第69話 文化祭_あまいもの
メイド服は凄い似合ってる。でも、静音さんもだけど、どうして俺のことをゴミを見るような目で見てくるんだろう。視線が痛くて美味しそうなクレープを見ても食欲がそそらない。
「またアンクリちゃんか。七瀬ちゃんはクールだけど、メイド服を着ると雰囲気が変わるなあ。ありゃ、男子にモテるだろうね」
「そ、そうっすね」
俺、何かしたっけ。クレープは凄く美味しかった。紅茶とあっていて食べやすいし、飾りつけもお皿もこだわっているから、今流行りの映えを狙っている気がした。
「それ、あたしも食べたい。食べさせろ」
「え? 俺が!?」
「あたしにお礼したいんだろ。これでチャラにしてやる」
先輩のおかげで有沙さんと心を通わせることができたから感謝はしている。こんな大衆の面前で食べさせるのは恥ずかしいけど、仕方ない。
「あー、ん。……んっ!? 美味い」
幸せそうな笑顔を見せてくれて、ほっこりした。
食べ終わった後は、後ろの黒板で客のみで写真を撮ることができ、それを日菜さんに薦められた。俺たち二人の写真が撮りたいって言うから、姉の月菜先輩は断れなかった。シスコンってやつだ。
「もっとくっつけ。日菜が悲しそうな顔をしてるだろ」
「は、はい」
げっ。日菜さんの後ろに七瀬さんと静音さんが見える。黒いカーテンのそばで笑顔を消して俺を睨んでいる。ああ、今の俺は今までの人生で一番顔がひきつっているような気がする。
「いきますよー。はい、チー……」
もうすぐ撮るという時に、メイド服を着た生徒が教室に飛び入ってきて俺の腕にしがみついてきた。びっくりしてその子を見た瞬間の写真を撮られてしまった。
カシャッ!
「あー! 有沙ちゃん! 入っちゃ駄目だよー!」
「ごめーん。足が滑っちゃって~」
「それにしてはばっちりピース決めてたよね!?」
俺の腕から離れると、日菜さんのもとに行き撮った写真を確認していた。月菜先輩は驚いた顔をしたけど、別に怒ることはなかった。
「ごめんなさい。邪魔しちゃいました~」
「問題ないさ。この男と二人で撮るよりか、可愛い子が混ざってくれた方が幸せだ」
イケボで話してるけど、俺へのディスりは隠せていない。有沙さんはへらっとしていたけど、少しだけ汗をかいていた。さっきまで走り回ってたのかも。
「大丈夫? 有沙さん」
「大丈夫~。有沙が忙しい中、リツさんは巨乳美人とお茶してたんだね~。しかもこの教室で」
言葉に棘があるけど、笑顔だけは保っていた。嫌悪感の隠せていない笑顔だったから戸惑って後ずさってしまった。
「大学の先輩なんだよ。偶然会って。あ、日菜さんのお姉さんだよ」
「え?」
有沙さんはとっさに表情を変えて、先輩に挨拶をした。先輩はメイド服の有沙さんを見て興奮しまくっていた。
ふわふわな容姿の有沙さんがメイド服を着るのは似合っている。静音さんと七瀬さんも似合ってるけど、一番メイド服の雰囲気に似合っているのは誰かと言われたら有沙さんかもしれなかった。
「リツ。他のところも回ろうぜ。体育館行ってみたい」
「あ、はい。いいですよ」
いつの間にか教室を出て行こうとしていた先輩の後ろを追おうとしたけど、一度足を止めた。
「有沙さん、いつから休憩?」
「んーと、しずちゃんとななちゃんと同じで、11時半だよ」
「その時間に、この教室の前で待ってる」
有沙さんは嬉しそうな顔を見せた。
「うん!」
やっぱり笑った顔が一番いい。
最後に、静音さんと七瀬さんに軽く手をふった後、俺はこの教室を出て先輩を追った。先輩は自由奔放で、いつの間にか別の教室に移動していたりと相当大変だった。扱いに困ったけど、楽しくないわけじゃなかった。先輩は饒舌で面白いから一緒にいて楽しかったし退屈はしない。でも、体育館で舞台発表を見ようと席についた時に頭の回転を活かしてこんな話をされた。
「あたしに相談した時の相手の女の子、有沙って子だろ?」
「えっ?」
「可愛いじゃないか。大切にするんだぞ」
なんでわかったのか聞きたかったけど、大切にするんだぞ、という言葉が頭から離れなくなった。
「好きなんだろ? あの子のこと」
ああ、やっぱりそういう意味の”大切”か。
「俺には、ずっと好きな人がいるんです。3年間、ずっと好きな人が」
忘れられない、たった一人の存在。
「へえ。未練がましい」
「一途って言ってほしいです。あ! すみません。11時半に人と約束してるので失礼します」
「はいはーい。また大学でな」
急いでA組に行くと、メイド服を着た3人が既に待ってくれていた。その恰好を何かで隠さなくていいのかな。可愛いから目立ってる。
「遅い」
「ごめんね」
「遅くないですよ。どこに行きますか?」
「有沙はねー、タコ焼き食べる!」
タコ焼きを買って食べた後、飲み物を手に色々な教室を回った。もちろん、俺はイチゴオレを買った。有沙さんは緑茶、静音さんは紅茶を持っていた。でも七瀬さんはいつもの珈琲を買わなかった。有沙さんと静音さんが目の前ではしゃいでいるのを、七瀬さんと二人で見ていた時に、イチゴオレの話をした。
「遥夏さんがイチゴオレを好むから、貴方もそれを飲んでいる」
「……うん」
「じゃあ、遥夏さんが飲んでいなかったら飲んでないの?」
「飲んでないよ。俺、元々甘い物得意じゃなかったから」
本当だった。甘すぎるものは気分を害するから、勉強の後にチョコを少し口にするくらいだ。
「でも遥夏の好きなものだから、克服しようと思った。そしたら、イチゴオレだけ飲めるようになったんだよね」
ふーん、と七瀬さんは興味がなさそうだったけど、俺が持っていたイチゴオレに手を伸ばして持ち、ストローをくわえた。
「七瀬さん!?」
甘い物が嫌いなわけじゃない七瀬さんだけど、無理に飲むものでもない。ていうか、どうして急に飲もうと思ったんだろう。俺の飲みかけなんだけど……。
「美味しい」
七瀬さんはまたストローをくわえて俺のイチゴオレを飲み始めた。
「私も、ちょっと克服」
少しだけ口角をあげて、嬉しそうだった。その顔がいつも俺に向ける顔じゃないからドキッとした。
不覚にも、可愛かった。
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