第55話 アイドルフェス
今日は、フェスの本番だ。14時~17時の3時間、この野外ステージで行われる。ちょうど日差しが出ていて暑いときだから、熱中症には気を付けないと。アイドルグループによる放水があるから、少しは涼しくなるといいな。
「頑張りましょう!」
「おー!」
「ん」
3人はいつも以上に気合が入っていた。他のアイドルグループを見ると、本当に緊張しているのかというくらい昨日と変わらない表情だ。楽しそうに話していて、自然な笑顔を作っている。それができるのも仲間がいるからなのかな。
「リツ君はどこで見てるんですか?」
「俺は裏から見てるよ」
「そうでしたか。水をかけてあげようと思ったんですけど」
かけられたかった。今日あっついもん。
でも裏から見守るっていう仕事があるから離れられない。冷却シートを首の後ろに貼っているし水もこまめに飲んでいるから熱中症にはならないだろ。と、安易に思っていた。
本番が始まると、観客の歓声や、人込みによる気温の上昇で、裏方にまでその熱は伝わった。これ、屋内ステージだったら雲できてたんじゃないかな。でもアイドルたちがホースで水をばらまくと、少しだけ涼しくなったような気がした。舞台裏がこんなに暑いんだ。ステージなんてもっと熱いに決まっている。アイドルたちはよく耐えられるな。ずっと笑顔を絶やさないでいられるコツでも教えてほしいね。遥夏は異名のとおり笑っていなく真顔だったけど、観客は遥夏が近くを通ると大きな歓声をあげていた。でもアンクリも負けていなかった。3人とも大きな名前を呼ばれてうれしそうにしていた。
開会式を終えると、1グループめから曲を披露し始めた。3グループめまでは順調だったんだけど、アンクリの出番の直前で思わぬ事件が起きた。
「やばい、やばい! 照明係が一人倒れた! 誰か代わりにできる人いないか!?」
一人のスタッフが慌てていた。その後ろには照明スタッフが担架で運ばれている姿が見えた。朝から体調が悪かったけど、最後まで頑張ろうとしたところで倒れてしまったらしい。
「まずいぞ。他にできる人なんて……」
「あ、あの、俺できます」
その場にいた全員が俺を見た。俺は昨日、ずっと照明さんの手の動きを見ていたから、なんとなくわかる。それに、彼女たちの晴れ舞台をこんなことで蔑ろにするわけにはいかないから、昨日のうちに勉強しておいたんだ。
「本当か!? じゃあ頼む!」
所定の位置についた。
確か、ここのスイッチ押してたような……。あ、できた。
ここからだと3人の様子がよく見えるから、照明スタッフの代わりをやってよかった。仕事に集中していたからまともに3人のことを見れなかったけど。
3人のステージが無事終わると、次は遥夏の番だった。遥夏のぶんもしっかり頭にいれてあるから問題なかった。
ただ、遥夏の歌声に鳥肌がたって、仕事に集中しにくかった。透き通るような声や力強い声、曲調にあわせて心がこめられたその声に魅了された。さすが、プロだな。
「はあああ、なんとか終わった」
1時間は意外ときつかったけど、あっという間だった。閉会式の照明は、他の担当スタッフがやってくれたから、俺は安心して舞台裏に移動した。舞台裏には、これから閉会式に向けて全員で曲を披露するための準備をしている。水を飲む人もいれば、汗を丁寧に吹く人もいた。あまり時間がない中で自分たちのできることを精一杯していた。
「遥夏。水は飲んだか?」
「飲んだわ」
板橋さんってけっこう過保護なんだ。
アイドルたちはみんなコンディションを整えてステージに向かおうとした。その時だった。棚に積み重なってあった段ボールがぐらつき、一番後ろを歩いていた一人のアイドルに落ちてきた。
「危ない!」
俺は急いでその子にかけよって、けがをさせない程度に押した。おかげでその子は怪我をしなかったけど、俺は軽傷を負った。段ボールの中に入っていたのは、ダンベルで、それが右の額に思いきりぶつかった。けっこう痛かったけど、我慢できないほどではなかった。
「リツ!! 大丈夫か!?」
大地さんや他にいたスタッフが俺のそばに来てくれて心配してくれた。
「大丈夫ですよ」
「ごめんなさい! 怪我はありませんか?」
俺が助けた子は、優しい目元をしていた。それを見ただけで癒された。
「ないですよ。大丈夫ですから、ステージに向かってください」
その子は、あとでまた謝ると言ってステージに向かった。俺はずっとスタッフに心配されていたけど、本当に重症ではないから大丈夫だと伝えて、とりあえず事は収まった。
閉会式が無事終わると、ちょうど17時だった。全員が大広間に集まると、挨拶をした。お疲れ様、とアイドル同士で話したり、スタッフが声かけをしていた。そして土産物を一人ずつ貰って、帰ることになった。
「ねー! 何か食べに行こうよー」
「焼肉食べたいです!」
「いいけど、大ちゃんは来れるの?」
大地さんも行けそうで、もう車をだす準備をしてくれていた。楽屋内で荷物を片している3人を見ていると、何人かの女の子がこの部屋に来た。
「あ、あの……」
こっそり俺を覗いているか弱そうな子は、さっき俺が助けた子だった。
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