第75話 真実と嘘

 有沙さんと約束していた日曜日、俺は少し早めに駅前に着いた。待っていると、まだ約束の時間ではないのに有沙さんがやってきた。


「早いね~」

「有沙さんこそ」

「ちょっとね~。行こ? こっちだよ」


 朝の9時にどこに行くのかと思ったら、住宅街の中に入って行った。高級な家ばかりだからこの道には足を踏み入れなかったけど、いざ歩くとやっぱり慣れない。10分くらいまっすぐ歩いていると、有沙さんは立ち止まった。


「ここだよ」


 右を向くと、とても和風な家があった。いかにも周りの洋風な家とはかけ離れていた。昔の家みたいだった。インターホンを押すと、横開きの扉が開いて、中からよく見慣れた人が出てきた。


「お待ちしていました。入っていいですよ」


 ……静音さん? 標識を見たら「伊草家」と書かれていた。まさか、詳しく知っている人って静音さんのことだったのか?

 混乱しながら家の中にお邪魔した。廊下を歩いていると、庭にある池が見えて、鯉が泳いでいた。和風な家っていいな。

 静音さんが案内してくれた襖の前に立ち止まる。


「お父さん。入ります」


 ああ、どうぞ。と、中から優しい返事が聞こえて襖を開けると、静音さんのお父さんがテーブルの前に正座をしながら茶を飲んでいた。そしてこっちを見ると、俺のことを優しい目つきで見てくれた。すごく若く見えるけど、40代はいってるよな。整えられた髪の毛に、微笑むと目が細くなるところが可愛い人だ。


「久しぶり。中村律貴君」


 久しぶり、と言われても俺は面識が全くない。いつか話したことあったっけ。ていうか報道を詳しく知ってる人って静音さんのお父さんか。


「は、初めまして。中村律貴です」

「ああ、そうか。君は私のことを知らないんだった」


 静音さんに誘導されて、伊草さんの席と向かい合うように座った。有沙さんは俺の隣、静音さんは伊草さんの隣に座った。

 既にお茶を出してくれていて丁寧だった。茶道でもしていそうな内観だ。それにしても畳の居心地が良すぎる。ゴミ一つ落ちていないし、使用人でもいるんじゃないかというくらい綺麗に整頓されていた。


「私は伊草 優渡ゆうとです。いつも静音がお世話になっています」

「こちらこそ!」

「有沙ちゃんも、いつもありがとう」

「おじさんも時間とってくれてありがとう~。今日は記者おお仕事ないのー?」

「ああ、今日は休暇をもらったんだよ」


 今日のためにね、と俺を見て付け加えた。俺のために時間をとってくれたんだ。


「あれ? 静音さんのお父さんって喫茶店やってたんじゃ……」

「それはもうやめて、今は記者です」


 静音さんの両親が離婚したのは2年前の7月7日。報道が流れたのは12月下旬だ。この間に記者になれるのか?そんな簡単になれるものじゃないと思うけど……。


「父は元々、記者志望だったんです。でも母に一目惚れしてからバリスタになったんです。そのバリスタを辞めて仕事を探している時に、記者をやらないかとお誘いがあったみたいで」


 なるほど。とにかく優秀な人なんだろうな。


「中村君。先に謝らせてください」


 伊草さんは俺に向かって頭を下げた。申し訳ない、と後悔の念をこめた声を出した。


「君が加藤さんの家に入っていくとこを写真に収めて記事を出したのは、私なんだ」


 俺は少しだけ目を見開いた。静音さんまで俺に謝って頭を下げている。


「リツ君があの中村律貴君だと知った後に思い出したんです。そういえばお父さんが担当していた記事だって。早く謝らないといけないと思っていたんですけど、なかなか言い出せずにいました。ごめんなさい」


 静音さんが謝ることではないから気にしていなかった。でも伊草さんも、デマ報道を流すような人に見えなかったから、そこが不思議だった。静音さんに似て穏やかなお父さんが、わざわざ俺を陥れる理由がないんじゃないか?

 とりあえず二人には頭を挙げてもらった。


「頭を挙げてください」


 二人とも、ゆっくり頭をあげると眉が八の字になっていて、この場にいることが苦しそうだった。同じ顔をしていて、親子だなって感じた。


「伊草さん。2年前のことを全部教えてください」


 伊草さんは茶を口にすると、ゆっくり口を開けて話し始めた。



「あれは、私がやっと記者の仕事に慣れた時だった」



 過去の話を、詳しく話してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る