誰にも壁を感じさせない小学校の先生みたい。


「広樹君なら何か知っているかもしれませんね」

「そうね」


 しずちゃんとななちゃんが二人でコソコソ話していたけど、耳のいい広樹さんはすぐに勘づいた。


「律貴のこと?」


 圭さんが仕事でこの社長室を出て行くと、四人になった。有沙たちはソファに座って、社長の席に移動した広樹さんと顔を合わせた。


「律貴がさぁ、女遊びするようになったんだよね」


 一瞬、言葉を疑った。何を言っているのかわからなくなって状況をつかむのに時間がかかった。

 女遊びって言ったの? あの律貴さんが? 遥夏ちゃんしか見えてなかった律貴さんが女遊びってどういうこと?

 でもよく考えたら、そうなってしまうのもわかるかも……。


「遥夏ちゃんのこと、できるだけ忘れたいんだね」

「おっ。流石有沙ちゃん」


 現実から離れたいから第三者を利用する。

 普段の律貴さんならそんなことしないけど、相当心に傷を負ってるならやりかねない。


(人間って、不思議な生き物)


 しずちゃんは心配するように焦っているはずなのに、冷静を装うとしていた。元々冷静な子だから、状況判断をしようとしていた。


「女遊びって、具体的にどのようなことをしているのでしょうか」


 ななちゃんも、自分では涼しい顔をしている風に見せてるんだろうけど、険悪に寄せられた眉間は隠せていない。


「本当につらかったんだなぁ。遥夏ちゃんと別れてからの律貴、まじで無でさ……」



「中村くーん! 広樹も! 今日暇でしょ? 飲み行こうよ」

「駄目でしょー。俺ら未成年だしさぁ」

「お酒は飲まなくていいから。お願い!」



「無理に誘われて困ったんだよね。僕は構わないけど、律貴はそういうの嫌いだから絶対断るって思ったんだけど……」



「あー僕たちは……」

「いいよ」

「ふえ?」

「いいよ。行こう」


 律貴は返事を断らなかった。



「え!? 律貴君が? 本当にそう言ったんですか?」

「そー。槍でも降ってくるかと思ったよ。はは」

「それで、居酒屋で何したわけ」

「男女4人ずつで楽しんだよ。でもその場にいた女の子、みんな律貴のこと気になっちゃったみたいで、連絡交換してた。それからよくその子たちと二人で遊びに行ってるみたいだよ」

「なんで周りの子は律貴を気になっちゃったの。あの人、失恋で落ち込んでるじゃない」


 広樹さんは後頭部に手を添えた。


「ほら。律貴って優しいじゃん?」


 サラダをみんなに振り分けてあげたり、誰かが零した飲み物を拭いてあげたり、些細なことに気を配っていたら気になられたみたい。律貴さんらしいけど複雑だなぁ。


「でも、飲み会にいた女の子たちだけじゃなくて、他の女の子からも声かけられるようになってるんだよね」


 飲み会にいた女の人が大学内で律貴さんの話をしていたら、周りの人たちも気になり始めた、ってところかな。


「でもでも、律貴さんの名前みんなに知れ渡ったらまずいんじゃない? 報道のことだって覚えてる人いるかもしれないし」

「そう言ったんだけど、”もういい”って言われちゃった」

「それ、ばれても構わないってことですよね」


 なんでそんな無神経な……。傷つきすぎてもうどうでもよくなった? また一人になるかもしれないリスクがあるのに、それでも自分のことはどうでもいいって言うんだ。


「今日も約束あるみたいだよ。そこの商店街で食べ歩きするんだって」


 この後、しずちゃんは家の用事で行けなかったけど、ななちゃんと二人でその商店街に向かった。もういないかもしれないけど、近所だから探しに行った。


「いる?」

「んー。あ、あれじゃない?」


 律貴さんはふわっとした可愛い女の人と二人でたこ焼き屋さんに入って行った。


「有沙たちも入ろう? お腹空いてるしー」

「うん」


 店内に足を運ぶと、奥のテーブル席に二人は座っていた。個室みたいになってて、壁で仕切られているから有沙たちが隣のテーブルにいても気づかないと思う。だから隣のテーブルに、ななちゃんと二人で座り、注文してから耳を後ろの壁にあてた。


「有沙たち、ストーカーみたーい」

「別に、繰り返しつきまとってるわけじゃないからストーカーじゃない。これはあの人を、……保護するため」


 何のために保護するの?

 そう言えば、ななちゃんの律貴さんに対する気持ちが聞けたと思う。好きだから、他の女の人に利用されたり、騙されたり、付き合ったりしたら困る。そういう、恋情の気持ちが聞けたんじゃないかなぁ。


 でも、ここでは聞かなかった。

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