第62話 私は恋してる
♦♢♦♢
体育祭で会った七瀬の親戚、”月”さんのことがたまに頭に浮かぶ。ハンサムで、男らしくて、かっこよくて、サングラスが似合う。あの優しい声はまるでリツ君に似ていた。あの日以来、リツ君の声を聞くたびに月さんを思い出して恥ずかしくなる。
そう、きっとこれは好きという感情。
文化祭が近づくと、もっと彼のことが気になってしまった。授業の休み時間に、席で静かに読書をしている七瀬に声をかけた。
「な、七瀬。親戚の月さんって文化祭もいらっしゃるんですか?」
「……ああ、あの人。ごめんなさい、言ってなかったんだけど__」
ここで、月さんがリツ君だということを知った。
「えええええ!!!???」
私の声は学校中、いや全国に響きそうなくらいの勢いだった。
確かに声は似ていたけど、まさかあれがリツ君だったとは……。でも確かに、合宿でテレビ電話をした時、少し雰囲気が似ているとは思っていた。
「あわわわわ」
トイレで一人、両手で火照った顔を覆った。
どうしよう。私は、リツ君のことが好きということになる。
「駄目です、駄目です」
リツ君にはずっと好きな人がいる。
いや! それ以前に私はアイドルで恋愛禁止!! どうすれば……。
その日は寝て忘れようと思い、早めに寝た。でも全然眠れなくて、結局寝不足で学校に行った。
「静音ちゃーん。おっはよう」
「……お、おはようございます」
いつもより登校時間を早くしたから、今日は私が一番乗りだと思っていた。それなのに、依織が教室にいる。自分の席に座って、イヤホンをしながら音楽を聴いていた。
それにしても今日はいつもと違う雰囲気で、一瞬誰だかわからなかった。いつも髪の毛をわけているのに、今日はわけていなかった。寝ぐせが目立っていて、何も手入れされてない。
「どうしたんですか? 髪」依織の隣席に鞄を置く。
「んー、セットするの面倒になっちゃったから、今日はやめたんだよ」
珍しい。
イヤホンを外してブレザーのポッケにしまうと、身体ごと私のほうを向いた。席が隣で、この時間はいつも生徒がいないから二人で話すことが多い。でも気まずかった。告白されたのにまだ返事をしていないから、顔を見づらい。
「告白の返事だけど」
そう話を切り出されて、驚いて肩がはねた。
「あ、あの、私……」
「告白の返事いらないから」
「え?」
「アイドル同士だもん。無理でしょ?」
依織を見ると、ニコニコしていた。
悲しそうな顔も、悔しそうな顔も見せない。ただ笑顔で私を見ていた。その顔にとても腹が立った。でも依織の言っていることは間違っていない。私は依織の気持ちに応えることができない。ただその理由は、アイドル同士だからということ以外にもう一つある。
「私、好きな人がいるんです」
「……好きな人?」
「勿論、諦める予定ですけどね!?」
顔が熱い。まるで熱でもだしたみたい。
「アイドル?」
「い、いえ」
「事務所の人。もしかしてリツさん?」
意表をつかれてドキッとしたけど、頑張って隠し通そうとした。
「ち、違います……」
「あは。へたっぴな嘘」
もうこれ以上話すとぼろが出てしまうから、もうこの話は絶対しないようにしないと。そう思った時、丁度、生徒が教室に入ってきてくれた。
「おはようございます! 七瀬!」
「お、おはよう。なに? どうしたの?」
「今日もいい天気ですね!」
そういえば明日は土曜日。朝から遥夏さんとラジオの打ち合わせをする日。まさか私たちが、あの遥夏さんとコラボする日がくるなんて思ってもいなかった。これは大きな一歩だから、絶対に成功させないと!! もう悩み事は忘れて、明日に備えて早く帰って早く寝よう。
次の日、大ちゃんの車に乗って打ち合わせ場所に出発した。到着して車から出ると、すぐに圧倒された。有沙パパのこの事務所は8階建てだけど横にも広く、それとは別に大きな体育館でもあるのかと思わせる建物が奥に連なっていた。そして警備が何人もついている。警備を通じて事務所内に入ると、とにかく白くて綺麗だった。ゴミが落ちていない。夏場は光が入ってくるから床を見るとちょっとやかましいかも。エレベーターで打ち合わせ室まで向かい、部屋に行くともう遥夏さんは席についていた。隣にはマネージャーが座っている。続いてラジオ収録のスタッフさんが来た。お互い挨拶をすると、すぐ本題に入った。
遥夏さんは淡々としている。仕事に興味がないかのような、そんな顔。スタッフさんと目を合わせようとしないし、私とも目が合わない。多分、この部屋にいる全員が遥夏さんと目があっていないのではないか。打ち合わせが終わった頃には2時間が過ぎていて、もう昼間だった。駐車場に行って車に乗ろうとしたところで、遥夏さんに会った。
「ちょっといい?」
ここで、今日初めて目があった。
「は、はい。どうされましたか?」
大ちゃんや遥夏さんのマネジャーさんの車から離れたところで話した。
「昨日から、有沙が私の家に泊ってる。それだけ伝えたかったの」
遥夏さんはそれ以上何も言わなかったけど、意味は通じた。
__ああ、有沙の家にあの人が帰って来ていたんだ。
有沙が他の人の家に泊ることは滅多にない。迷惑をかけまいといつも我慢する。だから、もしかしたら遥夏さんから有沙のことを誘ってくれたのかも。
遥夏さんは車に向かいだしたから、すぐお礼をした。
「有沙のことを見て下さって、ありがとうございます」
深く頭をさげた。
「大切な子だから、当たり前だよ」
そう言うと車に戻り始めた。私も大ちゃんの車に乗り込んで、事務所に向かわせた。1時間以内に事務所に着き、いつもの楽屋に行くと誰もいなかった。レッスン室に行っても誰もいない。
残るはあの部屋__リツ君のいる事務室。有沙ならリツ君に会いに行きそう。七瀬は、リツ君を前まで敵視していたけど、体育祭の後あたりから柔らかくなっているような気がする。気のせいではない。
事務室の目の前に立つと、中から声が聞こえた。やっぱり二人はここに……。
ガチャッ
急にドアが開いて目の前に人が現れたと思ったら、まさかの依織だった。
「静音ちゃん?」
依織はとても驚いたように目を大きく開いた。まるで、誰かに聞かれて困るような話をしていたかのように感じ取れる。
「……リツさんと何を話していたんですか?」
私は嫌な予感がした。昨日、勘のいい依織は私の好きな人がリツ君だと考えた。自意識過剰かもしれないけど、依織はリツ君に会いに行って私の話をしたのかなって、思ってしまう。
「良い話だよ。そろそろ行かないと秋に怒られるから、またね」
「待ってください」
勘のいい人は、苦手だ。
「リツ君には私の気持ち、何も言わないでください」
「……言わないよ」
でも、と依織は続けた。
「彼、そんな鈍感じゃないかもね」
依織はレッスン室に戻って行った。その言葉の意味を、私は理解しがたかった。
「静音さん?」
「きゃあ!?」
なにもされていないのに、ドアを開けて出てきたリツ君に驚いて悲鳴をあげてしまった。これだとリツ君が私に何かしたみたいだけど、周囲に人がいないから助かった。
「ご、ごめん。びっくりさせた」
「いえ、違うんです。私が考え事をしていたせいで……」
彼を意識してから改めて話すと、ドキドキする。
「あの二人はどこに?」
「それが、今探し中なんですよ。てっきりリツ君と一緒にいるかと思っていました」
「事務室には依織君以外来てないよ。あ、そうだ。俺も一緒に探すよ」
「仕事中なのにいいんですか?」
「休憩したかったからさ」
うううう、優しすぎる。
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