第68話 文化祭_藤石姉妹とメイドカフェ

 明星高校の文化祭まであと3日。アルバイトのために事務所に向かうと、事務室前に七瀬さんが立っていた。大きな袋を手に持っている。


「七瀬さん。お疲れ様」

「お疲れ様。服、洗っておいたから」

「え! わざわざありがとう」


 ちょっとだけ話しずらくて、5秒くらいの沈黙が続いた。でも七瀬さんは一向にレッスン室に戻ろうとしなかった。


「あと、これ」


 ポケットから取り出したのは、文化祭用の保護者カードだ。これがあればあの高校に入れる。


「いいの?」

「空の面倒、見てほしいから」


 顔が赤い。


「あ、ありがとう。楽しみだなぁ」


 本心だった。高校の文化祭の思い出なんてとっくに忘れている。前まではあまり興味なかったけど、午前も午後も客として入れるなら楽しい限りだ。

 でも文化祭の前日になって七瀬さんから電話が来た。空君が来れなくなったらしい。好きな子に遊びに誘われたからこのチャンスを逃がしたくないっていう可愛い理由だった。小学生で恋愛なんて、俺には無縁だったな。その連絡を受けた後、今度は有沙さんから電話がかかってきた。出ると、文化祭の話だった。


『保護者カード、遥夏ちゃんに渡したよ~。会えるといいね』

「会っても、今回は話しかけないよ」

『え?』

「文化祭を終えて、有沙さんに報道の真実を教えてもらってから声をかける」

『……そっか。正確には、有沙じゃないけどね~?』

「そうだったね。じゃあ、また明日」

『うん! おやすみなさーい』

「おやすみ」


 そして、文化祭がやってきた。9時すぎに明星高校に入ると、多くの生徒が迎え入れてくれた。やっぱり周りにはセレブ様がいたけど、一般人の保護者も負けていなかった。ていうか男が少ない気がするの俺だけ?

 1階から順に見て周ったけど、面影は消えない。まあ、1階は見世物がほぼないから、2階からが本番だな。俺は4階にあがって、3年生のフロアから見ていった。男子がけっこうヤンチャだけど、楽しそうだ。


「メイドカフェあるって! 行きたい!」


 メイドカフェか。男子がメイド服着るのかな。見てみたい。

 3年のフロアを一通り見終えて、すぐに2年生のところに向かった。2年A組は彼女たちがいるところだけど、そこでメイドカフェが開店していた。アイドルたちがメイドカフェね、繁盛しないわけもなく、無茶苦茶行列ができていた。でも男一人で入るの気まずいからどうしよう、と廊下でうろうろしていた。すると、ある人に声をかけられた。


「あの……、よかったら、一緒に、そこのメイドカフェに行きませんか?」


 小柄の女の子だ。水色のクラスTシャツに制服のスカートを履いているから生徒なんだろうけど、クラスの出し物宣伝で俺に声をかけてくれたわけではなさそうだった。しかも、どこかから視線を感じると思ったら、こっそりと俺とこの子の会話を聞いている女子が二人いた。同じクラスTシャツを着ているから友達かな。とりあえず返事をしないといけない。


「えっと、宣伝ですか?」

「い、いえ。宣伝じゃないです。さっき4階から階段で降りてきているところを見て、かっこいいなぁって」


 今日はちょっと気合をいれて変装してきたから、そう言ってもらえると嬉しい。


「ありがとう、ございます?」


 ウィッグのおかげでかっこよく見えるだけだな。


「1回お茶してみて、嫌だったらいいんです。すぐに諦めます」


 どうしよう。断りずらくなってしまった。元々、来るもの拒まずな性格だからこれはきついな。しかも学校内で生徒に誘われるなんて、これってあり?


「お願いします」


 そんなか弱い目で見ないでくれえ。

 助けを欲していた時に、誰かが俺の腕にしがみついてきた。金髪の女の人だ。


「だーめ。こいつ、あたしの連れだから」


(藤石先輩!?)


「え、あ……、ご、ごめんなさい!」


 女の子は友達二人のところに走っていった。ていうか、なんでここに先輩がいるんだ。


「偶然だな。リツ。お前の家族もここに通ってるのか?」

「あ、は、はい、親戚が。先輩もですか?」

「そうだ。そこのA組に妹がいる」

「へ、へえ」


 まじか。どんな妹だろう。先輩に似てちょっと荒いのかな。


「丁度良いところで現れてくれて助かるよ。モテ男」

「どういう意味ですか?」


 藤石先輩は、A組のメイドカフェに入る予定だったけど一人では入れないから、一緒に入ってくれる人を探していたらしい。今はこの行列の真ん中くらいに並んでいる。


「藤石先輩、一人で入れそうなのに」

「流石にメイドカフェは無理だ。一人で可愛い女の子たちに囲まれたら意識が飛ぶ」


 ああ、そういう意味か。


「君も同じ理由で入れなかったんだろ?」

「違います! 俺は、男一人で入りにくいからです」

「流石、童貞だな」


 その言葉でいじられるのは、遥夏以来だ。ていうか童貞は関係ないでしょ。


「藤石先輩は彼氏いるんですか」

「あたしをナンパしようなんざ百年早い」

「してません」

「彼氏はいない。セフレはいる」

「へぇ。……へ?」


 まじか。やり手なんだ。まあ、スタイルが抜群に良くて、でてるところは無茶苦茶でてて目立ってるし、弱い男ならすぐよってきそうかも。


「今失礼なことを思われたような」

「き、気のせいですよ」


 15分くらい待つと順番が回ってきて、やっと教室内に入ることができた。教室はもう本当のメイドカフェのようだった。黒板の前、教壇で料理をしていると思うけど、黒いカーテンで見えないようにしている。男子生徒は執事服、女子生徒はメイド服を着ていた。イケメンの執事さんが俺たちのことを、「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様」と丁寧にエスコートしてくれた。


「やっぱりイケメンぞろいだけど、メイドもみんな可愛いな」

「は、はぁ」


 駄目だ。キラキラしすぎて生徒の顔を見れない。彼女たちがどこにいるのかも見つけられない。写真を撮ってあげようと思ったけど、これは難しいかもしれな……。


「ご注文はお決まりですか?」


 とても険悪なメイドの声にびびって視線を向けると、静音さんがニコニコして俺たちのテーブルに来ていた。静音さんは上品な人だからメイド服は凄い似合っていて可愛い。


「アンクリの静音ちゃんが迎えてくれたか。可愛すぎる。なっ! リツ」

「え、あ、は、はい。そうですね」


 気まずい。


「あたしは紅茶とチョコバナナクレープで」

「俺は紅茶と、イチゴクレープください」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 静音さんは険悪な雰囲気をまとったまま黒いカーテンの中に去った。俺が知らない女の人といるのに驚いて人見知り発動したのかな。でもそこまで人見知りな人だったっけ。


「みんな可愛いな。写真がNGなのが気に喰わん」


 この人、本当に女の子が大好きなんだな。


「お姉ちゃんに、リツさん?」


 俺たちの名前を呼んだ、メイド服を着た女子生徒はよく見覚えのある人だった。ツインテールに髪を結わいで、少し腰の低い態度を見せている。


「日菜さん?」

「日菜!!」


 藤石先輩は日菜さんを何十枚もの写真におさめていた。写真を撮ってはいけないのに容赦ないから、少し周りの視線を気にしながら藤石先輩に注意をした。すると軽く舌打ちをしてスマホをポケットにしまった。


「リツさん。ご無沙汰しています」

「1か月ぶりですよね。元気そうで何よりです」

「怪我は治りましたか?」

「すっかり綺麗ですよ」


 日菜さんはホッとしたように胸をなでおろした。すると、なんで俺たちが二人でいるのか聞かれたから事情を話すと、驚かれた。


「そこの大学だったんですね!」

「まさか、日菜を泣かせた原因がお前だったとは」


 泣かせた原因__日菜さんは家でも、俺に怪我をさせてしまったことを悔やんで泣いてたんだ。なんて心優しい子なんだ。感動した。


「でも日菜のことを助けてくれてありがとうな」


 この人のクシャっとした笑顔は、不意をつくものがある。


「二人は、付き合ってるんですか?」

「なわけないだろ。何を言い出すんだ、日菜」


 即答された。続けて、藤石先輩は長々と早口に自分のタイプを話しながらちょくちょく俺をディスり始めた。


「教えたと思うがあたしは大人っぽくてがたいのいい年上男性が好みなんだ。あのたくましい筋肉に身を包まれた時の幸福感と言ったらもうたまったもんじゃない。それなのにこんな弱々しくて一見頼りがいのなさそうな子犬をこのあたしが彼氏にすると思うか? するわけなかろうが」


 饒舌だなぁ!


「でもリツさん、素敵な人だよ?」

「むっ。まさかこの男がタイプなのか? やめておけ! 可愛らしい女子生徒にナンパされて鼻の下を伸ばしていた男だぞ!?」

「伸ばしてませんよ!」


 この人、妹が目の前にいるとやたらに話すな。でも日菜さんは楽しそうに笑っていたから、これでいいのか。

 そんなこんなで過ごしていると、頼んでいたメニューをメイドさんが持ってきてくれた。


「お待たせ致しました。ご主人様、お嬢様」

「おっ! 来たか」

「そうです……、ねっ?」



 な、七瀬さん。

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