第84話 2日ぶりの再会
俺は事務所に行って、事務仕事をした。明日は七瀬さんと遥夏の着物撮影に向かう。でも行くか迷ってしまっていた。
「……はぁ」
あんなに辛そうな遥夏、初めて見た。明日会ってもどんな顔して、何を話せばいいのかわからない。遥夏は自分のせいで俺が嫌な人生を送ってきたって言ってる。別に遥夏のせいとは言わないけど、俺たちが出会わなければこんな結果にはならなかった。
でも、だからって遥夏が自分を攻めることでもないよな。そもそも俺の父さんが板橋さんに攻撃的なこと言うから板橋さんが怒って、こんなことになったわけだし。
「……」
でも父さんは、板橋さんに謝る気なんてまっさら無いよな。そもそも俺は父さんと縁が切れてるようなものだし。
「律貴さん!」
俯いていた顔を上げて横を見ると、有沙さんや七瀬さん、静音さんがいた。ノックしてたみたいだけど、まったく気づかなかった。
「あの人と、どうなったの?」
遥夏とどうなったのか、という話だ。
「……進展はないよ。これからも、ないかも」
心苦しい。
「遥夏は俺と前のような関係に戻る気はないんだ」
あったことをすべて話すと、ちょっとだけすっきりした。
「やっぱり、遥夏ちゃんは板橋さんに何か言われてるのかなぁ」
「……苦しそうだったから、そうかも。板橋さんと何かしら約束してるんだ」
七瀬さんは黙っていたけど、しばらくして口を開いた。
「明日も何かしら話す予定はあるでしょ? 板橋って人、会議に出ないといけないから来ないそうだし」
「……うん。そうしたいけど、何話せばいいのかわからなくて」
「なんでリツさんと元の関係に戻れないのか聞いてみたらー? 聞けないなら有沙が聞くよ」
「あ、いや、それはいいよ。俺が聞く。そうだね、それ聞かないと……」
有沙さんたちにアドバイスをもらってばかりで申し訳ない。そんな時に静音さんは俺の背中を撫でた。
「落ち着きましょう。遥夏さんに拒絶されて放心しているせいで、頭の中が整理できていないんですよ」
うう、優しい。
「とりあえず明日は遥夏さんに、元の関係に戻れない理由を聞いてみましょう」
そして次の日、俺は七瀬さんと車で撮影場所に向かった。今日も大智さんは先に現場に行っている。
「七瀬さんって、着物は着ない?」
「小さい頃なら着たけど、今は目立つから着ない」
ああ、そっか。アイドルってそういうリスクもあるんだった。
「律貴は、着ない?」
「うん。俺は着たことないな」
可愛がられた時はあったけど、そんな時間があれば勉強させられる。
「着てみたいなーとは、思うよ」
「……ふーん、そう」
少し早めに現場に着いたけど、スタッフは来るのが早かった。神社を貸切るって凄いよなぁ。紅葉が舞っているのを見て、秋を感じた。七瀬さんには秋がピッタリだから、撮影が楽しみだった。
「アンクリの青葉さん入りました!」
「加藤遥夏さんも到着しました!」
遥夏のいる方向を見ると、こっちに向かってきていて、七瀬さんの目の前で足を止めた。
「今日はよろしく。七瀬さん」
「よろしくお願いします。遥夏さん」
なんだか、二人の間にバチバチに電気が走ってるように見えるのは俺だけかな。
挨拶を終えると、2人は着替えや化粧をしに近くのレンタル屋に入り込んで着替え場所を借りた。俺はその間清掃でもするのかと思ったら、2人について行ってほしいと言われたから、2人の後をおった。
「貴方、仕事は?」
「2人についてほしい、って言われたから」
「……そう。いいって言うまで私の着物姿見ないでよ?」
「ええええ、それだと確認できないよ」
「いいから。……あとでのお楽しみ」
ああ、そういうこと。
「わかった。楽しみにしてる」
七瀬さんはどの色も似合うな。でも有沙さんは下着の撮影とかで紺色だったから、もしかしたらアンクリのイメージ色に合わせて暗めの色にするかも。そしたら遥夏もそんな感じか。黒とか着てきそう。
化粧も含めて20分くらい経った頃に、七瀬さんはようやく合図をくれた。
「見ていい」
後ろをむいた。
「!」
赤色の着物だ。予想とだいぶ違って驚いた。白っぽい帯を巻いている。髪型はハーフアップにしていて、いつもより赤みの強い口紅は大人っぽかった。
「……感想は?」
「き、綺麗だよ」
七瀬さんを直視できない。
「もっと、何かないの?」
どう、言えばいいんだろ。
「高校生に見えない。俺と歳が同じか、ちょっと上に見える。大人っぽいよ。よく似合ってる」
「……遥夏さんと、どっちが可愛い?」
まだ遥夏のほうを見てない、と思って見てみたら、俺の真後ろにいた。ちょうど着替えが終わってカーテンから出てきたところだった。
紫色の着物で、凄く上品だった。前髪はわけてあって装飾品は花を耳にかけただけ。七瀬さんと違って、少し紫がかっているけど目立たない口紅を使ってる。
心臓がバクバクして、目を離せなかった。
「……?」
俺がずっと見ていたことに気づいた遥夏と目が合うと、すぐにはそらされなかった。数秒目が合った状態だったけど、スタッフに呼ばれた遥夏はそっちに顔を向けた。
「彼女の方が可愛いのね」
七瀬さんは拗ねていた。
「ふ、二人とも可愛いよ。綺麗で、上品だよ」
それでも遥夏から目が離せなかった。近くにいればみてしまう、うっとりするほど美人だ。
(俺、あの子と付き合ってたんだよな)
撮影場所の神社に行くと、全員が着物をまとう二人を見た。俺もずっと見てしまったけど、流石に仕事に支障がでそうだったから、あんまり見ないように頑張った。
「リツ。可愛いな、あいつら」
大智さんは夢中で二人を見ていた。
「そうですね」
抱きしめたいぐらい可愛いです。
「よーっし! 気合い入れて撮影するぞ!」
撮影陣はやる気で充ちていた。七瀬さんと遥夏は自分の魅せ方をわかっているから、1枚撮っただけでもう十分綺麗だった。
休憩中でも、木になっている紅葉を眺める二人は、まだ撮影中のような雰囲気を漂わせていた。自然にしているだけなのにこんなに魅力的なんて、凄いな。その時、俺は喉が渇いたからいちごオレを飲んだけど、七瀬さんも喉が渇いてると思って飲みたいものを聞いた。
「七瀬さん。なにか飲みたいものある?」
「それがいい」
それ、の意味を言わずに俺の手からいちごオレを取りストローをくわえた。
「人たくさんいるから駄目だって……!」
「もう遅い。これは私のもの」
困るけど、なんかこういうのも慣れてきたかも。
誰かに見られていないかと周囲を見ると、少し遠くにいる遥夏とばっちり目が合った。すぐにそらされたけど、もしかして今の見てた?
「あの人と、車内で話すのは難しいんじゃない?」
「そ、そうだよね。今日は別の車で来てるから、帰りもそっち使うだろうし」
でもせっかく会えてるんだから、どこかで声をかけたい。昨日は怖気付いてたけど、みんなに勇気をもらったんだ。絶対無駄にはしない。
「上手く時間つくって、頑張ってみるよ」
「……変わった」
「え?」
「ちょっと、強くなったんじゃない?」
よくわからなかったけど、ディスられていないことはわかった。
「七瀬! お疲れさん」
「大ちゃん」
「粗方撮り終わってるけど、監督さんが食べてるところを撮りたいそうだ。屋台に入るぞ」
和菓子かな。
「リツ。七瀬のこと支えてやってくれ。俺は加藤遥夏さんのほう支え……」
「大ちゃんが私を支えればいい」
「七瀬さん……」
「私は大ちゃんでいい。貴方があの人を支えなさい」
七瀬さんが舟を出してくれた。俺はお言葉に甘えてそうすることにして、遥夏のもとに行った。すると、こっちを見て不思議な顔をした。
「なに?」
「食べ物の屋台に移動するって。……俺が、遥夏のこと支えることになった」
俺は腕を出した。
「……一人で行ける」
遥夏は俺を無視して歩くと、小さい石に少し足を引っかけて転びそうになった。
「!」
グッ!
急いで遥夏の腰に手を回して抱き寄せ、体勢を整えた。怖かったのか、冷や汗をかいている。
「ほら、危ないからさ」
遥夏は少し躊躇っていたけど、俺の腕に手を添えてくれた。
「行こ」
こうして歩くのも、仕事だからできるんだよな。それでもこうして隣を歩けるのも嬉しい。
言いたいな。着物が似合っていて綺麗だって。でも他のスタッフがいる中で言えないから、ずっと黙っていた。
「足痛くない?」
「うん。大丈夫」
屋台の中に入ると、もうスタッフが撮影準備を始めていた。お店の人が和菓子や抹茶の準備をしてくれていて、遥夏と七瀬さんは畳の上で準備が終わるのを待っていた。
「……はぁ、リツ。肩揉んで」
「え?」
「痛くなってきたから揉んで」
目の前にいた遥夏は、ずっと視線を落としたままだった。
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