第45話

 なんでそんなこと俺に聞くんだろう。

 俺に何を言ってほしいんだろう。

 海に足をつけて、どんな顔をして俺と電話をしているんだろう。まったく想像がつかない。ていうか、秋君が七瀬さんに、言い換えればアイドルがアイドルに告白をしたことに驚いた。もし二人が付き合ったとして公にばれてしまえば炎上するのは目に見える。だって彼女たちUnClearは有名になるからだ。今も一部の人に人気を誇るけど、今月のアイドルフェスでその名はもっと知れ渡る。

 そんな彼女たちの一人が誰かと交際しているなんて周りにバレれば、俺みたいになるんじゃないかな。七瀬さんは両親がいないけど、おばあちゃんがいて、弟の空君もいる。俺みたいに暴力を受けることはないにしろ、家を特定されて落書きされるんじゃないかな。学校で同じクラスの人から省かれてしまうんじゃないかな。デメリットばかりが頭にちらつく。七瀬さんが俺みたいになるところを見たくない。


「俺は、付き合うことに反対する」


 考えなくてもわかることだった。


『どうして反対?』

「わかるだろ。俺みたいになってほしくないから」 

『それ以外に理由はないの?』


 それ以外って、なんだ?


「他に理由はないよ」

『……そうよね』

「付き合うの?」

『付き合うわけないでしょ』

「じゃあなんで俺に、どう思うか聞いたの?」

『わからない』


 外を見ると、少し明るくなってきていた。微かに日が差している。もう朝だね、と言うと、ん、ってそっけない返事をされた。


『……聞いてみたかったから聞いた。それだけ』


 気分で聞かれたんだ。無茶苦茶真剣に考えちゃったけど、七瀬さんのためだからいっか。


『リツさんとお電話中?』


 急に聞こえた声の主は有沙さんだ。『変わる?』『うん!』そんな会話がひそかに聞こえて、有沙さんと話すことになった。


『おはよう。リツさん』

「おはよう。起きるの早いんだ」

『日の出見たかったんだ~。写真見てくれた?』

「見たよ。ありがとう。楽しそうでよかった」

『リツさんは黒が好きかなぁって思って、あの水着にしたんだよ』


 なんて暴露話してくれるんだ。俺のために選んだ水着って言いたいんだよね。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。


「似合ってたよ。みんな似合ってた」

『そこは有沙だけを褒めてほしかったなぁ』


 調子狂うなぁ。遥夏以外の女子にからかわれるのは慣れなかったけど、有沙さんのからかいは胸の中にスっと入ってくる。たまにヤリが刺さった気分になるけど、苦手だとも思わない。

 人の懐に入るのが上手なお姉さんみたいだ。年下を相手してるのに年下感なさすぎる。


「静音さんもそこにいるの?」

『ううん! ぐっすり眠ってるー。それに、ほら、しずちゃんって寝起きの機嫌悪いじゃん?』

「ああ、そうだった。起こさない方がいいね」


 うんうん、と有沙さんは共感した。朝から浜辺で日の出見るって良い体験だな。俺も今夏に見れるかな。立花を誘って行くのも悪くない。


「じゃあまた」

『あ、ちょっと待って。ななちゃんに変わるから』

「ん? うん」


 有沙さんから七瀬さんに変わると、少し間を置いたら話し出した。


『好きな色、なに?』

「色? んー」


 色、か。あーこんな時でも遥夏のことが頭に浮かぶ。遥夏は黒が好きだった。服も黒が多かった。だから俺も自然と黒を好むようになった。もともとは白が好きだったんだけどね。


「……黒が好き」


 捨てきれないな。


『……そう。切るわよ』

「うん。合宿頑張って」

『……あ、あり……』


 あり?


『ななちゃん! しずちゃんが起きたよ!』

『ん。じゃあ』


 ここで切れた。

 七瀬さんは何を言いたかったんだろう。あり、の続きってなんだ?


「んー……」


 考えているとお腹がすいてきたから、考えるのをやめた。


「何作ろうかな」


 寂しかった1人の朝が、こんなに楽しいと思えるのは初めてだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る