第54話 欲まみれな時間
一人で浮かれているところを見られてたんだ、凄い恥ずかしい。
七瀬さんはそれ以上何も言わず、車に戻ろうとした。俺もついていったけど何も話さなかった。その時間が気まずくなったから、俺は七瀬さんに珈琲を買ったことを伝えた。でも珈琲よりも別のものに視線を向けられた。
「それ」
コーラを見ている。
「飲みたい」
耳を疑った。甘い物を飲まないようにしている七瀬さんが、コーラを飲みたいなんて……、少しだけ気持ちに変化がみられてきてる。でもこれは遥夏から貰ったものだから渡しにくかった。
「飲みたいならもう1本買ってくるよ?」
「それがいい」
憧れの遥夏が買ったものだから飲みたいのかな。
「元カノからのプレゼントは渡せない?」
七瀬さんはずっと俺の目を見ている。恥ずかしいし緊張するけど、目をそらせなかった。何か解決策はないかと考えた時、一つだけ思いついた。
「半分こ、しようよ」
一番、いいアイデアな気がする。でも七瀬さんは賛成も反対もしなかった。
「どうしてそんなにあの人のことが好きなのかわからない」
あの人、か。憧れている人に向けてその言い方はしないはずだから、俺が過去を話したせい、若しくはさっき遥夏に敵意を向けられたことが原因でそんな言い方をするのか。
七瀬さんは足を動かして車内に戻った。俺はしばらくその場に立ち尽くしていたけど、一息ついたら車内に戻った。助手席には七瀬さんが座っている。珈琲を渡すとすぐに飲んでくれた。静音さんを呼ぶと、もうぐっすり眠ってしまっていたから渡すのをやめた。
少しすると有沙さんが戻ってきて元気な笑顔を見せた。
「ごめんね~。待たせちゃった?」
「だいぶ待った」
「ななちゃん、怒ってるー?」
「怒ってない」
車をだして、道路を出た。
有沙さんは他のアイドルと連絡先まで交換したらしい。コミュニケ―ション能力がありすぎて羨ましい。七瀬さんは話すだけ話して連絡先の交換はしなかったそうだ。静音さんは寝ていたからわからなかったけど、すぐに車に戻ろうとしていたからあまり話せてない気がする。
「ななちゃーん。起きてる?」
反応がないから寝ている。
「リツさん。遥夏ちゃんから名刺もらったところ見てたよね?」
「あー、うん。見てた」
その名刺の裏にメールが書かれているのも知っている。俺が遥夏と連絡を取り始めたのはその名刺がきっかけだから忘れない。
「欲しい?」
「え?」
急に信号が赤に変わって、すぐに停止した。
「え、な、なに言って……。それは欲しいけど……」
「リツさんは早く真実を知りたいから、欲しくないわけないよねー」
慌てている俺を見て有沙さんは意地の悪いことを言った。
「でも、あげないよーだ」
もとからあげるつもりはないだろうなぁ。
「そんなに欲しかったら有沙のことを誘惑しなさーい」
「はは、なにそれ。文化祭が過ぎれば教えてくれるんでしょ?」
彼女たちの文化祭に、七瀬さんの保護者として行ければ条件は満たされる。有沙さんからあの報道の裏をすべて聞けるんだ。本当は一刻も早く知りたいけど、焦ったって時間がはやまるわけない。あと3か月待つだけだ。我慢しよう。
「リツさんは有沙に興味ないの? 有沙の家でイチャイチャした仲なのに」
「誤解を招く言い方やめようか」
あの時はイチャイチャなんてしてない。真剣な話をしただけだ。
「さっき、なんで有沙が遅れてきたかわかる?」
「他のアイドルと話してたんじゃないの?」
有沙さんは後部座席で少し腰を浮かし、目の前にいる俺にひそめた声で耳打ちした。
「グラビアのお仕事もらえるかもしれないだ~」
話の内容よりも耳がくすぐったくて肩をすくめた。そのせいでハンドルをずらしてしまったから、急いで態勢を整えた。絶対後ろの車に、変に思われたと思う。
「運転中はやめてって言っただろ」
「あはー。そんなに動揺するなんて、有沙のこと意識しすぎだぞー?」
「耳打ちするほどの内容じゃないんじゃ?」
「んー?」
ミラーを見ると、有沙さんは意地悪な顔をしていた。
ああ、わざとやってきたのか。
「あんまりからかうと怒るよ」
「ごめんねー」
「でも、よかったね」
「うん! それもね、遥夏ちゃんと二人でできるかもしれないんだ~」
おー、二人でグラビアか。そういえば遥夏って、グラビアの仕事もやってたっけ。二人で話す時は仕事の話ってそんなにでなかった。話すとしても遥夏の仕事に対する愚痴を聞くくらいだ。
「二人で表紙飾れたら、凄いな」
「飾れるように頑張る!」
「うん、頑張れ。応援してる」
ミラーで有沙さんと目をあわせて、笑顔で応援した。嬉しそうにはにかんでくれたから、応援しがいがあった。本当に二人で表紙を飾ってほしい。
しばらく有沙さんと話していると、いつの間にか地元に着いていた。静音さんと七瀬さんはまだ寝ている。
「起きて~~!!!」
有沙さんは二人を起こすために車の中で思いきり叫んだ。すごい耳が痛かったけど、そのおかげで二人は目を覚ました。二人とも凄い機嫌が悪そうだったけど面白かった。
思わず笑いそうになったのをこらえようとしたけど、我慢できなくて笑った。
静音さんは少し怒った顔をしていたけど俺を見て不思議な顔をした。
七瀬さんは眠たそうに薄めた目を、少し大きめに開いてこっちを見た。
有沙さんは俺が笑っているのを見て、嬉しそうにニコニコしていた。
ああ、楽しいな。
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