第50話 しゅっぱーつ
アイドルフェスの前日リハーサルのため、朝から車で会場に移動した。大智さんは先に行っているみたいだから、俺が彼女たち3人を車に乗せて出発することに。
普段、この4人で乗る時は助手席に七瀬さんが乗っている。静音さんは方向音痴だし、有沙さんははしゃぎすぎて運転に支障が出ると怖いから、という七瀬さんの意見で後ろに乗せていた。一番安心な七瀬さんが助手席にいてくれるのは助かる。だけど今日は有沙さんが助手席に座っていた。
「リツさーん。有沙も運転してみた~い!」
「駄目だよ。大人しくしてて」
「これ何~?」
ギアに触れようとしていたから、有沙さんの悪戯な手を握って阻止した。少し触れただけで動くものじゃないけど危ないから触ってほしくない。
パーティの帰りも有沙さんは助手席に座っていた。あの時は半分眠っていたから大人しかったけど、朝からこんなに元気だと大変だな。
「有沙。危ない」七瀬さんは有沙さんに怒った。
「ご、ごめ~ん。リツさん、手離していいよ。大人しくするから~」
俺はすぐに手を離して、両手でハンドルを握った。
「しずちゃん、寝ちゃった?」
ミラーで後部座席を見ると、静音さんはイヤホンをして目を閉じていた。明日疲労する曲を聴いてるのかな。リーダーなだけあって責任感が強い。
対して有沙さんと七瀬さんはいつもと変わっていなかった。本番に強いのか。
「あ、リツさん。コンビニ寄っていい?」
「うん。ちょうどいい、そこで停めるよ」
コンビニの近くで車を停めると、有沙さんは急いで車から出て行った。すると七瀬さんまで車から降りた。ついていくのかと思ったら、助手席に移動しただけだった。
「有沙がこの席に座ってるとヒヤヒヤして落ち着かない」
うん、俺も怖い。
「ねえ、遥夏さんに会えるの楽しみ?」
急に質問をいれてきて少し戸惑った。
「楽しみだよ。遥夏のライブを生で見るのは久しぶりだから」
思えば家でもあまり見てなかった。七瀬さんの家に行った時、空君がテレビで2年以上前の遥夏のライブを見ていた時以来、見てない。もうあれから3か月以上も経ったんだ。はやいな。
「きっと」
突然、静音さんが話し始めたから後部座席に目をやった。両耳のイヤホンを外して、確信を持ったように、強気に微笑んでいた。
「きっと遥夏さんも喜ぶと思います」
……そうだといいな、と思っていると、有沙さんが戻って来た。七瀬さんが助手席に移動したことに異論を立てていた有沙さんだったけど、大人しく後部座席に座ってくれた。
有沙さんはコンビニに寄って、俺たちのぶんの飲み物を買って来てくれた。さすがにライブのリハーサルでも気を抜かないために水を買うものだと思ってたんだけど、そうでもなかった。有沙さんは緑茶、静音さんには紅茶、七瀬さんには珈琲、いつもと変わらない。でも俺にはいつものではないものを買った。
「珈琲?」
「いつも甘い物ばっかりだから、たまにはブラックでも飲んでね」
ありがたい気遣いだけど、苦い物はそこまで好きじゃなかった。でも七瀬さんが飲んでいるから、頑張れば俺も飲めるものだと思って少しだけ飲んでみた。ああ、やっぱり無理だ。
「美味しくないって顔してる~」
「苦い物は苦手なんだよ」
「そうかもしれないと思って、こっちも買ってきたよ」
今度はイチゴオレを袋から出した。苦味を緩和しようと急いで飲むと幸せに満たされた。こっちが一番あう。
「じゃあ出発するよ」
「はーい!」
「お願いします!」
1時間以上の運転を終えて会場に着くと、挨拶を終えてすぐに楽屋に向かった。こんな大きな会場に来たのは初めてだったから緊張した。チケットは売り切れみたいだから、8万人もの観客が来るんだ。チケットが売り切れたのも8割は遥夏の影響だと圭さんから聞いている。一人でそこまで集客できる遥夏が凄い。
俺はそんな人と付き合ってたんだ。
そんな人を、”笑わないアイドル”にさせてしまった。
他のアイドルの楽屋に挨拶をしに行くと、遥夏だけまだ到着していなかった。もうすぐリハーサルの時間になるのに、遅いな。
全員、スタッフに広間に呼ばれ4つのアイドルグループが揃う。凄く元気いっぱいで、見ているだけで明るくなる印象を与える6人のアイドル。ヤリラフィーという印象を与える5人のアイドル。ふわふわしたような花の印象を与える2人のアイドル。その中でもUnClearはクールな正統派って感じがした。
「遥夏ちゃん、まだかな~」
待っていると、遥夏はやってきた。堂々とした立ち振る舞いに、この場にいる全員が息をのんだ。いつの間に髪を切ったんだろう。腰のあたりまで伸びていた髪が、今では肩の少し上くらいまで切られている。
変わったな……。本当に大人びた。髪を切っただけでこんなに変わるもんかな。
俺が、小さくなった気分だ。
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