第60話 本音を言える人
近くの公園に移動して誰もいないベンチに座り、そこの自販機で買った緑茶を有沙さんに渡した。俯いている有沙さんの頬に冷たい緑茶をあてると、ビクッと肩をあげた。
「ほら、大好きな緑茶」
弱弱しい声で、ありがとう、と緑茶を手に持った。こんなに笑顔のない有沙さんは初めてで、どうしていいのかわからない。すると有沙さんは、いつもみたいに笑顔をつくって俺を見た。
「ごめんね。恥ずかしいところ見せちゃった」
なんで無理して笑うんだろう。
「今日のことは忘れて~。人と約束してるからもう行かないといけないんだよね~」
なんでいつもはぐらかすんだろう。
「お茶、買ってくれてありがとう。でもこれはリツさんに返すね。じゃあ!」
有沙さんがベンチを立とうとしたから、腕をひいてまた座らせた。
「また泣きたくなったら、俺のとこおいで」
そう言ったけど、有沙さんはずっとこっちを見なかった。下を向いたままで目を合わせようとしなかった。この表情から、有沙さんはいつも無理して笑顔を作っている可能性があることが読み取れる。たまに表情が崩れる有沙さんが珍しいんじゃなくて、本当はいつも笑顔でいる有沙さんが珍しいんだ。
この子は人の気持ちに敏感な分、隠すことが上手い。
「もう泣かないよ。そうだ、イヤホンも外出る時はしないようにするね。ちゃんと前見て走るようにもする」
「それは困る」
「どうして? リツさんが言ったんだよ」
「そうじゃなくて、泣かないっていうのは困る。俺、話聞くからさ……」
「ありがとう。でも、もう行かないと」
人を待たせていると言っていたから、もうこれ以上は止めなかった。本当はなんで有沙さんがこんな状態になっているのか話でも聞いてあげたかったけど、余計なお世話か。
素の有沙さんを少しだけ見れた時、前に有沙さんと静音さんが喧嘩した時のことを思い出した。確か静音さんは言っていた。有沙さんは悩みを抱えているのにずっと自分たちの前では笑顔でいる、って。誰にも迷惑をかけたくないからそうしてるんだ。静音さんや七瀬さんにもそういう態度をとるってことは、素をだせる相手って家族以外にいないんじゃ……? でも、家族でもなにか揉めてそうだったよな。そういうことがあってUnClearが結成されたわけだし。
「あれ?」
待てよ。有沙さんって、本音をだせる相手いないんじゃ……。
「あ! お兄ちゃんだ!」
目の前に、サッカーボールを持って友達と二人でやってきた空君がいた。
「怖い顔してどうしたの?」
「ん、なんでもないよ。ちょっと考えごとしてた」
時間を見ると17時をすぎていた。
「七瀬さんってもう家にいる?」
「いるよ!」
「そっか。ありがとう。じゃあね」
「えっ、帰っちゃうの?」
「うん。用事があるから」
俺は家に帰った後、すぐに七瀬さんに電話をかけた。しばらくすると電話に出てくれて、眠そうにしていた。寝ていたところを起こしてしまったかもしれない。
「ごめん。寝てた?」
『……寝てた。急になに?』
ベッドから起き上がっているのか、ガサゴソと音が聞こえる。
「有沙さんって、七瀬さんたちに悩みを相談したことある?」
『……どうしてそんなこと聞くの』
「気になるから」
七瀬さんは10秒くらい何も話さなかった。話し出したと思ったら、予想外のことを聞かれた。
『有沙に何かあったなら教えて』
「え?」
『何かあったんでしょ。だから急に電話してきた。違う?』
「……うん。そう、だけど」
『有沙に関わることは私達に関わることでもある。大切な幼馴染だから。何があったのか全部聞かせて』
こんなに真剣な七瀬さんを見たことがあっただろうか。
「……実はさっき__」
俺はさっきあったことを全て話した。七瀬さんは黙って聞いてくれていた。俺が話し終わると、はぁ、とため息をつき始める。内心、俺よりも心配してるだろうに。
『ねえ、これから誰に会いに行くって言ってた?』
「わからない。てっきり静音さんか七瀬さんかと思ってた」
『……そう。とにかく有沙のそばにいてくれて助かる』
有沙さんに何があったのか、七瀬さんは知っている。
『有沙のことだから私は貴方に何も話せない。けど、有沙は貴方に話そうと思える日が来ると思う。その時まで待ってあげて』
七瀬さんの落ち着いた声に、俺は安心した。
「うん、そうする。急に電話してごめん。じゃあ……」
『待って』
「ん?」
『どうして、私に電話をくれたの? 静音でもいいのに』
そのことか。てっきり重要な話かと。
「公園で会った空君に、七瀬さんが家にいるって聞いたから。ちょうどいいなって」
『……あっそ』
ブツッ! と電話が切れた。
なんだか、怒っていたよな気がしたけど気にしないでおこう。
とりあえず今は有沙さんのことが心配だから、少しずつ様子を見よう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます