第56話 心配性なアイドル

「ごめん。俺ちょっと出るね」


 俺はすぐに気づいて楽屋を出た。すると部屋の前にさっきの子がいた。


「本当にごめんなさい。あの時、ダンベルを頭にぶつけていませんでしたか? よく見えなかったんですけど……」

「あ、ああ。でも、ほら、元気ですから。安心してください」


 そう言ってもまだ責任を感じているようで、泣きだしそうだった。どうしよう、どうしたら安心させられるんだろう。


「怪我したところ見せてください」


 多分何もないけど、見せにくい。もし怪我をおってたらこの子は本気で泣くんじゃないか?


「リツ君! どうし……、え!? 日菜と話してたんですね」


 日菜って、この子か。


「クラスメイトなんですよ」

「え!?」


 もう少し年下かと思ってた。同い年で、しかも同じ学校の同じ教室とは……。


「日菜。泣きそうな顔をしてどうしたんです?」


 日菜さんはさっきあったことを話した。すると、静音さんは心配そうに俺の顔を見て、額に触れようとした。


「い、いや、本当に大丈夫だって」

「見せてください。何かあったあとでは遅いです!」


 これ以上時間が伸びたら車で待ってる大智さんに悪いから、ゆっくり額を見せた。


「は、へえええええ!?」

「ひゃああああ!?」

「ちょっ! リツ君!」


 ああ、見せなきゃ良かった。日菜さんが泣き出してしまった。泣くほどやばいのかな。


「ごめんなさああい!! うわーん!」

「日菜! 大丈夫です! 命に別状はありませんから泣き止んでください!」


 うう、地獄。なんだか申し訳ない。


「救急箱持ってくるので、リツ君は動かないでくださいね!」


 静音さんは楽屋に入って救急箱を取りに行った。

 その間、俺は日菜さんをなだめていた。もう全然泣き止まないから、俺は日菜さんをつれて、日菜さんの楽屋まで歩いた。鳴き声に気づいたメンバーの子がすぐこっちに来てくれて、俺に謝りながら2人して楽屋に入っていった。


「はぁ」


 俺のせいで、困ったな。

 静音さんが待ってるからすぐに楽屋に戻ろうとした時、角から誰か出てきてぶつかってしまった。


「す、すみませ……」


 あ、遥夏。


「お疲れ様。フェス、凄い良かったよ」

「……どうも」


 遥夏はさっさと去ろうとしていた。でもその時、楽屋内から日菜さんの鳴き声が外にまで響いてきた。


「アンクリのスタッフさんに怪我させちゃったああ!! 額にすごい濃いあざあったの!! 日菜のせいだよおお! うわーん!!」


 声が大きいな。赤ちゃんかっ。

 日菜さんのとこに行ってあやしたほうがよさそうだな。そう思って楽屋に入ろうとしたら、袖をひかれてすぐに振り向いた。すると遥夏が俺の裾を軽く握っていた。


「ど、どうしたの?」


 何も話さず、遥夏はただ俺の腕を引いて、近くの部屋に入った。中には誰もいなくて電気も消してあるから殺風景だ。


「遥夏?」


 黙っていて何も言わない。けど、俺の髪の毛に触れて、ゆっくり髪を上げた。


「酷いあざだね」


 距離が近くてドキドキした。


「そこ座ってて」

「でも俺いかないと……」

「座ってなさい」

「はいっ」


 遥夏は部屋から出ていった。急にこの部屋に連れられて驚いたけどすごい嬉しい。どうしよう、俺の顔、変じゃないかな。気持ち悪いって思われないかな。そんなことばかり考えていると、遥夏が戻ってきた。


「ウィッグ邪魔だから外して」


 言われるがままにすると、優しくハンカチをあざのある額にあててくれた。冷たくて気持ちが良かった。さっきはハンカチを水で冷やすために部屋から出ていってたんだ。


「なんで手当てしてくれるんだ? パーティの時言ってたじゃん。俺のことは好きでもなんでもないって。それなのになんで……」

「悪いの?」


 遥夏は首を傾げて、俺と目を合わせた。


「怪我している人を手当てしちゃ駄目?」

「……いや、そうじゃないけど」

「怪我人は黙ってなさい」


 遥夏は何を考えてるんだろ。わからない。

 額を冷やし終わったあと、湿布を貼ってくれた。


「ありがとう」

「ん。じゃ、さよなら」


 荷物を持って部屋を出ていこうとしたから、俺は腕を掴んで行かせないようにした。


「言いたいことあって」

「なに?」

「……今日着てたセーラー服、可愛かった。歌も上手だった」

「……それで?」


 え、それで? この先の言葉は考えていない。何か言った方がいいのかな。何言えば……、あ、そうえばまだ言ってないことがあった。


「……その髪型、超好き」


 恥ずかしかったけど、ちゃんと目を見れた。遥夏は少し立ち止まったあと何も言わずに部屋から出ていった。


「うわあああああ」


 1人になった途端、頭を抱えてその場でしゃがみこんだ。むちゃくちゃ恥ずかしい。好きって言葉、久しぶりに使った。


「あっ、戻らないと!」


 静音さんが待ってるんだった。扉を開けると、目の前に有沙さんと七瀬さん、そして静音さんがいた。静音さんは息を切らしていたから、俺のことを走って探しに来てくれたのかな。でもなんで3人とも俺がここにいると思ったんだろう。


「遥夏さんがこの部屋から出てきたので、もしかしたらと思って来てみたんです」

「まさか本当にいるとは思わなかったよ〜」

「どうでもいいから、早く行かないと大ちゃんが待ってる」


 ごめん、と謝って4人で車内に向かった。七瀬さんと有沙さんは俺の車に乗り込んで、静音さんは大智さんに用があるからと言って大智さんの車に乗った。


「焼肉の予約取ってくれたんだって〜。楽しみだねー」

「ん」


 ゆっくり車をだして、大智さんが運転する車を追いかけた。今日は2人とも眠そうではなかった。いつも俺の隣に座っていた七瀬さんだけど、今日は有沙さんと一緒に後部座席に座っている。黙って運転してると、鏡越しに移った額が目に入った。

 遥夏に手当てしてもらったんだよな。夢じゃないよな。

 湿布に少し触れて遥夏を思い出すと、また顔が熱くなってきた。やめよう、運転中に考えるのは危険だ。



「ねー、遥夏ちゃんと2人で何してたのー?」

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