第83話 囚われたアイドル

♦♢♦♢



 りつは、私のせいで人生が滅茶苦茶になった。

 私がいなければ、りつが苦しむことはなかった。


 全部、私のせいだ。


 りつはわかってない。私といることがどれだけ危険か。全然わかってない。だから私のことを追いかけてまでここまで来た。そんな時間があったらもっと他にできることがあったのに、わざわざ私に時間をかけた。



「マリオネット君」



 囚われの人形。



「君は、私のせいで不自由だよ」



 謝りたい。ちゃんと謝りたいけど、謝ったらりつは私のことを諦めない。



「私、ここで降りるね。送らなくていいよ」



 私は急いで車から出て、りつから離れた。

 走って家に帰って、自分のベッドに飛び込んだ。



「ごめんなさい……、ごめんなさい……」



 私は醜い。どこまでも、醜い人間。

 大切な人、一人さえ守れない。


 何度謝ったって、君には届けられない。



♢♢♢


「遥夏。俺、遥夏とならずっと一緒にいれる気がする」


 高校時代、いつもの、屋上の前で密会した時、彼はそう言った。


「私も、りつとなら一緒にいれるよ」


♢♢♢



 一緒にいたかった。永遠に君の隣を歩きたかった。


 私の中身を見てくれた人はりつだけだった。アイドルでいる明るい私とは裏腹にちょっと毒舌な私を見て笑ってくれた唯一の人。そんなところに惹かれて私はりつに名刺を渡した。もっと話したくなったから、連絡を待っていた。

 それからは本当に楽しかったな。私が何を言っても優しい笑顔で聞いてくれる。私が疲れてたら黙って寄り添ってくれる。女の子の扱い方を教えたら、素直に行動に移す。私は彼の優しさに甘えていた。


 いつの間にか、愛していた。


 それなのに私のせいでこんなことになってしまって、2年以上も彼を傷つけた。彼が虐めを受けていることを学校内の芸能人から情報が回ってきた時は、毎日泣いた。私が家で自粛されている間、りつは酷い虐めに遭っている。りつは何もしていないのに、みんなあの報道を鵜呑みにしていた。闇を感じて、怖くなった。

 あの後、1月20日の生放送歌番組では歌えなかったな。私が歓声をうけていた時、彼は学校で虐めを受け、くたくたになって帰って精神的に崩れているんだって考えたら、声が出せなかった。私だけが救われて、彼だけ救われない意味を、あの会場で思い知らされたようだった。


(ああ。もう、はやく自由になりたい)


 だから、私は笑うことをやめた。笑わないアイドルになって、この芸能界から立ち去ろうとした。それなのに、どうしてもっと人気になっちゃうかな。なんでみんな私のこと見るの。見ないでよ。怖いよ。


 もう誰も、私たちの邪魔をしないで。


 それから2年が経つと、思わぬことが起きた。


「遥夏。川端社長の娘さんから手紙が届いてるぞ」


 封筒の中身を見ると、体育祭の保護者カードが入っていた。有沙の両親は行かないから、毎年私にくれる。去年は行けなかったから今年は行ってあげたい。


「板橋。私、有沙の体育祭に見学するから車出して」


 そして体育祭当日、仕事で遅れてしまったけど少しだけ見ることができた。午後の部になってからは、有沙の出番がないそうだから、借り人競争が始まって少しした後、帰ろうとした。

 でもその時に、人とすれ違った。懐かしい匂いがして、すぐに2年前のことを思いだした。


「遥夏?」


 名前を呼ばれた。振り返って見たら、りつがいてびっくりした。サングラスや髭をつけているのは変装のためだと思う。生きづらい日々を送っているんだ。私と出会わなければ、あの時名刺を渡さなければ、変装なんてしなくて済んだだろうに。

 私は彼に恨まれている。そう思っていたから、すぐにその場から走って逃げた。ここを曲がれば板橋の車が見える。どうか、お願いだから私のことは追いかけてこないで。板橋に見つかったら、今度は何をされるかわからない。

 願い通り、彼は私を追ってこなかった。


(どうして、体育祭にいたんだろう。兄弟もいないのに……)


 その答えは、クルーズパーティでわかった。

 私に会うためにUnclearのスタッフのバイトを始めた。あの体育祭にいたのはメンバーから保護者カードをもらったんだろう。有沙じゃないなら、七瀬さんか静音さん。でも静音さんには記者をしている保護者がいる。それなら七瀬さんしかいない。彼女が保護者カードをりつに渡したんだ。

 パーティであった時は、変なこと言ってたのをよく覚えてる。


「俺と過ごした時間が全部嘘っていうのも本当? 俺はあんなメール、遥夏が送ってきたって信じてない」


 ……メールって何? 私は板橋にスマホを預けていたから、そんなこと知らない。だからよくわからなかった。でも私はそれよりも聞いてみたいことがあった。私のことを酷く恨んでると思うのに、どうして私のことを追いかけてくるんだろう。


「2年前、私のせいで酷い目に遭ったでしょ。憎んでないの?」

「……馬鹿だなぁ」


 りつはちょっとだけ笑った。まるで、私のことを恨むわけないって言ってるよう。ううん、そう言ってるんだ。

 パーティから帰った後、風邪が治った板橋からすぐに聞かれたことがあった。


「変な奴はいなかったか?」

「いないわ」

「はっ。いるわけないか」


 多分、りつのことを言ってる。りつのことを変な奴なんて言わないでほしい。


「ねぇ、フェスの衣装のことなんだけど。制服ってリボン?」

「ああ、そうだ。ネクタイがよかったか?」

「……セーラー服がいい。セーラー服に変えて」


 りつと出かけた時、セーラー服を着た女の子を目で追っていた時があった。珍しいよね、可愛い、ってお互いそんな話をした。

 私はりつの気持ちに応えられないのに、私はどうしても、少しでもりつに可愛く見られたかったからセーラー服に変えた。そして髪型もちょっとだけ変えてみた。そしたらフェス当日、帰り際に2人で室内にいた時、りつが褒めてくれた。


「今日着てたセーラー服、可愛かった。歌も上手だった」


 すごく嬉しかった。でもそのあとに言ってくれた言葉も嬉しかった。


「その髪型、超好き」


 君のために選んだ衣装も、君のために切った髪も、恥ずかしそうな顔で、でも一生懸命に言葉を発してくれて、すごく満たされた。


 有沙からもらった文化祭の入場券。有沙からは絶対に来て、りつが来るからと聞いていた。


「リツさんはもうすぐ、すべてを知るよ」


 そのメッセージには有沙の想いが込められていた。有沙は私たちに幸せになってほしいんだと思う。でもそれには応えられない。彼が真実を知っても、私たちが両思いでも、現実はすべて思い通りにいかない。一緒にいたくてもいられないの。



 だって私、囚われたアイドルだもん。



 あの報道が出されて、りつが虐めに遭っていることを聞いてから、私は板橋の裏の顔を知った。板橋のデスクに契約書が置いてあった。どこかの、伊草という記者との誓約書だ。中身を見ると、報道は板橋が仕組んだことだと知った。だから私は言った。りつを傷つけないでって。でも、板橋は豹変した。


「遥夏、お前がいけないんだぞ。恋愛禁止という条例を破ったのは誰だ。

 そんなに守りたいなら、条件を与えよう。遥夏の最高売上は、アイドル業やテレビ出演含めて700万程度だったか。今は下落しているから……、ふむ、よしっ、1億稼いでみろ」


 無理な話だった。当時の私は仕事に必死だった。だから700万の売上を出せたのもまだいい方なのに、1億なんて無理に決まってる。そう思っていた。


「1億の売上を出せれば、私はこれ以上、りつ君に何もしない。でもな、遥夏。お前が彼と接触すればこの条件も考え直すことになるぞ」


 性格の悪い、本当にクズな人。


「……こうするのはどう?

 私はずっと板橋のもとでアイドルとして働く。それなりの売上を出すことに貢献する。

 りつとも、金輪際関わらない。


 だからその代わりに、私の身の周りの人には何もしないって約束して。りつを見つけても虐めないで」


 こうするしかなかった。板橋はりつのお父さんが大嫌いだから、何を言っても聞かないんだもの。

 それから、私の人生は変わった。笑わないアイドルになり、爆発的にファンがついて、売上は1億を優に超えた。私一人で2億を稼いだことがある。今では日本の芸能事務所の中で1番の成績を誇る。


「りつ君のためなら頑張れるんだな」


 私は板橋が大嫌い。こんなに意地悪で、横暴で、人の気持ちに寄り添わない男。自分の利益さえ上がれば良いというこの男が、すごく嫌い。

 売上を出した私を見直した板橋は、最近、よく私の身体に触れてくる。気色の悪い手つきで腰を引いて、いつもこう言うんだ。




「次も頼んだぞ。私の遥夏」




 私も、マリオネットだ。

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