第57話 釘を刺すため

 遥夏と何をしていた、か。さっきそのことにふれてこなかったから、その話は忘れたものだと思っていた。


「手当てしてくれただけだよ」

「それだけじゃないよねー?」


 今日はやけに詮索してくるな。


「なんで顔真っ赤だったの? キスでもしちゃった?」

「し、してない」


 少し想像したら恥ずかしくなった。この期に及んでそんな恥ずかしいこと俺にはできない。


「遥夏ちゃん、あの部屋から出ていったあと耳真っ赤だったんだよ?」

「えっ?」


 驚いてバックミラーで有沙さんを見ると、ニヤニヤしていた。


「なんちゃって」


 期待して損した。

 最近、有沙さんはやたら俺のことをいじってくる気がするのは気のせいかな。そこに七瀬さんがいるのにも関わらず、大胆に人のこといじってくるな。


「からかわないでくれって、昨日も言っただろ」

「んーん、からかってないよ。遊んでるだけ」


 同じ意味としてとらえていい気がするのは俺だけ?

 七瀬さんはさっきから何も話さずに外だけを見ている。いつもそんなに話すほうじゃないけど、今日はやたら静かだから疲れているのかな。

 焼肉屋に着いたら、大智さんの奢りで食べ放題を食べた。個室だったから人の目を気にせずに食事ができて嬉しい。食べ終わった後、みんなお腹いっぱいで席を立てなかった。そんな時に、大智さんは大切な仕事の話をした。


「3人ともよく聞け」


 全員の視線が大智さんに向けられた。真剣な顔をしている。


「加藤遥夏とのコラボ案件をいただいた」


 ……まじか。なんでそうなったのかわからず、少し口を開けてしまった。


「今日のフェス見てな、向こうのプロデューサーがコラボしたいって言い出したんだ。ほら、俺たちと系統が被ってるだろ。クールで可憐っていうさ」


 たしかに系統は少し被っている。


「まず伊草静音。加藤遥夏とラジオ番組に出演!

 追加で、クリスマスに向けたモデル撮影!」

「え!?」


 すご。ラジオ番組で遥夏と話せるんだ。超がつく有名人と出れるって凄いことだ。それにクリスマスも遥夏と2人でって……。遥夏はだいたい表紙を飾ることが多いから、静音さんも表紙になれる可能性があるんだ。


「そして青葉七瀬。秋に向けた着物のモデル撮影!」

「ん」


 反応薄い。


「最後に川端有沙。グラビアモデル撮影!」

「はーい」


 昨日からわかっていたことだったから、あまり驚かなかった。でもグラビアって相当スタイル良くないと難しいよな。流石、有沙さん。


「以上だ。それと有沙と静音には今言った案件に関して話があるから、俺の車に乗るように」

「えーやだー。リツさんがいい」

「私もリツ君がいいです」

「うるせぇな。反抗期か?」


 お腹の調子が落ち着くと、焼肉屋を出て車に乗り込んだ。指示通り、あの二人は大智さんの車に乗って、七瀬さんだけが俺の車に乗った。2人だけで車に乗るのは初めてだ。運転中、七瀬さんはずっと黙っていた。気のせいかもしれないけど、不貞腐れてる気がする。


「七瀬さん。なんで不機嫌?」

「……そういう顔なのよ」


 話す内容間違えた。


「今日の衣装、学校の制服がテーマだったんだね。現役高校生は似合ってるよ」

「どうせ遥夏さんのことしか眼中に無いくせに」


 当たり強いな。


「なんであの人は、貴方の怪我を処置しようと思ったのかしら」


 肘をついて、車窓の外を眺めながらそう言った。


「昔から遥夏は優しいんだよ。誰かが怪我したら、知らない人でも絶対に放っておかない。だから俺のことも手当てしてくれたんだと思う」

「そんな優しい人に、貴方は裏切られた」


 横をバイクが横切ると、自然と会話に間が空いた。


「どうしてそんな人をまだ好きでいられるのか、本当に分からない」


 七瀬さんの表情は変わらず真顔だった。


「私にすればいいのに」


 ……?

 今、なんて言ったんだ。私にすればって言ったのか?

 信号が赤に変わって車を停めたあとにゆっくり七瀬さんを見ると、少しだけ口角をあげていた。


「本気にした?」


 ああ、なんだ。


「冗談だから真に受けないで」


 また、からかわれたのか。

 なんだろう、このムカムカした気持ち。胸が気持ち悪い。胸をまさぐられたような複雑な気分だ。

 信号が青に変わったあと、アクセルを踏んだ。大智さんの車を追わないで、少し道をずれて人気のないところで車を止める。俺がシートベルトを外すと、七瀬さんは不審に感じ始めた。


「ねぇ、なにし……」


 なにしてるの? その言葉を言わせる前に、俺は七瀬さんの頬に片手を伸ばして添え、少し顔を近づけた。俺がいつもと変わった様子であることにすぐ気づいた七瀬さんは、少しだけ手を震わす。


「からかった相手が俺でよかったね。

もし俺じゃなかったら、このまま押し倒されてたかもよ」


 そう言うと、七瀬さんはもう何も言わなかった。なんでこんなことをしたのか自分でもよく分からない。からかわれたのが嫌だったのかな。それにしてもこういうことはよくなかった。

 地元に着いたあと、七瀬さんに謝った。



「ごめん。さっきの忘れて」



 七瀬さんは俺と目を合わせようとせず、すぐ車から出ていった。


 最悪だ。あんなことしなければよかった。

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