第66話 UnClear

「有沙と、話したいこと?」

「うん。ていうか、俺が聞きたいんだけど……」


 有沙さんは俺のデスクから離れて、奥に置いてあるソファに座った。そして俺を招き入れるように、隣の席にポンポンと片手を弾ませる。それに従って俺は有沙さんの隣に座った。


「有沙の何を聞きたいの? 好きな食べ物、好きなスポーツ、それとも趣味?」


 違う、と答えた。有沙さんは俺が聞きたいことなんてとっくのとうに気づいているはずだ。鈍感そうに見えるのに逆で、人の気持ちに敏感。察することは上手い。それでも話をそらして笑顔を作ってくれているのは、逃げている証拠。


「なんであの時、泣いてたの?」


 さっき藤石先輩の目をそらせなかった俺のように、有沙さんも俺から視線をそらさなかった。少しだけ唇を動かしたけど、固く紡いだ。教えて、って言うだけじゃ話してくれないか。


「有沙も、昔の律貴さんと同じなんだよ」


 有沙さんはソファに添えていた俺の手を握った。冷たくて、臆病だ。


「とっても不自由だった」


 昔の俺も、不自由だった。


「やっぱり、両親が原因?」


 ゆっくり頷かれた。そして、今もだよ、と一言付け加えた。

 有沙さんは家庭事情を話してくれた。彼女の両親はいわゆる、できちゃった結婚らしく、お互い別に愛し合っているわけではなかった。でも有沙さんのことをしっかり育てあげた。その時は愛されてるって感じてたみたいなんだけど、彼女が中学生になってから異変が起きた。

 お父さんは家に毎回違う女の人をいれて、身体の関係を築き始めた。お母さんは毎日のように男の人を誘ってホテルでそういうことをし始めた。お母さんは帰ってくる頻度が月に3度で、お父さんはほとんど会社で暮らしているから、女の人を連れてくる時くらいしか家に帰ってこない。それも月に1回くらいだった。

 有沙さんは物覚えがいいから、中学にあがるまでには家事をこなしていた。ていうか、家政婦をしているお母さんに教えてもらったらしい。だから一人でも生活には困らなかったんだけど、中学2年生になってからトラウマができてしまった。


「中学2年の7月、お父さんが女の人を連れて家に帰って来たの。そういう時、有沙はいつも部屋にいたんだけど、アイスが食べたくなったから、こっそりリビングに行ったんだ。

 見つからないように急いでアイスを取って、リビングから出ようとした時だった」


パパと女の人が、裸で身体を重ねているところを見ちゃった__


「まだ子供だったから、その光景が怖かった。そういうことって、愛している人同士でするものだと思ってたから、余計に怖かった。

 こんな風に、こんなに、パパとママは有沙を産んだんだなーって、幻滅しちゃった」


 誰とでもするわけではないものだと思っていたから、そういう行為を安易にしたことに驚いたんだ。


「しずちゃんとななちゃんの家庭事情は聞いたよね。私たち幼馴染は、偶然にも同じ時期に心が壊れた。3人で慰めあうことは難しかった。ずっと一緒にいた友達だけど、ちょっと難しかった」


 当たり前だ。この状況で笑顔でいられる人なんているのかな。流石の有沙さんも、その時は笑顔をつくれなかったんだ。


「そんな時にね、立花社長が有沙たちをアイドルにしてくれたんだよ」


 両親が離婚した静音さんは、2年も会っていないお母さんの目に届いてもらうため。両親のいない七瀬さんは、これからの、空君との生活のため。そして両親に大切にされなかった有沙さんは、家以外の居場所をつくるため。



「私たち全員は嫌な家庭事情を抱えていて、心に大きな穴を空けている。あの時からずっと澄んでいない道を歩いている。だからUnClearなんだよ」



 クリアじゃないからアンクリア。それを聞いて鳥肌が立った。世界中のどのアイドルを探しても、この子達のようなアイドルはいないんじゃないかな。


 これを奇跡っていうんだと、初めて感じた。


「パパとママにアイドルになりたいから許可ちょうだい、って言ったら有沙には無理だって言われたんだよね。だからパパも、有沙のこと会社で雇おうなんて思ってもなかったし」


 ああ、だから川端社長の下でアイドルやってないんだ。


「でもパパの会社で働く気なんてないよ。立花社長のいるあの事務所で、3人でアイドルやりたかった。必死に抵抗したら、勝手にしなさいって言われて、アイドルになれたんだ~」


 勝手にしなさい、か。一見、今の3人は自由にも見えるけどそうでもないんだ。いつでも悲しみを背負って生きている。


「でもアイドルやってよかった」

「え?」

「やってなかったら、律貴さんに会えてないよ」


 静音さんも、以前同じことを言っていた。

 過去の家庭事情がなかったらUnClearは生まれていない。俺にも会えていない。俺だって遥夏に会えてなかったら、そもそもここで働いていない。彼女たち3人が悲しい過去を持っていなかったら、今俺の隣にいるのは別のアイドルだったかもしれない。


「3人に出会えて、俺は嬉しいよ」


 心からそう言える。


「告白~?」

「一種の告白だね」



 でも、この時間は有限だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る