第80話 君はアイドル
人の目を盗んで探しに行くと、タオルに身を包んだ状態で、渡り廊下に座っていた。庭に背を向けた状態で、体育座りになって柱によっかかっていた。ずっと下を向いている。それを見て俺は、遥夏の気持ちが伝わってきた。
「遥夏」
声をかけると俺の方を向いた。遥夏の近くによって隣であぐらをかくと、冷たい風が吹いた。遥夏の髪の毛が顔にかかっていたから、その髪の毛を耳にかけてあげた。
「下着姿、見られるの好きじゃないんだよね。だからぎこちない顔してる」
遥夏の家に泊まった時もそうだった。夜、ベッドの上で恥ずかしそうに手で身体を隠していたのをよく覚えてる。
「遥夏が今考えてること教えてほしい」
虫のいいことを言ってるのはわかってるけど、遥夏は1人にすると抱え込むタイプだ。誰かが気持ちを聞いてあげないと前に進めない。だから俺が聞いてあげたい。この撮影を成功させるためにも、遥夏のためにも。
その想いが伝わったのか、遥夏は口を開いた。
「貴方の隣にいた男のスタッフ。嫌い」
ん? あ、俺の隣にいた男性スタッフ。そういえば2人の撮影をずっと見つめてたな。俺は恥ずかしくて見れなかったのに。
「あの人、挨拶前から私の身体に触ろうとしてきて鬱陶しい」
そんなことされてたんだ。
「撮影中もずっと私の身体見てくる。ただでさえ下着撮影好きじゃないのに、やる気なくす」
遥夏は自分の腕を強く握った。それを見て、俺はその小さな手を掴んだ。
「痕がつくから、俺の手握りなよ」
自分で言って恥ずかしいけど、撮影に支障をきたさないためだ。遥夏は遠慮なく俺の手を握った。でも握力が弱いから全然痛くなかった。こんなに華奢な子なら、あの男に襲われた時逃げられないだろうな。怖かったと思うのに、1人で頑張ってたんだ。
「偉いな」
誰もいないことを確認しながら遥夏の頭を撫でた。柔らかくて、気持ちよくて、可愛かった。
「俺がどうにかして、あの人どっかに連れてくから。そしたら撮影に集中できる?」
「それなら全員の目を伏せさせてほしい」
ちょっとそれは、無理があるかもしれない。
「冗談。その人さえ居なければできる」
「……うん、わかった。話してくれてありがとな」
もう一度頭を撫でると、ちょっと嬉しそうに耳を赤くしている。
「ねぇ、なんで、私に優しくするの」
おそるおそる聞いてきた。その姿が親に怯える赤ん坊に見えて、つい抱きしめそうになったのを我慢した。
「好きだから」
遥夏は俺の顔を見た。
「物好き君だね」
また変な名前。今度は物好きか。
「俺、遥夏と話したいことがあるんだけど、撮影終わったら時間くれる?」
「無理」
話の流れ的にいけるかなって思ったけど、まだ心は許されてないか。ていうか板橋さんに脅迫されてる可能性があるって考えたら、プライベートで2人きりになるのは難しいか。
「どうにかして絶対話す時間作る」
「しつこいよ。仕事以外で関わらないで」
「……さっきまで俺に甘えてたくせに」
ちょっと言い返してみたら遥夏は黙り込んだ。多分、恥ずかしがっているか怒っているかの二択だけど怒ってそう。前は俺から何か言い返すことはちょっとだけあったんだけど、遥夏は俺の前だと頑固になる。だから今も少し怒っているかも。
(あ、アイシャドウ)
ほんとに、有沙さんと同じ色を使っている。遥夏にブラウンは良く似合う。
「綺麗だね」
「え?」
「アイシャドウ」
ずっと見ていられるくらい綺麗だった。すると遥夏は照れ始めた。
「ジロジロ見ないで」
恥ずかしそうに目元を隠された。
「あはは、可愛い」
やっぱり遥夏にならなんでも言える。思ってること、隠さずに。
「行こっか」
「……うん」
遥夏は俺の後ろを着いてきた。まだ不満そう。
「大丈夫だって。俺が守るよ」
そう言ってあげると、遥夏は俺の隣を歩いた。
君がアイドルじゃなきゃ、今すぐにでも抱きしめるのに。
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