第79話 グラビア撮影日
待ちに待った今日。俺は有沙さんを車に乗せて、遥夏とのコラボ撮影場所に向かった。
下着の写真を撮るとのことだけど、遥夏の下着姿の写真は今まで見たことがない。下着の案件は好きじゃないからずっと断り続けてきた、と言っていたはずだ。まあ、それを聞いたのも付き合っていた時だから情報としては古い。グラビアの撮影を請け負った時点でもうあの時とは違うことがわかって、時間が進んでいることをしみじみと感じる。
「有沙さんって下着の撮影初めて?」
「初めてだよー」
「そっか」
「なになにー? 有沙の下着姿見れるの楽しみ?」
「あっ、着いたよ」
はぐらかさないでよー、と軽めに叱られたけど気にしなかった。最近はこういうことが多い。気のあるようなことを言われたらはぐらかすことにしていた。
「着いたよ。大智さん、もう中にいるみたい」
「おっけー。早く行こ?」
「荷物もってかないとだから先に行っ……」
「じゃあ待つね」
1人で行きたくないのかな。
「持とっかー?」
「俺の仕事だからいいよ。行こっか」
はーい、と有沙さんは呑気に返事をして、古民家に入った。すると中でスタッフが待ち構えていて驚いてしまい、ちょっと怯んだ。
「こんにちはー。川端有沙です。よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
「アンクリの川端さん、入りましたー!」
まったく。この子はどこにいてもラフだな。俺もスタッフに挨拶をした。
「スタッフのリツです。よろしくお願いします」
「大智さんから聞いています。今日はよろしくお願いします。全員揃って挨拶が終わったら、撮影場所の掃除をお願いします」
「承知しました」
荷物を端っこに置くと、有沙さんは楽しそうに畳の上を歩き回っていた。
「挨拶が始まるまで探検しよー?」
「ん。あんまり走らないでよ。怪我したら撮影できなくなる」
「はいはーい」
注意した途端、聞いていなかったかのようにスキップをし始めた。この子は注意しても聞かないな。自由すぎる。
「あっ、庭だよ!」
渡り廊下に出ると、農園があった。小さな池もあって、静音さんの家に似ていた。でもこっちのほうが昔って感じがする。
「ここ滑る〜!」
こういうところで転ぶんだろうなー、と思って見ていた。有沙さんは端っこまで足を滑らせて行くと、何かに勘づいて奥まで行くのをやめてこっちに戻ってきた。その時に、本当に足を滑らせて前に転びそうになったから急いで有沙さんの腰に手を当てて支えた。
「!」
「だから言っただろ」
ちょっと呆れ気味で言うと有沙さんは、あはは、と笑った。
「危なっかしいな」
有沙さんの腰を支えていた手を離そうとすると、今度は有沙さんが俺の腰に手を回して軽く抱きついてきた。
「左に曲がったところに、遥夏ちゃんがいた」
「!」
「1人だったよ。一緒に挨拶しにいかない?」
俺の返事を聞く前に、俺の手を引いて遥夏の元に向かった。端まで歩いて、ドキドキしながら左に曲がると、遥夏が庭に足を出して座っていた。
「遥夏ちゃん」
有沙さんが呼ぶとこっちを向いた。俺がいることに気づいているのに、何事もないような顔をしている。
「おはよ〜。朝から疲れちゃうね」
「おはよう。もう慣れちゃったよ」
「下着って何色なんだろー?」
「打ち合わせたじゃない。有沙は紺色。私は赤」
紺色と赤色か。いい感じの色のバランスだ。きっと映えるんだろうなぁ。
「律貴さん、遥夏ちゃんの下着姿楽しみだってー」
馬鹿にするようにニヤニヤしてデタラメなことを言ってくるから、流石に俺もムキになってしまった。
「そんなこと言ってない!」
「顔真っ赤だ〜!」
調子狂う。
でも遥夏は俺たちの会話をガン無視していて、いつの間にかもう立って少し遠くの場所まで歩いていた。「あっ! 待ってよー!」と有沙さんは遥夏を追いかけた。
「有沙さん! 走らない」
注意すると、はーい、と返事をしてちゃんと歩いた。こういうとこは素直なのに。
時間になったから撮影場所の部屋に集まり、円になって挨拶をした。挨拶後は各自仕事をするんだけど、さっきから板橋さんの姿が見当たらなかった。だから近くのスタッフさんに声をかけて聞いてみると意外なことがわかった。
「板橋さんね。昨晩、車の事故に巻き込まれちゃって腕を骨折してるのよ。だから運転できなくて、今は事務所でお仕事してるみたい。加藤さんは代わりのマネージャーはいらない、って言うからスタッフさんの車に乗ってここに来たのよ」
知らなかった。だからいないんだ。でもこれは、申し訳ないけど俺にとって運がいい。
「安全運転を心がけてる人なのに、珍しいわぁ」
撮影場所の清掃が終わった後は、有沙さんの様子を見に行った。大智さんは有沙さんのことを俺に任せてくれているから、しっかりサポートしないと。
「すみません、入ってもいいですか?」
「いいですよ。羽織物を着ていますので」
下着だけ着ている状態だったら流石に入らない。変態と罵られて俺の人生終わってしまう。
「失礼します」
中に入ると、化粧中の有沙さんと遥夏がいた。スタッフさんに化粧をしてもらっていて、見慣れた光景だった。
「リツさーん。有沙の下着見に来たのー? 撮影してからでも見れるのにー」
「違うって。もう清掃終わったから様子見に来たんだよ」
有沙さんの冗談に、スタッフは少しだけ笑っていた。でも遥夏はずっと真顔で変わらなかった。
「加藤さん、お化粧完了です」
「ありがとうございます」
もう終わったんだ。はやい。
正直、2人とも化粧をしなくたって可愛いのにな。きれいな肌がもったいない。
「リツさん。見て、見て。有沙のアイシャドウ」
急に顔を近づけられ、有沙さんの目を見た。ブラウンのアイシャドウが綺麗にグラデーションされていてかっこよかった。
「凄っ。アイシャドウって面白いね」
「でしょ。遥夏ちゃんも同じ色だよー。見て来たら?」
「い、いや、いいよ」
人がいる前だと恥ずかしい。
すると有沙さんは、「意気地無し」と聞こえないくらい小さな声で俺にそう言って軽く舌を出した。
(難しいだろ。流石に)
撮影が始まると、2人は羽織っていたタオルを脱いで布団の上やらで撮影を始めた。俺は目のやり場に困ったから見ないことにして、ずっと背中を向けるか視線を逸らしていた。
「リツ君ってピュアだねぇ」
女性スタッフにからかわれて余計恥ずかしくなった。俺の隣にいる男性スタッフは余裕で見つめてるのに、俺だけ見れなかった。
布団の上での撮影が終わると、1枚ずつチェックが入った。大智さんが積極的に「もっと首傾けてもいいな」と発言をしていて尊敬した。俺は絶対見ないようにしたかったけど、そうもいかなかった。
「リツ。この写真、どう思う?」
見ることになってしまった。画面に映っている写真を見ると、2人が布団に寝転がっていた。
(あれ、なんか、遥夏、成長してる?)
なんて、ちょっと身体の変化に気づいて緊張してる自分が気持ち悪い。
「俺はこの写真好きですよ。でももう少し2人の距離近くてもいいと思います」
そう発言したら俺の意見に賛同してくれた人が多かったみたいで、この部分をもう一度撮り直すことになった。改めて二人の写真を見ると、綺麗な顔にびびった。俺はこの子達と仲がいいんだ。凄いな。
でも、遥夏の表情がちょっと気になった。さっきは言わなかったけど、真顔で無表情なのに、居心地の悪い顔をしているように見える。俺の勘違い、では無いと思う。
「……」
無表情でも、無表情じゃない。
「リツ。加藤遥夏の様子が気になるか?」
急に大智さんが俺に話しかけた。
「なんかぎこちないよな」
大智さんも気づいてたんだ。
大智さんは1度、2人に休憩を与えた。遥夏のぎこちない表情をどうにかするためだった。遥夏はカメラマンや大智さんからのアドバイスを受けたあと、1人でこの部屋を出ていってどこかに行った。1人になりたいんだと思う。
でもそんな遥夏を、俺は放っておけなかった。
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