第44話 平熱 36.5度

 目が覚めると、部屋の電気が消してあるのに薄暗かった。時計を見ると4時で、まだ日の光が差していない。ゆっくり起き上がると、立花は床で寝ていた。気持ちよさそうに寝ていたから、布団をかけてやった。


「んっ」喉が渇いた。


 あまり水分を摂っていないから喉が気持ち悪い。白湯を沸かして1杯飲んだ後、体温計を脇に挟んだ。


「……36.5度か」


 1日で治った。

 寝起きだからまだだるさは残っているけど歩けなくはない。

 それにしても、もう眠くないから暇だな。そういえば昨日、有沙さんが写真を送ってくれると言ってたから、その写真でも眺めてよう。


「ふっ、なにこれ」


 静音さんは、事故写真が多い。少し変な顔になっていて面白い。あ、みうでっぽうをもって、大智さんに水をかけている。少し怒った顔をしてるから何かの腹いせ?

 有沙さんはやたらと水着姿が映っていて目のやり場に困った。でもかき氷を幸せそうに食べているところが微笑ましい。

 七瀬さんはみんなで写真を撮る時はあまり笑ってないけど、こっそり撮られた写真には笑顔が映っていた。


「よかった」


 彼女たちと夏祭りに行ってよかった。輪投げが得意で良かった。風邪も、ひいてよかったかも。俺のことを頼ってくれる人たちの笑顔を、こうして見れるのは凄く嬉しい。俺のおかげで楽しそうにしているところを見れてよかった。

 

ブブッ__写真を眺めていると、一通のメールが届いた。


 まさかの七瀬さんだ。「お大事に」とメールを送ってくれた。


「……えええ?」


 あの七瀬さんが俺にメールをくれた。業務用以外で絶対にメールをくれなかったあの七瀬さんがメールをくれた。

 でも、俺が既読をつけた瞬間、送信が取り消された。

 こういう場合って、一応感謝の気持ちは伝えたほうが良い? それとも、見て見ぬふりする?


 その時、七瀬さんから電話がかかってきた。


「え、あ。もし、もし」ぎこちない。

『メッセージ、見た?』

「……うん。ありがとう。もうだいぶよくなって熱もない」

『そう』


 しばらく無言が続いた。でもお互い電話は切らなかった。

 変に緊張する。


「ビーチは楽しい?」

『……楽しい。あの二人も、大ちゃんも、貴方に感謝してる』

「よかった」


 また無言タイムに突入。

 七瀬さんはなんで電話を切ろうとしないんだろう。なんとなく電話越しに海の音が聞こえる。こんなに近くに聞こえるってことは、海に入ろうとしてるのかな。


『ねぇ』

「ん?」

『秋と何があったか聞かないの?』

「……あっ」


 そういえば、水着を買いに行った帰り、電車の中でその話をした覚えがある。


♦♢♦♢


「ありがとう。あの時は本当、助かった。秋君にバレずに済んだよ」

「そのせいで嫌なことがあった」

「え?」

「今まで、あの人の口から言わせないようにしていた言葉をはかせた」


♦♢♦♢


 嫌なことがあった、って。つい忘れてしまっていた。


「ごめん。俺のせいで。嫌なことって何があったの?」


 バシャ__電話の向こうから海水の音が聞こえた。海水に足をつけているところが想像できた。


『告白された』


 それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


『どう思う?』


 その質問の意味がわからなくて黙っていると、七瀬さんはもう一度口にした。今度はわかりやすく。



『私が秋に告白されたこと、どう思う?』

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