第74話 些細な悩み?
「うげげ。律貴、今日小テストだって」
「先週言ってたよ」
「まじかよ。最悪」
だだっ広い講義室。隣の席で立花は頭を抱えながら講義資料を読み漁っていた。窓の外を見ると、温かい日差しが講義室内に漏れていて、そっちの席に座りたかったな、なんて軽く後悔して、俺もテスト範囲の資料に目を向けた。けど、小テストなんて今はどうでもよかった。
__やっと、文化祭が終わったんだ。
体育祭にも文化祭にも、七瀬さんの保護者として参加した。これで有沙さんの条件をクリアしたから、2年前の真実を聞きだすことができる。ここまで、長いようで短かったと思う。彼女たちと過ごす日々が楽しくて、遥夏に出会えたことも嬉しくて、何より俺の居場所がもう一つ見つかった。
この小テストが終われば、またあの事務所に行く。そこで有沙さんと話して、詳しい話を知っている人と連絡を取り、後日、話を聞かせてもらうことになっている。
すごく緊張するのかと思っていたけど、案外そうでもなかった自分に驚いてる。
「はぁ。多分、半分もとれなかったなぁ」
「はは。ちょっと難しかった。あ、じゃあ俺はここで」
「おう。またな~」
大学の敷地内を一人でトボトボ歩いていると、後ろから首に腕を回された。
「よっ!」
「な、なんだ。月菜先輩ですか」
力が強い。
「やけに真剣な顔だな」
「……まあ、今日はちょっと」
「告白でもするのか!」
「違いますよ」
今日の俺はやけに落ち着いていると思う。そんな月菜先輩も、いつもの荒さはなくて幸せそうな、嬉しそうなオーラが目に見えてわかった。もしかしたらあれかもしれない。
「日菜さんとごはんですか?」
「おっ! よくわかったな! 実はそうなんだよ」
やっぱり。
「そうだ。最近、静音ちゃんが教室で悩んだ顔を見せると日菜から聞いた。どうせこれからバイトなんだろ? 気にかけてやるんだぞ」
「そ、そうなんですね。わかりました」
何かあったかな。この時期だと、遥夏とのコラボ撮影かもしれない。ラジオ収録はもう終わったらしいから、モデル撮影のほうかな。静音さんは一人で解決しようとするところがあるから、ちょっとずつ声をかけないと。
事務所に着いてタイムカードを捺したら、すぐにアンクリの控室に向かった。室内には静音さんの姿はなく、有沙さんしかいなかった。七瀬さんはまだ来ていないらしい。
「しずちゃんもまだ来てないよ~」
「そ、そっか」
「ね。日曜日空いてる? その日なら休みがとれるから会えるみたいなんだけど」
報道の真実を教えてくれる人の話か。
「うん、空いてるよ」
「じゃあその日に、駅前で待ち合わせね」
「了解」
さっきまで落ち着いていたのに、急に緊張してきた。話をしてくれる人って誰なんだろう。流石に知り合いではないと思うけど……。
その時、ドアが開いて静音さん、七瀬さんが来た。
「リツ君!」
「静音さん。ちょうどよかった、ちょっといい?」
「え? はい……」
二人で控室を出て、誰にも聞こえないようにしっかりドアを閉めた。
「何か、悩み事ある?」
「へ?」
「月菜先輩が日菜さんから、静音さんが悩んだ顔してるって聞いたらしくて。それで気になった」
「……優しいですね」
静音さんは嬉しそうに微笑んだ。
「私、リツ君のそういうところ大好きです」
友達の感情だとしても好きと言われるのは嬉しかった。ただ不意に言われると、凄い、くすぐったくなる。つい視線をそらしてしまった。すると静音さんは悩みを話してくれた。
「父に頼み事をしたいんですけど、できなくて」
「親に頼み事?」
「はい。2年前以来、親に頼み事ができないんです。離婚してからも大変だったのに、私の頼み事を聞くのも迷惑かなと」
いつも一人で抱え込む性格だとは思っていたけど、まさか親にも心を開けていないとは思ってなかった。でも、迷惑をかけたくないからって親にまでその優しさを見せる。自分の気持ちは二の次なところが静音さんらしい。
「俺だったら、嬉しいけどな。久々に自分の子供に甘えられたら、なんでも聞いてあげたくなるよ」
親に愛されなかった俺だから、自分の子供は十分に愛したくなる。これでもか、ってくらい過保護になる気がするな。
「あはは。リツ君にそう言われると、少しだけ自信を持てるようになりました」
静音さんは照れくさそうに首に手をあてた。
「あ、俺もう勤務時間だから行くね。無理しないように」
「はい! ありがとうございます」
さっきよりもすっきりした顔をしていたから、もう大丈夫そうだな。
さて、いつも通り仕事に戻るか。
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