第67話 勘違い……?

(藤石先輩、いるかな)


 有沙さんと会話をできたお礼を言いたかったから、大学で藤石月菜先輩を探していた。あの日から1週間後でもいいんだけど、彼女たちの文化祭前に一度会いたかった。でも、毎日大学に行っても会うことはなかった。だからとぼとぼと家に帰った。その時、見覚えのある容姿が角から曲がってこっちに来た。黒い帽子を深く被った明星高校の制服を着た女子。俺はなぜか証拠もないのに知っている人だと認定し、下を向きながらこっちに走って来た女子に声をかけた。


「七瀬さん。どうした?」


 声をかけると、驚いたように肩をビクッと動かし、俺を見て足を止めた。俺を見ると安心したような顔に戻ったから、知らない人に気づかれたのかと勘違いしたんだな。


「隠れられる場所、ない?」走っていたから息が荒い。

「隠れられる場所?」

「ファンに見つかったから、その……」


 助けてほしい、ってことね。でも隠れられる場所なんて一か所しかない。


「……うち、来る?」




♢♢♢




 七瀬さんは俺のマンション部屋にやって来た。


「どうぞ」

「お邪魔、します」


 水を淹れている間に、そこらへんに座ってもらった。ベッドの側面に背中をつけて、テレビの前に座っている。帽子を外して暑そうにしていたから冷房をつけた。


「このベッド、テレビ電話で見た」


 テレビ電話、と聞いて思いだしたのは夏だ。俺が風邪をひいた時の話をしている。


「そこで寝てるからね」

「部屋に女の人はいれないの?」

「七瀬さんが初めてだよ」

「ふーん」


 七瀬さんは水を飲むと、すっきりしたように一息ついた。

 そしてさっきに至るまでの事情を聞いた。下校中に一人で本屋によったら、50代くらいの男性一人に視線を向けられたらしい。七瀬さんは察しがいいからすぐに本屋をでたけど、まだ後ろをついてきていたから走って来た。そして、数分逃げている時に俺に出会って助けてもらった。


「危なかったね」

「ん」


 8月のフェスの影響もあって、一躍有名になったからな。あの後テレビでも収録されていたから顔が広まらないわけなかった。俺は悪い意味で有名人だけど、後をつけられる恐怖はわかる。バレた時はすっごい焦って、さっきまでの七瀬さんみたいに汗をかいたりする。それに、まだ俺より2つ下で高校生の女の子が知らないおじさんにつけられたら震える。


「お疲れ」頭を撫でた。


 あっ!!!


 無意識に七瀬さんの頭に手を置いてしまったから、気づいたときは本気でやばいと思った。ぶっとばされるんじゃないかって思った。でも、全然反抗しなくて、むしろ落ち着いていた。でもこの沈黙が気まずくて適当に話を切り出した。


「な、何か食べる? アイスあるけど」

「いい。あと30分くらい、ここにいさせて」


 体育座りをして、顔をふせていた。もう少し落ち着きたいんだろうと思ったから、うん、と頷いた。七瀬さんはスマホを使って誰かにメッセージを送っていた。多分、空君だ。いつも帰ってくる時間に帰ってこないから心配されてると思ってメッセージを送っている。その間、俺はマンションの前で七瀬さんをつけた男の人をチラチラと探していた。2年前の失態もあったから真剣に探したけど、それでも見つからなかった。

 部屋に戻ると、七瀬さんはボーッとしながら俺を見た。どんな顔だ?


「もしこのマンションを出た時に記者がいたらどうする?」


 俺の過去みたいにならないか心配してるのかな。


「七瀬さんのためにしてることだから後悔はしないかな」

「……お人好し」


 俺は七瀬さんの隣に座って、ベッドの側面に上半身の体重をかけた。


「一つだけ、良いアイデアがある」

「アイデア?」


 七瀬さんは制服のリボンを外し、ブレザーまで脱ぎ始めた。

 彼女が思いついたアイデアは、俺の私服を着て外出することだった。部屋に隠れられる場所がないから、とにかく着替え姿を見ないように背を向けて目を瞑った。


「もう着替えたから、そんな必死にならなくていい」

「あ、うん」


 白のスウェットに、黒いズボン。七瀬さんにはちょっとでかい。でもその方が愛嬌があった。


「貴方、身長どのくらい?」

「178」

「だからこんなに大きいのね」

「七瀬さんは?」

「159」

「低いんだ」

「うるさい」

「馬鹿にしてないよ」

「してるでしょ」

「してないって。かわ……」


 可愛いと思う、って言いたかった。でも言葉にできなくて言えなかった。急に恥ずかしくなってしまった。まるで、一人の女の子として意識してしまったような気持ちだ。


「貴方は遥夏さんみたいな背の高い人が好きなんでしょ」

「いやいや、身長は関係ないよ」


 確か、遥夏は165センチくらいだったっけ。女子の中だと高い方か。

 七瀬さんはいつもの黒い帽子を手に持っていた。違和感がある。その帽子を被ってもなんとなく七瀬さんだってわかるんだよな。俺はクローゼットから黒のキャップを取り出して、七瀬さんに被せた。でも逆にバレやすかった。耳元がしっかりでていて、目元が見えやすくなってしまった。


「ごめん。そっちのほうがいいね」


 優しく帽子をとってクローゼットに閉まった。


「黒の帽子なんて、持ってたのね」


 遥夏とお揃いで買ったものだ。ノーブランドでマークも入ってないから特定されにくいっていうので買った。遥夏は黒が好きだったから黒にしたんだよなぁ。


「今は使ってないけど、昔はよく被ってた」


 遥夏だって今は俺と買った帽子じゃなくて、白い帽子を被っている。ただ一つ、香水だけは俺がプレゼントしたものをずっとつけてくれているけど。


「遥夏さんの好みの色が黒だから合わせてたのね。ふーん、わかりやすい人」


 一言一言に棘があるのは気のせいかな。


「正直、そうだけど……」

「だから布団も黒? カーペットも、靴も」

「家具の色は黒のほうが落ち着くんだよ。靴は汚れたくないから」


 これだけ言っても七瀬さんは、あっそ、とそっぽを向き信じていない様子だった。こんなこと俺は言うのもなんだけど、七瀬さんは……


「遥夏に妬いてる?」


__一番聞いてはいけない言葉だったかもしれない。


 七瀬さんは驚いたように視線を俺に向けた。それから何も言わずに立ち尽くしていたけど、ハッとしてから攻撃してきた。


「馬鹿じゃないの」


 調子乗ってすみません。でも俺に背を向けた七瀬さんの耳は少し赤くなっていたから、ちょっとくらい本当だったのかもしれない。遥夏に妬いた、ってことは、それだけ俺に心許してくれてるってことだよな。そう受け取ってもいいんだよね。


「もう帰る」

「あ、送ってくよ」

「一人で帰れる。今日は助かったわ」


 靴を履くと急いで部屋を出て行った。追いかけたかったけどやめて、ベッドの上に飛び込んだ。

 本当に、自分でこんなこと言っちゃいけない気がするし、自意識過剰なんだけど、勘違いじゃない気もする。だって少し前から違和感はあった。


 依織君に言われたあの言葉。

「リツさん、アンクリと仲いいですよね。もしかしたら下心持たれてるかもしれませんよ?」


 なんとなく、わかってはいたけど知らないふりをしたところもあった。




(七瀬さんって、俺のこと好きなのかな)




 勘違いだったら死にたい。

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