第81話 守りたい人

 遥夏が撮影に戻ったあと、俺は遥夏が気にしていた男性スタッフに声をかけた。ちょっといいですか、と言うと笑顔で了承してくれて撮影部屋を出た。


「どうしたんですか?」


 単刀直入に注意した。


「加藤さん。困ってましたよ」

「……はい?」

「挨拶前から身体を触ろうとしてきたって。撮影に集中できないからあまり見ないでほしいみたいです」


 ごまかせない自分が憎いけど嘘は言っていないから、いいか。でもこの人、凄い笑顔だけどその裏には暗い感情が隠されているようにも見えた。


「だからここで撮影が終わるのを……」

「貴方となんの関係があるんですか?」

「え?」

「貴方、アンクリの子をたぶらかしてるんでしょう? 僕は加藤さんのスタッフで、休養のマネージャー代わりに来ているんです。見ていて何が悪いんですか?」


 たぶらかすって、有沙さんが変なこと言ってるだけだ。ていうか、遥夏のスタッフだったのは初耳。


「身体に触れたのも体調チェックのようなものですよ。さっきだって、肩紐が絡まってたから直してあげただけですし?」


 ……肩紐? そんなこと遥夏から聞いていない。まさかこの人、遥夏の身体に直で触ったのか。そもそもそんな場面、俺たちの前では見せなかった。てことは撮影が始まる前に、2人きりで下着姿の遥夏に触れた?


「よくあるじゃないですか。女の子ってブラ着た時に肩紐絡まること。あ、もしかして童貞だからわかりませんかね。すみません」


 喧嘩売ってるのか、この人。笑顔で良い人そうに見えるけどクズだ。黙って聞いていると、上から見下ろすような笑顔でまた嫌なことを言われた。


「え、本当に童貞ですか。大学1年生で童貞ってきついっすね」


 失礼な……。


「まっ、そういうことだから撮影部屋に戻りましょ? 僕たちスタッフがいないとみなさん困りますよ」


 俺は、戻ろうとした彼の腕を掴んだ。


「撮影が終わるまでここにいてください」


 すると、「しつこいな」彼はそう言って俺を突き飛ばした。意外と力が強いのに油断してしまったから、後ずさった時に左腕を角にぶつけてしまった。でもすぐに体勢を戻してその腕を絶対に離さなかった。


「うざい」


 今度は顔を殴られそうになった。その時、俺たち以外の声が聞こえて安心した。


「おい、何してる」


 大智さんだ。


「あ、すみません。彼に引き止められて」


 大智さんはこの男を無視して俺のそばによってくれた。だから安心して事情を話した。


「この人がいると、加藤さんは撮影に集中できません」


 一応、これ以上は話さなかった。でも大智さんは理解してくれて、今すぐにこの現場から離れるようにと男性スタッフに言った。少しだけ口論になったけど、嫌々ながらも男性スタッフはこの現場から立ち去った。


「大智さん、ありがとうございます」

「それは俺たちの台詞だ。リツのおかげで、あいつらの本気が見れたぜ。早く来い、めっちゃいい顔してるぞ」


 すぐ撮影部屋に戻って写真を見ると、さっきよりも断然良かった。


「可愛い」


 つい心の声が漏れてしまうと、周りのスタッフに目を見開かれた。下心があるように見られたかもしれないと思って恥ずかしくなったけど、1人の女性スタッフのおかげで助かった。


「私も、可愛いと思います」


 共感してくれる人がいて助かった。

 この部屋での撮影が終わると、今度は別の部屋で撮影をした。そこでの撮影もすぐ終わって、もう帰ることになった。有沙さんと遥夏は着替えをし、俺たちスタッフは丁寧に掃除をした。ある程度清掃が終わって車のトランクに荷物を運び入れている時、さっき俺の発言に共感してくれた女性スタッフに声をかけられた。


「私、大学1年生なんです」

「あ、同い年です。俺も1年生」

「そうなんだ! じゃあタメだね」

「そうだね」


 内巻きのおかっぱさんで、前髪はシースルー。目がくりくりしてて可愛かった。


「よかったら、連絡先交換しない……?」


 ちょっと頬を赤らめていたけど、耳まで真っ赤だった。これは俺に気があるのかもしれない、と思ったけど勘違いだよな。連絡先交換は嬉しいけど、俺の正体を知ったら嫌うんだろうな。断りにくかったけど断ろうとしたら、有沙さんがやってきた。


「リツさーん! 有沙の撮影どうだったー?」


 俺とその子の間に割り込んで、俺にグイグイ近づいてきたから自然に後ずさり、女性スタッフと距離ができた。


「よかったよ。2人とも綺麗だった」

「有沙の下着姿のこと言ってるんだよ? 遥夏ちゃんと2人でじゃなくて、有沙はー?」


 スタッフと話の途中だから気まずい。


「あ。遥夏ちゃんのスタッフが途中で帰っちゃったからお迎えないんだって。電車で帰るって言ってるけどファンに声掛けられるかもしれないじゃん? だから有沙たちの車に乗せることにしたよ!」


 凄い、饒舌。でも嬉しかった。


「う、うん。わかった。2人とも先に乗ってて」

「リツさんは乗らないの?」

「ま、まだ、その子と話の途中」


 女性スタッフを見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。


「あ、あの、やっぱり大丈夫。ありがとう!」


 すぐに走って行ってしまった。こっちが申し訳ない。自分の車に乗り込むと、既に後ろに遥夏が乗っていた。その隣に有沙さんが座る。


「遥夏ちゃん、助手席座ったら?」

「いいよ。ここが落ち着くから」


 緊張する。遥夏が俺の真後ろにいる。運転に集中できなくて事故でも起こすんじゃないかと心配になるほどだった。


「リツさん。有沙のこと最寄り駅前で降ろしてー」

「うん、わかった」


 車をだして出発した。

 運転中は、2人は楽しそうに話していた。遥夏はちょっと眠そうに話を聞いていたけど頑張って起きていた。有沙さんはずっと元気だ。だからか、最寄り駅前に着く頃には有沙さんは満足していた。


「またね! 遥夏ちゃんのこと送ってあげてねー」

「う、うん」


 2人きりになると、気まずい空気が流れた。とりあえず車を出して人気の少ないところに行って停車した。


「遥夏……」

「お礼言いたい」

「お礼?」

「撮影に集中できたから、ありがとう」


 ああ、そのことか。感謝されると嬉しいけど、なんだか落ち着かないな。


「遥夏のためだから、いいよ」

「……その腕のアザ」

「腕?」


 左腕に軽くアザができていた。全く気づかなかったけど、これはさっき男性スタッフに突き飛ばされた時にぶつけた怪我だ。あれだけでアザできてたのか、俺の身体もろすぎる。


「ごめんなさい。私のせいで」

「違う! 遥夏のせいじゃない。あの人がちょっと暴力的だっただけだから気にしないで」


 早く治そ。

 ……ここで、いきなりだけど話を切りかえた。


「報道のこと聞いたよ」

「……どういうこと」

「板橋さんが仕組んだんだろ。遥夏は何もしてない」

「違う。私がやった」

「頑なに認めないのは、脅されてるから?」


 遥夏は黙り込んだ。


「どうやって脅されたの。俺にできることは……」

「そんなに、私に尽くしたい?」


 遥夏の声は震えていた。


「そんなに私が好き? 私のどこにそんな魅力があるのかわからないよ。私なんて、顔や身体しか取り柄がないじゃない。こんな毒のある性格の私を好きになるなんて、本当に物好きだね」

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