第51話 ヘアスタイル
「遅れて申し訳ございません。渋滞に巻き込まれてしまいました」
スタッフに頭を下げたのはマネージャーの板橋さんだった。ピシッとしたスーツを着て、太い黒縁の四角い眼鏡をかけている。あの人はいつもと変わらない。しっかりしていて、そして、人をよく見てる。
遥夏もスタッフに謝ると、UnClearの隣に並んだ。すると彼女たちの後ろにいた俺の隣に、板橋さんがやってきた。気まずい。
スタッフによる説明が20分くらいかかったと思う。流石に有沙さんが飽きてくる頃だろうなと思って見たら、足首を軽く回していたから疲れてきたんだな。説明を終えると、みんなはレッスン着に着替えてステージに向かった。
「リツさーん」
有沙さんは疲れた顔をしてこっちにやってきた。
「頑張ったね」
肩にポンポンと手を置くと、今度は元気になった。
「頭なでてくれないの~?」
無茶なことを言ってくると、七瀬さんがいつものゲンコツをくらわした。やめなさい、と注意すると有沙さんは軽く笑って、はーい、と返事した。静音さんは凄い緊張していたせいで全く話に入ってこなかった。それを見かねて有沙さんは、静音さんに飛びついた。
「ひゃ!? 有沙!?」
「大丈夫、しずちゃんは一人じゃないよー」
おふざけでもするのかと思ったら安心させる言葉をかけていた。流石、有沙さん。
静音さんはすぐ笑顔になった。
ステージに移動すると、リハーサルはすぐに始まった。あらかじめ、会場の広さを考えてレッスンをしていたから失敗もなく、3人とも楽しそうだった。普段あまり笑わない七瀬さんはステージに立つとよく笑っている。この仕事が楽しいんだなぁ。
【たまに思うんだ。この仕事向いてるのかなぁって】
……そういえば、有沙さんがそんなこと言ってたっけ。両親と関係しているのか、って聞いたらはぐらかされたんだ。有沙さんは俺のことを知っているのに、俺は有沙さんのことをあまり知らない。今だってあんなに楽しそうにしているけど、心の中では何を思ってるんだろう。どんな気持ちでアイドルをやっているんだろう。
UnClearの出番が終わると、トリの遥夏がステージの真ん中から出てきた。まさにアイドルの女王って感じがする。
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
「楽しかったね~」
「ん」
みんなはステージに立つ遥夏に目を向けた。観客は遥夏のために来ている人が大半。髪を切ったことで観客はもっと遥夏に釘付けになるんじゃないかな。
リハーサルを終えた頃には、もう昼過ぎだった。午後からは音楽をかける他、照明をつけるなど本格的にリハーサルが始まる。そのため、しっかり腹ごしらえをした。
「お疲れさん!」
楽屋に入ってきたのは大智さんだった。みんなのことを座席から見ていたらしい。楽しそうにステージに立っているところを見て、大智さんは自然と笑顔をもらったという。
「衣装はもう届いてる~?」
「おう。しっかり届いてるぜ!」
そういえば衣装って何を着るんだろう。
今回のフェスでは衣装がお題で決められているけど、俺は何も聞いてない。そもそもどういうお題なんだろう。かわいい、クールとか? ありきたりすぎるか。七瀬さんにお題はなんだったのか聞くと、答えてくれなかった。
「明日見ればわかる」
まあ、それはそうなんだけど……。
「俺はまだやることあるから行くな」
大智さんはすぐに楽屋を出て行った。口直しに水を飲むと、有沙さんが変なことを言った。
「じゃ、みんなで遥夏ちゃんのとこ行こ~?」
思わず水を吹き出しそうになった。何を言い出すかと思ったら……。
「そうですね。まだ挨拶してませんし」
「行くなら早く行こ」
みんなが席を立った。「えっ、あ……」「貴方は行かなくてもいいけど?」戸惑っている俺を見て七瀬さんは急かした。行かないわけにはいかない。俺はアンクリのスタッフだ。
「行く!」
3人のあとを歩いた。
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